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ラン日記20220703

20220703

昨日、夏ランの夢を見た。それはこんな夢だ。
朝、テントから抜け出て体を伸ばす。一切の思考を挟まずに僕は日焼け止めを顔にぬり、全身に虫よけスプレーをかける。ふと、自分の自転車を立てかけている木を見ると、昨日まで孵化の途中だったエゾゼミが、もう殻だけ残していなくなっている。少しだけ上を向くと、夏の音がそこらじゅうで鳴り響いている。

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電車が走り始める。ホームで輪行袋を持った後輩たちが、窓の外で景色と共に流れていく。僕は、またか、と思う。ここ最近、輪行を終えて電車に乗り込むと、後輩たちが乗り合わせていないということが何度かあった。乗り継ぎのない青梅特快に乗れたことは幸運だったが、後輩たちを置いていってしまった罪悪感と少しのさみしさを、僕は携帯の画面を見て忘れようとしていた。

知りたいことなど何もないSNSに飽きてウトウトしていると、青い服を着た男が話しかけてきた。「いるかなと思ってこっちまで来ましたよ」。

あぁ、君も乗れたのか。

西東京の電車は空いており、後輩は僕の隣に腰を掛ける。知り合って3年目、4つ下の彼と話していると、改めて以前よりとっつきやすくなったなと感じる。彼の力ある渋い声は変わらないが、以前に比べると、声に少しだけ明るさと柔らかさが出たように思う。後輩が留学に行くのが寂しいだなんて、君の口から聞く日が来るとは思わなかった。電車が決まった駅に止まるのとは違って、-多くの会話がそうであるように-2人の会話はのんびりと、道なき道を進んでいる。

ねぇ、君は付き合ってる人とかいるかい?
彼はいないと言った。どんな人が好きだい?
面白い人が好きだと彼は言った。そして彼の好きな友人たちについて、彼の好きなエピソードをいくつか教えてくれた。そういう人を見ているのが、好きなのだそうだ。
「確かにそれは面白いわ。でも、結構変わってるね」
「確かに変わってる。それに、そんなことばかりやってると、人に迷惑がかかったり集団が回らなくなったりするんだけど、でもまあ、その人らしさがあって面白いなと思う」
「ということは、強烈な個性があって、それが分かりやすい人がいいってこと?」
「いや、別に強烈じゃなくてもいいし、分かりやすくなくても、別に俺がわかればいい」
「へぇ、そうなんだ。」
「まあでも、今仲いい人たちは確かに分かりやすい変わり者だけど、そういう人たちといる中で段々、目立たない個性みたいなものも分かるようになってくるのかもしれないとは思う。それに、そうなりたいと思う」
「そうなんだ。君ならきっとそうなれると思うよ。なんか、そういう気がする」

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窓の外の景色から、彼が下りる三鷹が近いことがわかる。そろそろだねと声をかけると、彼は突然に立ち上がり、どでかい自転車を担ぎにいく。ドアが開いて、彼は歩きだす。一瞬こちらを振り向いて、微笑み合う。彼はホームに降りていき、もう姿は見えない。

僕は静かに目を閉じて、彼の大きな黒目と繋がった眉を思い出す。そういえば、昨日、今年初めてのセミが鳴いていたなと思った。なんで今、そんなことを思い出したのだろう。

今回のランに参加して、後輩たちは、もう立派に先輩をしようとしているのだなと思った。今の彼ら彼女らに、頼る相手としての先輩は、それほど必要ないのかもしれない。役割としての先輩。いつか、そうした役割の殻を脱いで、自由に話せる日が来るのだろうか。

その日は来るかもしれないし、来ないかもしれない。あるいは、もう来ているのかもしれない。ただ一つだけ思うのは、彼らと時間を共にできたことは、僕にとってとても幸運だったということだ。

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夜のキャンプ場、疲れて少しだけしゃがれた部員たちの声が、ぽつぽつと響いている。その声を聴きながら疎な星を見上げ、夏が来たなと思う。

先輩はどんな人が好きですか?
うーん、そうだね。面白い人かな。

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