『死神の右手』

彼女の右手に恋をした。
その真白い指が首に触れると、
あまりの冷たさに身を固めた。

ねぇ、私を愛してくれる?

勿論さ、と嘯く俺は
彼女の目を見れないから
その右手に恋をしたのだ。

彼女と何かやり取りをする度
ほんのちょっと触れた右手に、
鼓動が速くなる。

精緻な石膏細工を思わせるその手は、
雪の様に柔らかく
溶けてしまいそうだった。

冷たいはずのその手から、
熱をもらってしまった様で、
手が火照る。頰を赤染める。汗が吹き出る。

興奮のせいか
おかしなことを口にしたのかもしれない。
俺は今、彼女の爪を研いでいる。

滑らかな曲線を描くその甲に
口付けしたい衝動を必死に抑えて。
入念に研いでいく。

それが
形が整うであるとか
上品な光沢を得るであるとか

そういったところを超えて
鋭さ、という物差しが似合うという頃合いで
彼女は人差し指を俺の喉へ突きつけた。

ねぇ、私を愛してくれる?

徐々に力を込め感触を楽しみながら、
彼女はもう一度問うたが
答える余裕などなかった。

彼女の指を伝う赤い液体。
綺麗な爪を、手を、汚してしまった。
血の気が引いていく。

彼女に届くことはないとわかっていながら、
それすらも頭になかったかもしれないが
思いつく限りの謝罪の言葉を並べた。

言葉では足りない。
止まりかけの頭が次の言葉に詰まり
そんな答えを出した。

そうだ。それこそ俺の求めていた事だったでは無いか。
止血帯で彼女の手を綺麗に拭いた後、
彼女の不意をついて手のひらへキスをした。

彼女は一頻り激昂した後
急に静かになったかと思うと
冷やかな笑みを浮かべた。
俺はそれを緩やかな降下の中で見ていた。

彼女は
俺を
受け入れて
くれたのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?