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奇行!一人箱根駅伝(往路編)

東京・大手町から芦ノ湖までランニングした話


概要

2023年1月3日午前0時、東京大手町、読売新聞東京本社前。
14時間前に箱根駅伝の1区を走る選手を送り出し、あと14時間すれば栄えある優勝校のアンカーが飛び込んでくる。
興奮と喧騒の合間、誰一人いない空間に佇む私。
今日はここから箱根駅伝のコースをトレースし、往路フィニッシュ地点の芦ノ湖へ向かう。
企画、参加ともに一人。
ちなみに私は15年ぐらい前まで(中高6年間)陸上部で長距離走をやっていた。個人では県大会に行けるかどうかのボーダーライン。そこからは自転車にハマりランニングはずいぶんご無沙汰。ロードバイクに月間1000㎞ぐらい乗る生活を続けていたので持久力と根性だけはあるが、チャレンジ実行時点では気が向いたらたまに10km~20kmぐらいジョギングをする程度の走力だった。

チャレンジまでの経緯

なぜそんなチャレンジを実施したのか?
なんとなくやってみたくなったから。以上。
人間たまには「できる」と「できない」の瀬戸際を攻めてみたくなる時があるのだ。あるよね?
ちなみに思いついたのは決行の2週間前ぐらいである。

ルート

「一人箱根駅伝」とタイトルに掲げた以上、できるだけ箱根駅伝のコースに忠実に走ろうと考えた。
箱根駅伝の実際のコースで歩行者が立ち入れない区間は戸塚手前、不動坂周辺のごく一部だけで、あとの区間はコースそのものか平行する歩道を走行できる。
私は神奈川県出身なのでコースのほとんどは自転車で走行したことがあり、地図を見なくても迷う心配は無かった。
ルート上には箱根山中を除いてほぼ途切れることなくコンビニや自販機があり補給の心配もなし。何なら鉄道やバスもほぼ全線にわたり並行しているので万一何かあればリタイアも容易である。
ロードバイクでは人里離れた山中を数時間も走ることがよくあるので、それと比べればずいぶん気楽である。

装備

シューズ

シューズは本番直前に新調したナイキのズームフライ5である。



いや、バカなのか?
超長距離チャレンジをやるのにおろし立てのシューズで行くのも良くないが、そもそもズームフライ5は高反発のソールとカーボンプレートを装備したかなりスピードの出るシューズだ。クッション性や安定性も悪くないとはいえ、月間走行距離100㎞行くかどうかの人間がウルトラマラソンで履いていいシューズではない。
100%自業自得だが、チャレンジ後半では足へのダメージが大きくかなり苦しんだ。ちなみに走行距離600㎞を超えた今も気に入って履いている。靴は悪くない。悪いのは頭だ。

バックパック

着替えや補給食、モバイルバッテリーなどを持ち運ぶためにDeuterのAscender 7というバックパックを使用した。通勤ランでも使用しているモデルだが、結果から言えばちょっと過剰な装備だった。
中盤以降は肩凝りが激しく、もう少し装備を軽量化していれば・・・と思いながら走ることとなる。

本編


1区【大手町~鶴見】

誰もいない大手町を出発し、まずは品川方面へ向かう。
気温はさほど低くなく、走るにはちょうどいい。キロ6分ぐらいを目安に頑張らないよう頑張る。
さすがに夜中の街は静かだが、増上寺は初詣客で賑わっていた。
追い風もあって脚は順調に進むが、光学式の心拍系が常時170とか220とか凄まじく適当な数字を返してきてストレスを感じる。皮膚の表面の血管を読み取る仕組み故、寒いうえに運動強度も低いとまともに計測できないのだ。
心拍数のことは一旦忘れて、見慣れた街をただ淡々と進む。先が長すぎて逆に実感が湧かず特に辛くない。六郷橋を上って多摩川に差し掛かり、午前2時7分に神奈川県に突入。

