【ショート・ショート】静かな侵入者
健司と理恵子の夫婦は、結婚5年目を迎え、まさに幸せな日々を送っていた。少なくとも周りは、人も羨む夫婦だと噂していた。夫婦とも一流会社に勤め、30代の夫婦が住むとは思えない豪邸に暮らしている。子供にも恵まれ、家族が一緒に出かける様子はテレビドラマを見ているようだった。
ある日、健司は自宅の書斎でテレワークをしていた。ヘッドセットを使わずに同僚女性とWeb会議をしていたため声が少し大きくなっていた。
理恵子が偶然書斎の前を通りかかると、少し開いていたドアから健司の声が聞こえてきた。
「妻は何も気づいていないようだ」
理恵子はその言葉に亜由美を止めた。聞かなかったことにした方がいいのかもしれない。しかし、その言葉から想像する事態を考えると聞き耳を立てるしかなかった。
「私の夫も気づいていないわ」
web会議の相手の女性も既婚者のようだった。
(もしかして、この二人は・・・ W不倫・・・?)
「どうしたらいいと思う?このままでいいのだろうか」
健司が続けた。
「あなた、やめられるの?」
「それは・・・。無理だ・・・」
「私もよ・・・」
「覚悟を決めるしかないか」
「私たちには、それしか道はないわ」
理恵子は、足が震えてきた。愛してくれてると思っていた健司が、実は会社の女性と不倫をしていたのだ。
「どうして・・・」
声にならならない声が口から自然とこぼれた。そして、涙が溢れてきた。もう耐えられない。理恵子は、急いで部屋から離れようとした。
(ガタッ)
理恵子は足元がふらつき転びそうになってしまった。
「ん?ちょっとまってくれ」
健司が椅子から立ち上がり、理恵子がいる廊下に向かってきた。
(今から逃げても無理ね。仕方ない。今、聞いたことを、健司に確かめよう)
理恵子は、覚悟を決め、書斎のドアが開くのを待った。
ドアが静かに開いてきた。理恵子は深呼吸した。
「健司、今の話は・・・」
理恵子の言葉はそこで途切れた。
※
「どうしたの」
web会議の女性が聞いてきた。
「俺たちの会話聞かれていたみたいだ」
「そう。で、どうしたの」
「うん。仕方ないから食べた」
健司の顔の真ん中が上下左右に分かれ中から大きく長い舌が出てきた。
(終わり)
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