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小説「銀匙騎士(すぷーんないと)」/小説「百年の日」

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2019年8月の記事一覧

銀匙騎士(すぷーんないと) (35)

銀匙騎士(すぷーんないと) (35)

「ふしぎは、そのせいか」
「だと思うでしょう」
「ちがうんだ」
「ぼくもそう思うよ」
「なんだよ」
「水が、水が、あればなあ」
「ごめんな。さっき、たおれてるばばあがいて、全部あげちゃったんだ」
「まあ、そのばばあが助かったならいいか」
「ふしぎって、でも」
「まあ待てよ。順番に話すから」
「なんか。うーん、分かった」
「ぼくはほっとして、しばらく水辺にあぐらかいてた。すると、茶碗(かっぷ)がふし

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銀匙騎士(すぷーんないと) (34)

銀匙騎士(すぷーんないと) (34)

「そうだなあ、神さまたちは、神さまじゃなかったのかもしれないよ。賊、か。茶色い、黒い、ほこりと砂とたまごのくさったにおいを灰汁でねって団子にしたみたいな、かたまり。とげみたいに山刀の先がつんつん出てるでしょう、鉄砲の穴は鼻の穴より暗いし、弓はずらっと一直線で、まゆ毛かまつ毛。
 目だけ、煙のなかからぎらぎら光って、百個の目がある一匹のけものが来たんだと思った。ぼくは、風見楼の喫煙所で一番に見つけた

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銀匙騎士(すぷーんないと) (33)

銀匙騎士(すぷーんないと) (33)

「そういう、お仕事だったんだよ。それから、宴会があって飲み食いしたけど、ひらめ、豚、山羊、うなぎ、みんな片目がなかった。
 ぼくはひとりになってね。かわいそうだと思ってくれたのかな、それも決まりだったのかな、妹ができた。
 前の年に雨を降らせた人の子供なんだってね。ぼくたちは、いつもふたりきりだった」
「さみしかった」
「ちょっとは。たまにはね。妹はしっかりしてたから、助かった。神さまの子供のぼく

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銀匙騎士(すぷーんないと) (32)

銀匙騎士(すぷーんないと) (32)

「だめだ。あぶない。匪賊につかまる。神さまの子供だったら、おまえはねらわれてるかもしれないじゃないか。やめとけ。そんなにいい村だったのか。たのしかった」
「たのしかった。あんまりお母さんは家にいなかったけど、みんなやさしかったから。おなかがすくとごはんを持ってきてくれるけど、なんか悪いから、たまにがまんする。がまんしてたら、おなかのなかのめしがどうなってるか分かるような気がしてくるんだ。芋なら、噛

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銀匙騎士(すぷーんないと) (31)

銀匙騎士(すぷーんないと) (31)

「命からがら逃げたおはなしだって気がしないな。さっきもついなにを聞いてたか忘れてた。すごいな」
「ありがとう」
「ありがとうも変だな」
「だめかな」
「だめじゃないけど。おれもこんがらがって帰ってこれなくなること、あるし」
「やさしいな。こんなにちゃんと聞いてくれる人、あんまりいない。お母さんは聞いてくれた。あと、ばばあ。じじいは耳が遠くていちいち、ああん、って聞き返すのがむかつくから」
「おれは

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銀匙騎士(すぷーんないと) (30)

銀匙騎士(すぷーんないと) (30)

「みたいに焼いて、焦がして、灰にして、火の粉を散らすでしょう。ぼくたちはよく分からないけど、なんか、すごいもののような気がする。少なくとも、ぜんぜん見たことも聞いたこともない。
 鳥は空を飛べるから、太陽が燃えるのを近くで見てた。だから、火を知ってる。
 それをとってこい、とってきたら、願いをかなえてやる。
 って言われた鳥は、火をとりに行かされるんだ。ちゃんと火をとってきたら、焼いて食ってもらえ

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銀匙騎士(すぷーんないと) (29)

銀匙騎士(すぷーんないと) (29)

「ほら」
 変な顔をして、ふざける女の子。口をとがらせ、頬をふくらませ、眉根を寄せて、嘘吹(ひょっとこ)、多巡幸(おたふく)、圧面(べしみ)、くるくる変わる。安稜、くすりともせず、
「まじめだぞ」
「まじめだわ」
 と、女の子はちょっと首をねじって、右腕がつくったうす紫の影にかくれる。じっくりと、一呼吸、二呼吸、準備して、宝箱をがばっとあけるように、その顔を見せた。
 笑っていた。女の子、
「まじ

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銀匙騎士(すぷーんないと) (28)

銀匙騎士(すぷーんないと) (28)

「だな」
「変身した。助かったからいいけど。なんだよ、この虫。こんなおはなしあったな、あったっけ。
 神さまが、変身させたのかな」
「むーしー」
「なんか言いたいのか」
「言いたい」
「言えよ」
「いえーい」
「化物虫は死んだのかな、死んでないのかな」
「死んでない」
「そういえば、あいつ、はじめは桜だったな。樹齢何十年だか何百年だか知らないけど、けっこうでかい桜だったな。
 ひょっとして、虫と植

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