【ショート・ショート】墓前の告白
良子は夫の墓を訪れるため菩提寺を訪れた。
夫が眠る墓は寺の広大な境内にある。良子は定期的に墓参りをしていた。
境内を通り墓に向かうと、夫の墓の前にスーツ姿の30代くらいの男がいた。
夫の墓に通じる狭い道を歩いていくと、男が良子に気が付いた。
「あ、あの・・・奥様ですか」
良子が声をかける前に男が口を開いた。
「はい。あなたは?」
「私は、会社で部下だった者です。望月といいます」
「そうですか。今日はわざわざ夫の墓まで」
良子はそう言って頭を下げた。
「望月さんは、何か夫に言いたいことがあったのでしょうね」
「あ、はい・・・。おわかりなんですね」
「ええ。あなたのように、夫に報告したり、何か言いたいという人が時々この墓の前にいらっしゃるのです」
「ああ、そうですか・・・」
「あなたが、夫の墓に対して何を言いたかったのかはわかりません。でも、どういう感情なのかはわかっているつもりです」
「奥さんは、墓参りによく来られるのですか?」
「私は、週に一度は、夫の墓の手入れをしています」
「大切に思われているのですね」
「違いますよ」
「え?」
「私はあの人のことを今でも憎んでます。モラハラ、DV、夫婦生活は地獄でした」
「・・・」
「夫は、殺される前、酒に酔って帰ってきて、会社の部下に対する聞くに堪えない言葉を吐きながら、私のことを殴りました。その名前は『望月』でした。あなたですよね」
「え?」
望月の顔から血の気が引いた。
「殺した人は多分、自分がやったことに悩んで、そして夫の墓に来るだろうと思いました。だから、私は夫の墓の手入れをし続けました。私の直感でしかないですが、あなたが夫を殺してくれたのではないですか?」
「す、すみませんでした。どんなことがあってもやってはいけないことを」
そう言って望月は突然土下座をし、号泣した。
良子は、望月の傍に行き、深く腰をかがめた。
「そんな、頭を上げてください。夫が何者かに殺されて私は解放されたんです。私は夫を殺してくれた人にお礼を言いたかった。私を救ってくれた」
「で、でも」
望月は涙で顔をくしゃくしゃにしがら、良子を見上げた。
「私はあなたを警察に突き出したりしないわ。私の恩人だもの」
「あ、ありがとう・・・ございます」
望月は嗚咽でなかなか言葉にならなかった。
「いいの。ただ、私も生活に困ってるから、ちょっとお金用立ててくれない?ちなみに、この会話、録音してるわよ」
(終わり)
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