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【短編小説】そして伝説へー第0章ー

魔法使いのアレクサンダーは、リンデンブルク村を集団で襲ってくる怪物から村を守るため、村民から雇われた。優れた魔法の腕前を持つアレクサンダーの名声は、遠く離れた地にまで知れ渡っていた。

村の入り口に立つアレクサンダーの前に、うごめく怪物の大群が現れた。100体以上の怪物たちが、牙をむき出しにして唸り声を上げながら、一斉に襲いかかってきた。しかし、アレクサンダーは微動だにせず、静かに目を閉じて呪文を唱え始めた。

次の瞬間、アレクサンダーが両手を高く掲げると、炎の渦が怪物たちを包み込んだ。赤く輝く炎が、うなり声を上げて怪物たちを飲み込んでいく。空気が焼ける音と、怪物たちの苦悶の悲鳴が辺りに響き渡る中、アレクサンダーは冷静に呪文を唱え続けた。

やがて、最後の怪物が灰となって風に飛ばされ、辺り一面が静まり返った。アレクサンダーはゆっくりと目を開け、村を見渡した。被害は最小限に抑えられ、村民たちは我に返ったように歓喜の声を上げた。

村長を筆頭に村民たちがアレクサンダーに駆け寄り、感謝の言葉を贈った。

「あなたのおかげで村は救われました。本当にありがとうございます」

村長は深々と頭を下げ、好きなだけ村にいてくれていい、住居も食べ物も提供すると申し出た。

アレクサンダーは、村人たちの温かい歓迎に心を打たれた。村の美味しい食事、優しい村民たち、美しい風景。すべてが彼の心を満たしていった。

「ここはリリアにとって良い環境だろう」

アレクサンダーは村長に、妻のエレナと娘のリリアを呼び寄せることを告げた。

こうして、アレクサンダー一家はリンデンブルクの村で平穏な日々を過ごし始めた。村人たちに溶け込み、魔法の力で村の発展に貢献する。娘のリリアも村の子供たちと仲良く遊ぶようになった。アレクサンダーは、この村で家族と幸せに暮らしていけると確信していた。



リンデンブルク村に移り住んで1か月が過ぎたころ、アレクサンダーは村民たちの態度に微妙な変化を感じ始めていた。村人たちは以前ほど彼に心を開こうとせず、どこか警戒するような素振りを見せるようになっていた。

妻のエレナもその変化に気づいていた。

「あなた、もうそろそろこの村を出て、故郷に帰りましょう」

エレナは夫に懇願した。娘のリリアのことを思うと、このまま村にとどまるのは賢明ではないと感じていたのだ。

アレクサンダーも妻の言葉に頷いた。村長を訪ね、こちらの厚意に感謝しつつも、そろそろ村を出ていきたいと申し出た。しかし村長は、困ったような表情を浮かべて言った。

「実は、最近再び怪物が村を襲うという噂があるのです。もう少しだけこの村にいていただけませんか。村を守っていただきたいのです」

アレクサンダーは村長の言葉に驚いた。怪物はすでに退治したはずだった。もしや村が新たな脅威にさらされているのだろうか。彼は村人を守る責任を感じ、妻を説得して村にとどまることを決めた。

次の日、村長から怪物退治を頼まれたアレクサンダーは、家族を残して村はずれの森に向かった。しかし、目的地に着いた彼を待ち受けていたのは、得体の知れない魔法使いの姿だった。

突如、相手の魔法使いがアレクサンダーに攻撃の魔法を放ってきた。アレクサンダーは咄嗟に防御の魔法を展開し、攻撃を弾き返した。二人の魔法使いによる壮絶な戦いが始まった。

稲妻が唸り、大地が揺れる。凄まじい魔力がぶつかり合い、周囲の木々が次々になぎ倒されていく。しかし、伝説の魔法使いと呼ばれるアレクサンダーの力は圧倒的だった。彼はわずかな隙を見逃さず、強力な魔法で相手を一瞬で葬り去った。

