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【短編小説】今日はカレーの日

浩一は取引先から駅に向かう道の途中で、親子連れとすれ違った。

「お母さん。今日の夕飯、カレーがいい!」

まだ保育園や幼稚園に通っているくらいの女の子の声が聞こえてきた。

浩一は思わず足を止めた。カレーと聞くと、母親が作るカレーは思い出す。とにかく母親が作るカレーは個性的だからだ。

浩一の母親は、カレーに何でも入れる。

人参やじゃがいも、玉ねぎという定番はいいとして、キャベツ、ピーマン、パイナップルやバナナ、納豆、チーズなど、冷蔵庫にあるものは何でもカレーの具にしてしまう。これはまだ許せるが、煮魚、里芋の煮物などあまりものも平気でぶち込んでくる。

子供の頃、浩一は、母親が作るカレーを見るたびに、驚いたり心底嫌がったりしたものだ。

ただ、食べてみると意外に美味しいことが多かった。

「これ、案外いける」

浩一がそう言うたびに、母親は笑って言ったものだ。

「カレーは何でも合うから、好きなものを入れればいいのよ。私はこれが好きなの。浩一も自分の好きなカレーを見つけなさい」

中学生過ぎたころには、母親のカレーは特殊だとわかった浩一だったが、母親の作るカレーがなぜか楽しみではあった。

母親のカレーを思い浮かべていた浩一は、どうにもあのカレーが食べたくなり、歩きながら母親に電話をかけた。

ワンコールで出た母親の元気な声が聞こえた。

「浩一、何?今忙しんだけど」

「あ、ごめん。突然なんだけど、今度そっちに行くから、カレーを作ってくれないかな」

「え?なんでまた?」

「いや、なんかカレーが食べたくなって」

「まあ、いいけど、具は何がいい?」

「え?それは母さんに任せるよ。そうじゃないとつまらないから」

「わかった。じゃあ、あんたの好きなカレーを作っておくよ。春香さんもつれておいでよ」

「わかった。夫婦でいくから」



浩一が母親に電話をしたその週の週末、浩一と妻の春香は浩一の実家にいた。浩一の父親は今日はゴルフで不在だ。

「もうちょっとまってね、今、煮てるから」

「お義母さん。今日はすみません。なんかお義母さんのカレーが食べたいって浩一さんがいうから」

「聞いてると思うけど、私のカレーは普通じゃないから。浩一はそれが面白いのよ」

「まあね。かあちゃんネタとして使えるのは間違いない」

「今日、どんなカレーにしようかって考えてたら、一時期、浩一が絶対これがいいと言ってたものを思い出したの」

「なんだろう。全然おぼえてないな。あ、間に合うなら、刺身とか煮魚とかスルメとかは避けてほしいな」

「あなた、お義母さんが、そんなの入れるわけないでしょ」

「いや、実際、あった具なんだわ。これが」

「え・・・?」

春香は絶句した。

「大丈夫よ。そんなのはいれないわよ。あ、そろそろできるかも。まってて」

浩一の母親は、そういってキッチンに戻っていった。

「そういや、あなたって、カレーってあまり食べないわよね」

「そうか?春香があまり作らないからじゃないか」

「お互い学生の頃、私がジャガイモがごろごろ入ったカレーつくったとき、あなたカレー残してたわ。だから、私、作らないようになったの」

「え?そうなのか?なんで、たべなかったんだろうな。まったく覚えてない」

「さあ、できたわよ。浩一が絶対これがいいって言ってたカレー」

そう言って、浩一の母親がキッチンから両手にカレー皿を持ってきた。

「え?」

目の前に出されたカレーを見た浩一は言葉を詰まらせた。

「母さん、これ・・・」

「そう、あなたが、大学生の頃だったかな、これがいいって言ってたカレーよ」

「お義母さん。具は煮込まれてなくなっているんですよね?」

春香がフォローに努めた。

「具?具なんて入ってないわよ」

「母さん、そりゃないでしょ」

「何言ってるの。あんた『俺はシンプルなのがいい、具なんて入ってなくて水を沸騰させてルーをいれただけでいい。それが俺の好きなカレーだ』って言い張ってたじゃない」

「そうだっけ?」

「そうよ。だから、仕方なくそのカレーを作ってたんだけど、美味しくなくて、お父さんが食べなくなったの。今日も、カレーを作るっていったら、急にゴルフの予定が入ったんだから」

(終わり)

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