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[全文無料: 小さなお話 0.02] 書を持って、野山を歩こう

[約1,100文字、2 - 3分で読めます]

Kさんが「書を閉じよ、町へ出よう。それから本を開け」
https://note.mu/kutsunayuichiro/n/nd1f288ea36f5
と書いてるのをみて、こんなことを考えました。

本から得る知識は、頭で分かったつもりになってるだけだと役に立ちません。実際に使いこなせるようになって初めて、本当の意味で「分かった」ことになるわけです。

それに本に書いてあるからと言って、必ず正しいかというと、そうでもないですよね。

たとえば、ものの本を読むと「インドの人は右手でしか食べ物に触らない」ということが書いてあります。

だから「インドの人に食べ物をあげるときは右手で渡さないとならない」って言うんですね。

これは確かにその通りですし、インドの人はナンという半発酵の平たいパンを右手だけで上手にちぎって食べます。

でもこれって、デリーとか都会の人だけなのかな?

ぼくもよくは分からないのですが、少なくとも西インド・ラジャスタンの田舎街では、チャパティという無発酵の平たいパンを、両手でちぎってカレーに混ぜて普通に食べてます。食べるときに使うのは当然右手ですが。
(ちなみにこれは、左手がしもの処理に使う不浄の手だからなんですね)

Kさんは「町へ出て雑談でもしよう」というのですが、ぼくは雑談が苦手です。雑談は苦手でも街ゆく人を観察はできますから、まあ、そういうのもいいかな。

そうして街を歩き、お喋りをしたり、いろいろと観察をしたり、自分で体験することは世界を広げてくれますよね。

街だけじゃなく、野山を歩けば、自然が体や心をほぐしてくれます。

で、そのときに「書を持って」外に出かけるのもいいよなって思うんです。

本を持って出て、出先で読むのもいいですし、今風にデジタル端末で読むのもいいでしょう。

ぼくは街角で看板のヒンディー語を見ては辞書ソフトで調べて遊んだりしてます。

野山に行けば、草木や野の花を調べてみるのも楽しいでしょう。

一旦、書を閉じるもよし、書と共に外へ出るもよし、あるいはあなたが「もう本は読みすぎた」というのなら、書を捨てて旅に出たりするのもいいでしょう。

そしてまたいつか、本と再会する日がやってくるかもしれません。

本を読んでも読まなくても、人生は誰でも一度きりです。

あなたがどこかで読むひとかけらの文章が、あなたの人生を豊かにしてくれることを祈って、この記事を終わることにします。

それではみなさん、ナマステジーっ♬

[2018.11.14 西インド、ブンディにて]

※画像はいらすとやさんのものを加工して使わせていただいています。

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