コンビニで補給をして鶴見中継所には2時33分に到着。今のところトラブルほ無く順調だ。

モニュメント前で写真を撮って先を急ぐ。

2区【鶴見~戸塚】

鶴見から先も基本的に平坦が続く。
正直に言おう。

飽きた。

知らない土地であれば新たな発見があるし、難所があればドラマが生まれる。見知った平坦な土地で、さらに景色も見えない夜中ではジムのトレッドミルとさほど変わりないのだ。
神様「では難所を用意しよう」
保土ヶ谷を過ぎると上り坂が現れた。今回のチャレンジで初の長い上り、権太坂だ。
とはいえ勾配は5%程度。急がなければどうということはない坂道だ。
急がず慌てず淡々と進めばそう時間はかからず頂上にたどり着ける。

はずだった。
意外と脚が上がらない。こんなにきつい上りだったか?こんなに長かったか?
何とか歩かず頂上を超えて下りに入り、坂の途中のコンビニで休憩した。足の裏がじんわり痛い。
もう少し進むと、不動坂交差点から箱根駅伝コースは自動車専用道路(戸塚道路)へと入っていく。最初の区間は歩道がないので迂回が必要だ。
線路を陸橋で渡り、柏尾川沿いにしばらく進んでから住宅街の中を抜けて戸塚道路の歩道に出る。抜け道をしっかり調べておいたおかげで迷わず抜けられた。
ここから中継所まではエースが鎬を削る2区の最終盤、数々のドラマが生まれた名所である。実際、単調な緩い上りが続く権太坂より勾配変化が大きなこの区間のほうがキツい。

5時13分、テレビ中継用の鉄塔が残る戸塚中継所に飛び込んだ。

3区【戸塚~平塚】

往路の戸塚中継所は釣具屋「タックルベリー」の駐車場だ。三が日の午前5時に釣具屋の写真を撮る不審者。通報される前に出発する。
しかしすでにだいぶ足が痛い。よく考えれば、すでにフルマラソンよりも長い距離を走破しているのだから当然だ。バックパックの重みで肩も凝ってきた。
しばらく緩いアップダウンを繰り返しながら進み、遊行寺の坂を一気に下る。自転車の感覚では藤沢橋から海岸線まではあっという間に抜けられるはずなのに、記憶にない道路が次々と出てくる。おかしい。進まない。
あのカーブの先が海岸線、を5回ほど繰り返し、空が明るくなり始めた6時44分に浜須賀交差点に到達した。

歩道橋の上にあるベンチに腰掛け、いったん靴を脱いで痛みを訴える足裏をマッサージする。

(帰りてえなぁ・・・)

ランニングでのチャレンジ企画は、公共交通機関に乗るハードルが高い自転車と比べてリタイアが容易すぎるのだ。
もう電車もバスも動いている時間であり、その辺のバス停からちょっと乗ってしまえば1時間程度で家に帰れる。全て無かったことにして家で寝てしまおうか・・・
考えれば考えるほど帰りたくなるのは明白なのでさっさと出発する。

一つ救いになったのは風景の美しさだ。何を隠そう私の出身はこの茅ヶ崎市。今日は快晴で海も富士山もきれいに見える。
大学までを過ごした地元の景色に少しだけモチベーションが上がり、これから向かう箱根がはるか遠くに見えモチベーションが下がった。
海岸沿いは客観的に見ると極めて単調な道が続くが、そこはよく見知った地元の道。細かく目標物があるので実はそれほど長く感じなかった。
しかし脚がしんどい。相模川を渡る橋の上りすら思わず足が止まりそうになる。

花水川を渡り、午前8時に平塚中継所に到達した。

4区【平塚~小田原】

さあ、あとフルマラソン1本(+箱根の上り)だ!!

