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「見切る」ということ

圓通寺借景庭園から比叡山を望む
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京都市美術館エントランスと「ガラス・リボン」
スクリーンショット (67)
仁王門側から京都市美術館を望む


 12月10日から二泊で京都への小旅行に出かけた。ほぼ毎年、特に紅葉も終盤となり、観光客の数も減る頃を目指して訪れている。毎回細かい計画は立てず、「行き当たりばったり旅」になるが、昨年同様に今回も自動車で訪れることになった。

 二日目の午前中、朝一番(と言っても9時を過ぎていた)に、これまた恒例の上賀茂神社参拝を済ませて、太田神社あたりから岩倉方面に抜ける道を辿っていた。途中「深泥池(みどろがいけ)」の前で道を間違えて方向転換しているうちに、最近妻が「何年か前に友人たちと『圓通寺』を訪れたとき、その周辺に住宅がびっしり建っていて驚いた」という話をしていたことを思い出し、細くくねった激坂の道を越えて圓通寺の門前に到着した。

 圓通寺は、元は修学院離宮の設計を行ったことでも知られる後水尾上皇(ごみずのおじょうこう)の離宮だったが、現在は臨済宗妙心寺派の寺院で、庭園は江戸初期に作られた借景庭園として知られる。

 ちょうど開門まで数分という時間だったので、幸運にも一番乗りで拝観することができ、庭園の前の広間を独占してどっかりと座り込んだ。しばらくの間、心静かに比叡山を借景とした枯山水の庭からの眺望を楽しんでいたが、土曜日の午前中ということもあって、ここ郊外にある寺院の境内には、音一つ聴こえない静寂な雰囲気が漂っていた。

 しかし、この寺のご住職の話によれば、2007年に京都市景観条例が制定されるまでの間に既に周辺の宅地開発の進捗はすさまじく、生け垣の向こうにマンションが建つ恐れさえ生じていたという。取り敢えずこの景観条例により、この庭から望む比叡山を借景とする景観は守られたようだが、まだ完全に安心できないとご住職は心配の面持ちでいらっしゃる。

 広間に座った位置から見る比叡山は、寺の外で見える比叡山とは違い、左右に広がる軒端と濡れ縁の水平線と、広い間隔で立つ柱に区切られたフレームに収まってグッと迫ってくる。

 この景色を見ていて、ふと「見切り」という言葉が脳裏に浮かんだ。この見切りとは、例えば、「歌舞伎の大道具で、舞台の奥の方が見えないように、上手下手に、切出しや張り物を設けること」であり、建築用語では、「一つの仕事が終わるところやその仕上がり具合を指し、そこから転じて、仕事の終わりともう一つの仕事の終わりの境目を、美しく機能的に始末する建材を指す」とある。

 要するに、この借景により、外界の世俗と一線を画して一つの世界を切り取ることなのだのだと一人合点した。

 その翌日、日曜日の午前中は、御池高倉のホテルを9時前に出発して、岡崎公園の「京都市美術館(京セラ美術館)」の近くの駐車場に車を置いて、まずは南禅寺方面に向かって歩いた。

 「琵琶湖疎水記念館」を経て、南禅寺の境内から今でも疎水が流れる「水路閣」から疎水を遡って歩いた。

その後、琵琶湖から導いた疎水を蹴上の舟を上げ下ろししたインクラインのレールに沿って傾斜を下り、南禅寺橋交差点から反時計回りに京都市動物園を半周して京セラ美術館の裏手に着いた。

 京都市美術館は、1933年(昭和8年)に開館され、以後公立美術館ではわが国最古の建築となるが、2015年に公募型プロポーザルにより、「青木淳・西澤徹夫設計共同体」が1位で基本設計者に選出され、京セラ㈱が50年間のネーミングライツを獲得して、2020年5月26日に「京都市京セラ美術館」としてリニューアルオープンした。

 今回は、北東の裏面から時計回りにエントランスに向かったので、1階西玄関ではなく、建物の西側がスロープで掘り下げられて、地下1階部分に新たなエントランスがあることを初めて知った。そこまでのアプローチは、全面ガラス張りの「ガラス・リボン」と名付けられた空間が広がり、エントランスの両袖には、ガラス越しに左にショップと右にカフェが見えている。

 今回は展示物の鑑賞はせず、建物の内外だけを鑑賞するにとどめたが、昭和初期の和洋融合の建物もさることながら、その上物を地下から、しかもエントランス面をガラス・リボンという壁面で構築するというデザインに感心させられた。

 そして、その究極の出会いは最後に訪れたのだった。

 美術館を観終わりエントランスを出て、岡崎通りから仁王門通りに向かって歩き始めてふと振り返ると、そこに美術館がそびえ立っているのが見えるのだが、道路と敷地を隔てている生け垣により、ちょうど建物1階と地下のガラス・リボンの地下部分が見切られて、リニューアル以前の姿を現わしていた。

 そういえば、これまでもリニューアル後に何回かこの前を通っていたのに、リニューアルの雰囲気が感じられなかったのはこのためだったのかと合点がいった。

 京都で過ごした短い時間で、圓通寺と京都市美術館のふたつの素晴らしい「見切り」を発見できたことは、今回の私たちの小旅行の一つの良い思い出となった。

                                                                 2021年12月14日 桜井俊秀

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南禅寺「水路閣」から山門を見あげる


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