仕事につながるゲーム翻訳トライアル突破術(ダイアログ編)
こんにちは、中日翻訳者の戸谷真希です。
今日は仕事につながるゲーム翻訳トライアルの突破術について少しだけ語っていきたいと思います。
以前、X(旧Twitter)で少し触れたこともあったのですが、文字数制限もあり、誤解をまねく言い回しになってしまった内容でもあります。記事にするのは正直怖いのですが、「トライアルについての情報がほしい」というお言葉もいくつかいただいていますので、勇気を出して書いてみることにしました。
この記事はあくまで私の私見であり、「絶対にこうしなければならない」とか、「こうしなければ弊社(=戸谷翻訳事務所)では合格させない」とかいうことではありません。あくまで中日翻訳者の一人として、これからゲーム翻訳トライアルを受ける翻訳者のみなさまの役に立てればいいなという気持ちで書いていきます。
なぜトライアルを受けるのか
実際に翻訳費が発生するお仕事を獲得したいから、という人が多いのではないでしょうか。もちろん、言葉を長い間学んできて、力試しをしたいからという方もいらっしゃるかもしれません。合格してクライアントの翻訳者リストに名を連ねるだけでも満足、という方もいらっしゃるでしょう。
ですがここでは、タイトルにあるように「実際に仕事につながる」ようなトライアル突破を目指していきたいと思います。そのためには、実務と同じようにトライアルを受ける。これが基本の形になってきます。トライアルとは「実務ではこのように翻訳をしていく」という宣言の場なのです。
ゲーム翻訳の特異性
ゲーム翻訳での実務とは? ――これを語るには、まずゲーム翻訳の特異性について語らなければなりません。
ゲーム翻訳では、実際にプレイできるゲーム画面を見ながら翻訳することはまれです。原文テキストがざっとつらなるExcelファイルを片手に、CATツールで翻訳していきます。映像翻訳者さんにその話をすると、「映像翻訳では実際の映像がないまま翻訳することはまずありえないから、ちょっとびっくりした」と言われてしまいました。
理由はいろいろあるのですが、クライアントがローカライズだけに専念できるわけではないというのが大きいかもしれません。あくまでローカライズは無数のカテゴリから成るゲーム開発の中のひとつのカテゴリなのだそうです。それにゲーム開発と同時進行してローカライズをすすめていく場合もありますから、そうなってくると画面はおろか、キャラクターの外観なんかもできあがっていないことが多々あります。
そんな多忙すぎるクライアントと一緒に仕事をしていくのがゲーム翻訳者です。私たちに実務で期待されているのは、高い「翻訳力」はもちろんですが、積極的にクライアントから情報を引き出し、裏取りしていく「リサーチ力」です、と言い切っても過言ではないでしょう。ゲーム翻訳者のそのふたつの力がそろってこそ、よい訳文が実装されたゲームをエンドユーザーに届けられるのです。
ダイアログについて
今回は、特にダイアログ(キャラクター同士のセリフのかけあい)について、詳しく掘り下げていこうと思います。ゲーム翻訳トライアルではまず間違いなく出題される分野です。
トライアルを受ける上でまず一番に確認してほしいのは、ダイアログ部分に話者情報はあるか? ということです。
キャラのセリフのかけあいを翻訳する上で、少なくともそのキャラクターの性別と年齢は最低限おさえておきたいです。可能であればクライアント側が設定したキャラクターの性格についての情報もあるといいですね。
私たちが普段人と話すとき、相手の年齢や立場や性格によってしゃべり方を変えるものだし、それが日本語では自然なことだと思うからです。赤ちゃんにしゃべりかけるときにつかう言葉遣いや語彙と、ご老人にかける言葉遣いや語彙は違いますよね?