いや無理でしょ。
一度止まると走り出すのにとんでもない労力がいる。
平塚中継所の直前のコンビニで補給をしたのだが、そのあとしばらく走り出せずに謎の早歩きおじさんと化していた。
大磯駅前で国道1号に合流したが、この先は細かいアップダウンが続きそのたびに泣きそうになる。特に下りの衝撃が辛い。

二宮に差し掛かるあたりから歩道上に人が増えてきた。
これは私の壮大なチャレンジを聞きつけ応援に駆けつけてくれた人々では当然なく、箱根駅伝の復路を沿道で観戦しようという皆さんである。
そうなると山側の歩道はどんどん人が増えて走りづらくなることは明白。人の少ない海側の歩道を走り続ける。フリーザ様も目撃した。

国府津駅前を過ぎたところでいよいよ箱根駅伝の関係車両が対向車線を通り始めた。
西湘バイパス入り口、親木橋の歩道橋を渡ろうとしたところで係員の方に止められてしまった。歩道橋上での観戦を防ぐためだろうか、選手が全員通過するまでは道路を横断することはできないらしい。

まあそれも仕方ない、せっかくなので対向車線からだが選手を応援して過ごす。現地で観戦するのも久しぶりだ!地元の方々に交じって声援を送り、20分ほどの休憩となった。

交通規制も解除され、さてこちらの箱根駅伝も運行再開!

・・・足が出ない。
限界レベルまで疲労した脚を20分も止めておいたせいで、関節という関節が固まりストライドが20㎝ぐらいしか出なくなってしまった。
キロ9分ぐらいの超絶スローペースで進んでいたら、関節も少しずつほぐれてまた元のペースで走れるようになってきた。
危うくそのまま吉野家に吸い込まれた後東海道線に乗って帰宅するところだった。

頑なにキロ6分半程度の一定ペースを守り、酒匂川を渡っていよいよ小田原市街に突入。
あんなに遠く見えていた箱根がずいぶん近くなってきた。
本当にあそこまで登れるのだろうか?全くそんな気はしないが、少なくとも一歩踏み出せば一歩分ゴールが近づくのだ。

市街地を抜け緩い上りを走ることしばらく、10時54分に蒲鉾の香り漂う小田原中継所に到着した。

5区【小田原~芦ノ湖】

いよいよラスボスは天下の険、箱根である。
箱根駅伝の選手であればここから1時間20分もあれば着いてしまうのだろうが、今の私ではどう見積もっても3時間。もしかしたらもっと掛かるかもしれない。
もうペースとかタイムとかそんなものはどうでもいい。ここまで来たからには絶対に踏破してやる。
さっきまでの弱気はどこへやら、呻き声をあげながら立ち上がり20㎝のストライドで意気揚々と箱根路へと踏み出していった。

箱根山中は歩道のない区間が多くある。
道路交通法上は歩行者は右側通行が基本だが、路肩はどう考えても山側のほうが広いので安全上左側通行をさせてもらう区間が多かった。
スロージョグと歩きを半々で繰り返していたら、塔ノ沢~出山鉄橋~大平台は意外とあっという間だった。
変化の激しいコースだと気も紛れるのかもしれない。
宮ノ下のローソンで最後の休憩。幸い胃腸は元気なので固形物もきちんと食べられている。
また休憩後は脚が棒になってしまったが、じわじわと動かしていればそのうち動くようになるのはわかっているので怖くない。
首から上と手のひら以外は大体痛いが、もう慣れた。
ゾンビのようにただ国道1号を走り続ける。

小涌谷から先の単調な山岳区間も割とコンスタントに走り続け、いよいよ視界が開けてきた。芦之湯だ。
一旦下って上り返すと、そこは国道1号最高地点。

さっきまでは海岸線にいたのだから、本当に自分の足でこの標高874mを稼いできたのだ。
何とも言えない感動を覚えながら下りに入ると、激痛で一気に目が覚めた。
すごい!これまでの人生で一番坂を下りたくない気持ちだ!!と謎の感動を覚えながら歯を食いしばってのダウンヒル、進まないと終われないけど進みたくない。多分この時は本当にひどい形相をしていたと思う。通報されなくて良かった。

無限に続くかと思った地獄の下りも、芦ノ湖が見えるともう終わり。
後は箱根町港までの20分間のウイニングランである(ただし身体中激痛)。
お店というお店は観光客でごった返し、道路は渋滞で全く動いていない箱根の街。その脇をトボトボと駆けていく30代男性が1名。
関所わきのアップダウンを抜け、最後の直線を走り右に曲がればそこはテレビで見慣れた箱根駅伝往路フィニッシュ地点だ。

大手町を出て14時間、107.5kmを自らの脚で駆け抜けようやく辿り着いたのだ!

