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【ショート・ショート】花時の雨

「綾、あれ見て」

美雪が赤い花弁の花を指差した。

「あれは、もしかして」

「そう。チューリップじゃない?」

そう言って美雪はたった1輪だけ咲いている花に駆け寄って行った。

「久しぶりに見たわ。よく、咲いたわね」

美雪は屈み込んで花を間近で見ていた。

「もう、何年もこの時期に咲いているのを見てなかったよな」

美雪の後をゆっくり歩いてきた綾も、美雪を正面して屈み込み、ひび割れた土に咲いている花を見下ろした。

「そうね。チューリップというと3月から4月よね」

そのとき、ポツポツと地面が濡れ始めた。

「雨が降ってきた」

綾はそう言って、腕に巻いている透明で薄いバンドをタッチし、

「傘を二人にさせ」

と言った。

すると、美雪と綾の周りを、透明な膜が包んだ。美雪が見つけた花も膜の中で濡れずにすんだ。

「この雨は当分止まないようね」

美雪は、膜の中に表示された天気予想を見て言った。

「そうか。僕たちもここにずっといるわけにはいかないからな」

「もう、チューリップを見ることはできないわね・・・。まあ、仕方ないわ・・・」

「そうだな。じゃあ行こうか」

二人は立ち上がり、歩き始めた。二人が動いても、透明な膜は美雪と綾の周りを包み続けている。

二人は、5メートルくらい歩き、そして後ろを振り返った。

花は、雨に濡れるにつれて萎れ、赤い花も緑の葉もすべて縮れてしまった。

「昔は、花が雨に濡れる光景を楽しんだって聞いたことがあるわ」

美雪が縮れてしまった花を見つめがなら言った。

「雨に濡れる花の様子か。昔はのどかだったんだな」

「今は、雨に当たると酸でやられてしまうから、そんな風景を楽しむことなんてできないわ」

「さあ、行こうか。早くシェルターに入らないと、この雨は嵐になるよ」

「ええ。そうね・・・」

そして、二人は、後ろを振り返ることなく走り去っていった。

あたりは、雨足が強くなっていった。赤い花は茶色の水と泥に飲み込まれていった。

(終わり)

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