もちろん原文から読み取れればいいのですが、中国語の一人称は多くが男女ともに「我」だということもあり、いくら言葉遣いに特徴があったとしても、性別を断定する材料にはなり得ないのがほとんどです。「臣妾」(※皇帝に使える女性が自らを呼ぶ際の謙称)とか言ってもらえれば、あっ女性か! って分かるんですけどね。
男性っぽい言い回しや女性っぽい言い回しもあるのですが、断定にはいたらない。単に男性が女性的な言葉遣いをしているだけなのかもしれないですしね。年齢差もわかるようで、わからないことが多いです。丁寧な言葉で相手に話しかけているキャラクターがいるとしても、年下だとは限りません。身分が違うのかもしれないし、単に相手に恩があって頭が上がらないのかもしれない――考えていくときりがありません。
たいていのゲーム翻訳トライアルでは、話者情報がないことがほとんどだと思います。(もちろん、事前に提供されている場合もあります。このへんは会社によって異なります)ここでは、話者情報がなかった場合、どうすればいいのかについて考えていきましょう。
私は、実際に問い合わせてみる、に一票です。
実務でもそうするように、クライアントからキャラクターの資料をもらい、必要であればさらに質問をします。キャラクターが頭の中で動くように。
クライアントからの反応は多くが二通りです。
①「トライアルだから情報開示できないと言われる」
②「キャラクターの資料を提供してもらえる」
①の場合でも、この言葉をもらったという事実が大事です。
言質をとったので、自分が原文から感じ取ったキャラクター設定をそのまま使用して問題ありません。ただし、会話文からどんなキャラクターを想像するのかは人によって違いますので、申し送りは必須です。
ちなみに申し送りは私だったらこんな風に書きます。
実際にゲームトライアルを突破したことのある方の中には、問い合わせをせずこういった申し送りのみで合格された方も大勢います。その方々は文字から読み取れる情報から最大限にキャラクターの設定を細かく申し送りした上で、自分の高い翻訳スキルを完璧に表現することに成功している人です。
私は「自分でキャラクター設定していいよ」という言質を得ないままトライアルを提出すると、いわゆる「ひっかけ」と呼ばれるリサーチ力調査だったんじゃないだろうかとぐるぐる悩んで眠れなくなりますので、あらかじめ聞いておくタイプです。
ゲーム翻訳の実務で「リサーチ力」が必要なのは前述した通りで、ここをトライアルで確認したいというクライアントもゼロではないのです。この点に関しても、他分野の翻訳者さんには非常に驚かれますね。ここではそれがいいとか悪いとかはいったん置いておいて、実際にそういうクライアントも存在するとだけ書いておきます。ただし、そういったところはトライアル開始前に「なんでも質問してください」や「質問事項も採点に含まれます」などと丁寧に書いてくれている場合が多い印象を受けます。
②「キャラクターの資料を提供してもらえる」
上記の場合はクライアントの指定通り訳出していきましょう。いらないと思われがちですが、ここでも申し送りをした方がいいです。申し送りがないとトライアル採点担当者にキャラクター情報を確認したという事実が伝わらないからです。だいたい、窓口担当と採点担当者は別ですからね。
ちなみに申し送りは私だったらこんな風に書きます。
ここまでやれば、訳文に誤訳がなく、日本語として違和感がなければ減点されることはまずありません。
実務でも同じです。話者情報が足りない場合はクライアントから提供してもらったり、すでにリリースされているプロジェクトならゲーム動画を探して視聴したりしながら翻訳しましょう。与えられた情報のみでは足りないことが多い、それがゲーム翻訳です……「そこは向こうが情報をそろえておくべき」と言われたら確かにそうなのですが、PMさんたちはいろんな案件を複数抱えていて忙しい方が多いので、翻訳者として協力できることはやっておいたほうが好印象なのでは、と私は思っています。
おわりに
いかがだったでしょうか。よりよい条件でのトライアル突破につながれば嬉しいです。まわりまわって、素敵な日本語が実装されたゲームが増えていけばいいですね。
それではまた。
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