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書評「なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか」 林 伸次

飲食店経営にのノウハウ本というのは数多く出ているが、そのうちの多くは実際に飲食店を経営している人、さらにその中でも経営に成功している人が書いている。この本は対談形式で、20人の飲食店経営者と著者とのダイアローグがおさめられている。つまり、ここでしゃべられていることは飲食店経営の一面に過ぎないということが前提なのである。「一面に過ぎない」というのはどういうことかというと、つまり成功の秘訣というのは、成功している人から話を聞くだけでは得られず、成功している人と失敗している人、両方を観察し、その違いを理解することによってはじめて、傾向や法則のようなものが見えてくるはずだ、ということを言おうとしている。世のあらゆるビジネス書についても同じことが言える。孫正義だけを見ていては、孫正義が他の人とどう違うのか、その違いのうちどれが彼のビジネスの成功に寄与しているのかということを理解することはできない。

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とはいえ、成功している人たちと話をすることによって「もしかするとこれが大事なのかも」という仮説を立てることができるかもしれない。多くの成功している人たちの間に共通のものが見られるのであれば、それはすごく大事なことなのかもしれないからだ。メーカーの新商品開発における市場調査のプロセスの一つとして最初に行う「定性調査」がそれに相当する。アーリーアダプターやオピニオンリーダーといった、商品が普及するにあたって重要な役割を演ずる人たちから、オープンに意見を伺う。その中から、インサイトを抽出する。そして、それをその後、「定量調査」などで検証する。あるいはプロトタイプを作ってテストマーケティングを行う。そういうフォローアップはもちろん重要だが、最初のきっかけとしては十分に意義深い。

ところが、これは著者の林も別なところで言っていることだが、ふたを開けてみると実は今回インタビューされた20人が20人、みんなそれぞれに全く違うことを言っているような気がするのである。そしてもちろん、林自身が考える成功の秘訣とインタビューされた成功者たちが考えるそれとは180度意見が異なるということもあるようである。もちろん、実は林がひそかに何かを見出しており、それを自分の営業秘密として敢えて本に書いていないというような可能性もある。しかし、成功の秘訣みたいなものが成功者によって異なり、それが正反対に矛盾しあうことさえあるということは、一見不思議なことでありながらも、私には妙な納得感があるのである。

例えば、ある成功している居酒屋の店員は一見(いちげん)・常連と分け隔てなく明るく優しく接客し、オーダーに気付けばはきはきと対応し、帰り際には見送りまでする。これをみて「なるほど、やっぱり接客が丁寧なのは大事だな」と思う。しかし、別の飲み屋では一見がハイボールを頼もうとすると「メニューに書いてねぇだろうが!」と店主が怒鳴る。それでもその飲み屋は繁盛しているのである。これに限らず、繁盛店の「繁盛の理由」とでもう言うべきものは実に多彩で、一つに絞ることができないような気がしてくる。これは果たしてどういうことなのだろうか。いくつかの考え方があると思うので、ここで一度整理してみたい。

1. ロー ハンギング フルーツ

Low hanging fruitというのは、例えばリンゴの木には高いところから低いところまで果実が結実するが、当然手に届くところにあるものは取りつくされている、ということを言っている。ここではこういうことである。

飲食店が成功するための万国共通の法則のようなものは既に十分に知れ渡っており、すべての人が実施してしまっているので、もはや秘訣などと言えるものではない。

したがって、今から20人くらいサンプリングしたって、共通に言っているようなことっていうのは真新しさはなく、そもそも話題にすら上らないということである。例えば、家賃は月商のXX%以下に抑えなければならないだとかいうことは、もはや常識的なことになっていて秘訣などではない、ということである。

2. 細分化

すると20人に共通の法則以外のものには何らかの普遍性や共通点のようなものはないのか。そうではないだろう。それは例えばラーメン屋とオーセンティックバーとでは同じ飲食であってもビジネスモデルが違うであろうから、そのモデルの中だけで成り立ちうる法則のようなものがあってもよい。例えばバーはラーメン屋と比べれば客単価が高く、滞在時間は長く、在庫高は高いだろうが劣化がない。もちろん、立地も重要だろう。繁華街と住宅地、城東と世田谷とではビジネスは絶対的に異なってくる。

そういう形でビジネスの形態を細分化して、その中で目指すべきものを見出してゆこうとするのがセグメンテーションとターゲッティングとの考え方である。例えば、下北沢のオーセンティックバーというくくりを作って分析してゆけば、こういう客層、ビールの値段はいくら、滞在時間云々という固有のルールが見いだせるかもしれない。

3. 蓄積(ポジティブ フィードバック)

しかし、同じような場所で同じようなことをやっているにもかかわらず、人によって全然違う成果を出してくるということもある。それはどういうことなのだろう。

ある店が成功すると、多くの飲食店経営者は多店舗経営について考えるようになる。多店舗経営は事業の成長の追求という意味でももちろん重要だが、忘れてはならないのがオペレーションの効率性に対して与える影響である。それは一言で言えば様々な変動の吸収である。例えば在庫を融通しあうことができる。例えば仕入れの量が全体として多くなるので、規模の経済性が向上する。例えば従業員を融通しあうことができる。そういう意味でも、都内に5店舗経営しているお店が出す新店舗と、3年間の修業を終えたシェフが独立して出店する1店目とではそもそも最初から平等な勝負にはならない。

だがそれ以上に「何をやるか」というよりも「誰がやるか」ということの方が重要であることもある。つまり、上の例のように、ビジネスというのは基本的に「それをやればやるほど、うまくやれるようになってくる」というフィードバックがかかるのである。それは、単に「経験が蓄積して」みたいな抽象的なことではなく、例えば銀行から金を借りるであるとか、そういうことが個人の信用幅が拡大することによってできるようになるのである。

4. 運

そういうフィードバックがあるということは、とにかくとっかかりの部分でうまく回るということがすごく重要だということになる。要するに、最初が大事で、それって運だよね、というのが、一応の行き着く結論である。これじゃあつまらないだろうか?

まとめ

ということで、この本は読んでいても楽しく読めたし、次に行きたいお店もたくさん載っていたし、なおかつ自分がぼんやり抱いていた飲食店経営に関する雑感みたいなものを再確認することができて良かったと思います。良書です。ぜひ皆さんも手に取ってみてください。


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