本当に走りきったのだ…

感動のあまり泣き崩れ・・・はしなかった。
心にあるのは安堵、ただそれのみ。
写真を何枚か撮り、Twitterに報告をした。
さあ、これで帰れる。

エピローグ

風呂に入ってから帰りたいな、と思い事前に日帰り温泉を調べておいたのだが、お正月からやっているのは元箱根にあるホテルの大浴場ぐらいであった。
本当はもう1㎜も歩きたくないのだが、バスは大渋滞でいつ来るのかどのくらいかかるのか全く見当もつかない状況。仕方ないので元箱根まで歩いて移動した。
やってみると意外と歩けるもので、渋滞にハマって全く動かないバスを数台追い抜いてホテルむさしやさんに着いた。

エレベーターで5階に上がり、展望風呂で汗を流す。全てから解放されて入る風呂は最高に気持ちよかった。
窓際に立つと人でごった返す街並みが見えたが、向こうからも目を凝らせば全裸の私が見えるということに気付いてすぐ戻った。
しかしまだ午後3時。夜中から活動すると感覚が狂ってくるな・・・

元箱根のバスターミナルから箱根湯本方面のバスに乗ろうとしたが、目の前の道路は相変わらずの大渋滞でダイヤは崩壊。
さぁどうなると思ってとりあえず列に並んでいると、箱根登山バスの係員の方から小田原駅行きの臨時便を出すと案内があった。乗り換えすら最小限に抑えたい私にとってはありがたいことだ。
やってきたバスに乗り込むとすぐに出発。
通常なら箱根町港を経由して箱根新道から湯本へ向かうが、バスはなぜかそのまま旧東海道から箱根旧道を上り始める。

七曲り、畑宿を経由して須雲川インターから箱根新道に入るという人生初のルートで箱根湯本、そのまま折り返して小田原駅まであっという間に運んでくれた。
臨時便とはいえ満員のバスで攻める箱根旧道、立ち客はみんな大変そうだった。悠々と座っていてすまんな(立ってたらカーブで踏ん張れず吹き飛んでいたと思う)。

小田原駅でバスを降りて改札口を通りホームへ向かう階段まで来たところで、ちょうど電車が来る音がする。最寄りまで乗り換えなしで行ける直通電車だ!
急いでホームへ向かうが、残念ながら杖をついたおばあちゃんに置いていかれるスピードでしか歩けない私だ。呻きながら階段を6段ぐらい降りたところで電車は出発していってしまった。
諦めてホームのNewDaysでおやつを買い込み20分後の電車を待つ。絶対に座ったまま帰りたくてグリーン券を買ったが、今ベンチに座ると終電までそのままになる可能性すらあるので立ったまま待っていた。

やってきた電車はそこそこ混んでいたが無事に座席も確保できた。
お菓子を食べながらツイートを続けリプライを返すことで意識を保つ。

寝たら宇都宮寝たら宇都宮寝たら宇都宮寝たら宇都宮、、、、、、
フラグを回収することなく最寄り駅で無事に下車、自宅まで超低速で歩き切り私のチャレンジは終わったのだった。

翌日

意外と普通の時間に起きられた。
足裏のアーチが潰れきり、足がワンサイズ大きくなったように見える。
肩こりや下半身の筋肉痛が激しいが、とりあえず怪我はしていないようだ。

世の中にはウルトラマラソンの大会が数多く存在するが、それに出場する選手へのリスペクトが無限に高まるチャレンジだった。
私もサイクリングでの長距離走は普段からよくやるが、身体のダメージの桁が違う。
ところで、タイトルに(往路編)と付いているということは…?


次回に続く

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