戦いを終えたアレクサンダーは、自分を待ち伏せしていた魔法使いの正体に思いを巡らせていた。まるで、狙われているかのようだ。この裏に何者かの思惑があるのだろうか。

アレクサンダーが疑念を抱きながら村に戻ると、親しげだった態度は影を潜め、村人たちはアレクサンダーを恐怖に満ちた目で見つめていた。

「一体、何があったというのだ・・・」

アレクサンダーは村人たちの反応に戸惑いを隠せなかった。



不穏な空気を感じながら家に戻ったアレクサンダーを、信じられない光景が待ち受けていた。愛する妻エレナと娘リリアが惨殺され、血まみれれで倒れていたのだ。

「うわあああああっ!」

アレクサンダーの絶叫が家中に響き渡った。激しい怒りと深い悲しみが彼の全身を駆け巡る。大切な家族を奪われた痛みに、アレクサンダーは泣き叫んだ。

しかし、悲しみは怒りへと変わっていった。妻と娘を殺した者への復讐心が、アレクサンダーの心を支配し始める。彼は魔法の力を使い、妻と娘が殺される直前の光景を映し出した。

映し出された光景の中で、アレクサンダーは愕然とする。あれだけ優しかった村人たちが、エレナとリリアを容赦なく襲っていたのだ。手にした武器で二人を滅多打ちにする村人たち。助けを求める妻と娘。無情にも命を奪う村人の残虐な行為。

あまりのショックに言葉を失ったアレクサンダーだったが、すぐに激しい憤怒が全身の血管を沸騰させる。裏切られた、騙された。村人たちを信じた自分が愚かだった。

憤怒に我を忘れたアレクサンダーは、真っ先に村長の家に向かった。魔法で扉を吹き飛ばし、怯える村長をつかみ上げる。

「何故だ!私は村のために力を尽くした!なぜ妻と娘を殺した!」

村長は震える声で理由を話し始めた。村長は、魔法使いの脅威から身を守るため、これまでも村に現れた魔法使いを罠にかけ、互いに戦わせて滅ぼしてきたという。村長は、どんなに高潔な人格の魔法使いでも、極めて強力な魔法という武器を持つと人々を不幸にすると言い放った。

そして村長は、アレクサンダーの力をこれ以上利用するのは危険だと判断し、別の魔法使いを雇いアレクサンダーを始末するとともに、魔法使いの家系を途絶えさせるため妻子を殺害したと白状した。

「貴様だけは死なせない。私を怒らせた代償を思い知れ」

アレクサンダーの怒りは頂点に達した。言葉を失い、ただ憤怒に震えている。復讐心で全身が燃え上がっていた。

怒りに震えるアレクサンダーの周囲で、突風が渦を巻き始めた。村長の家が根こそぎ吹き飛ばされ、村長は悲鳴を上げて宙を舞う。

「闇に蠢く邪悪の魂よ。この村の民に永遠の苦しみを!」

アレクサンダーは絶叫し、雷鳴のような魔法を放った。稲妻が村を焼き尽くし、雨のように降り注ぐ炎が建物を次々と破壊していく。村人たちは我先にと逃げ惑うが、容赦ない魔法の嵐から逃れることはできない。

大人も子供も容赦なく、怒りの魔法は村人たちを襲い続けた。悲鳴と絶叫が村中に響き渡り、魔法の炎で人が燃え上がる。皮膚が焦げ、黒煙が立ち昇る。地獄絵図と化した村で、アレクサンダーの怒りは収まることを知らない。

かつて平和だった村は一面の焼け野原と化した。すべての建物が崩れ落ち、誰もいなくなった村はまるで亡霊の街のようだ。アレクサンダーはその光景を見下ろし、復讐を果たしたことに喜びを感じていた。

しかし、怒りが収まるにつれ、深い喪失感が彼を襲った。愛する妻も娘も、もう二度と戻っては来ない。胸に大きな穴が空いたような、言葉にできない寂寥感に苛まれる。

人々の邪悪さへの憎悪にまみれたアレクサンダーは、普通の人々への復讐を決意した。強大な魔力を持つ彼にとって、人間など敵ではない。世界中の人が住む場所を焼き払い、恐怖で人々を支配しようと考えた。

かつての善良な魔法使いは、忌まわしき大魔王へと変貌を遂げた。

アレクサンダーの名は瞬く間に世界に轟き、人々はその凄まじい力の前に跪くしかなかった。常軌を逸した魔力は世界中の国々を次々と破壊し、幾多の都市が廃墟と化していった。

アレクサンダーの心には友情も愛情も芽生えることはなく、ただ人間への復讐心だけが渦巻いていた。彼の怒りと憎しみは限りなく膨れ上がり、世界を闇へと導いていった。

大切な家族を奪われた悲しみが、魔王の邪悪な野望へと昇華していく。世界は混沌と絶望の淵へと落ちていった。

そして、人々は、いつからから、アレクサンダーを「大魔王ゾーマ」と呼ぶようになった。

(終わり)

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