銀匙騎士(すぷーんないと) (34)
「そうだなあ、神さまたちは、神さまじゃなかったのかもしれないよ。賊、か。茶色い、黒い、ほこりと砂とたまごのくさったにおいを灰汁でねって団子にしたみたいな、かたまり。とげみたいに山刀の先がつんつん出てるでしょう、鉄砲の穴は鼻の穴より暗いし、弓はずらっと一直線で、まゆ毛かまつ毛。
目だけ、煙のなかからぎらぎら光って、百個の目がある一匹のけものが来たんだと思った。ぼくは、風見楼の喫煙所で一番に見つけた。
神さまたちは、ぼくたちに、いつも、
平和と秩序、安寧、発展はわれわれのもの。おまえたちのもの。心配するな。ただしいと思うもの、ずっとしあわせでいたいもの、あやまちをおかすものを告発するもの、ごはんを八分目までしか食べないもの、残りの二分を空腹のものに差しだすもの、自慢しないもの、みだりに生きものを殺さないもの、日の入りとともに眠り、日の出とともに起きるもの、一日の労苦を二日の苦労、三日の疲労にしないもの、他人を見くださないものは、われわれについてきなさい。あなたが清くただしい人であるかぎり、助けてあげるから。
って言ってたのに。
すたこら」
「逃げた」
「うん。助けてください、って、どっかのおっさんが知らせに行ったら、
ちょっと待て、ちょっと待ってろ、いいから、あせらず、ちょっとな、ちょっと待ってなさい。
って、自分たちがあせりながら、駱駝にまたがってどっかに、すたこら。人を呼ぶのか、どっかに隠してたすごい武器とかをとってくるのか、ってわくわくしてたけど、待ってるうちに、命知らずの乱暴者たちが村に入ってきたってわけよ。
ぼくは、妹に手を引かれて、ぼくと妹はちいさいから、みんなの膝の下をくぐり抜けて、八千歩のかなたまで逃げられたってわけよ」
「泣くなよ。あ、いいよ、好きなだけ泣けよ」
「泣くわ」
「泣け」
「もういい。神さま、肝心なときになんにもしないんだものね。これからしてくれるのかな。待ってていいのかな。明日、なんとかなるのか、百年後なのか、分からない。
助けてほしいのは、いま、ここで、なのに。百年後、おなかすかせた人がいなくなって、だから、誰かのものをぶんどったりしなくてよくなって、人が死なない。そうなったら、神さまのおかげなんだろうか。
神さまたちは、神さまじゃなかったのかもしれないよ。
草っ原を歩いたよ。五万歩くらい。
ぼくはそこで、そこって、どこだか知らないけど、木をすぎたら、なんにも目じるしがないから前後右左、宇宙にふわふわしてる感じだけど、立ちどまったそこにぼくはすわりこんだ。
妹はそこで死んだよ」
「なんで。言いたくなくてはしょったなら、まあ、いいけど」
「おもしろい」
「え」
「おもしろい、ぼくのおはなし」
「うん。聞きたい」
「そのかわり、ぼくも、安稜(あろん)に聞いていいかな、全部、話したら」
「いまこたえてやるよ、なんだよ」
「神さまたちは、神さまじゃないよね」
「さあ。でも、おまえの村でうろうろしてた人たち以外にも別の神さまがいるだろうな、とは思う。たぶん、空の上に住んでる。それに、目に見えない、木の皮の裏とか、水のなか、雷を落としたりする、かたちのない力。なんていうか、村の神さまたちは、神さまの代理でなんかを伝えたりする役の人、人間ってことかもしれないなあ。それがこんがらがったか、おまえが勘ちがいしたか、まあ、神さまの代理、なんていちいち言うのがめんどくさくて、横着して自分たちは神さまだってことにしてたか」
「だよね、だよね、だよね」
「うん」
「そんな感じだろうって気がしてた。すっきりした」
「よかった」
「ぼくはつかれて気絶するみたいに寝ちゃった。夢を見た。夢のなかで、また、妹が夢を見ろって言ってた」
「いつもみたいに」
「うん、
あんたは、意志が弱いんだ。男らしくない。もっと強くならなきゃいけない。強くって、だから、心をね。
あんたは、あんたのよさがあるから、だから、むやみにおっさんにたてついて文句言うとか、おばはんにむかってばばあって言うとか、そういうことじゃないんだよ。
意志の、心の、強さ。はっきりと、なんかこう、手ごたえがあるもの、ええと、ふにゃふにゃしてても、なまぬるくても、煙か土みたいでもいい、はっきりとふにゃふにゃでぬるくて煙か土っぽいと自信を持って言えればいいのさ。
だから、夢を見る強さ。
しっかりしろよ。
あたしはもう、だめだ。
たのしかったけど、もう、だめだ。
あれ、よかったよ、
花をつみます 雪の朝
できれば蝶も とまらせて
たったか 足踏み 三拍子
勇気を出して 馬が立つ
あめだましゃぶり 水浴びの
あとで 夕焼け わたる風
つばさは ひえて 燃えあがる
もう一度 練習 歌う鳥
缶からに ひげ かき鳴らし
絵も描けますし しっぽの し
なでてもいいよ そんな猫です
なにも知らない人魚姫
かわいい女神になれるかな
軽い女の子 重い女の子
あんた、歌ってたでしょ。
もっと歌って、話して。
なんにもこわがらなくていい。出てきたことばが、全部、本当で、それを聞いてひっくり返るから。鳥が舞踊(だんす)して、犬が口風琴(はーもにか)を吹く。
子供が神さまになる。
あたしは、だめだ。
あたしは弱い。あんたは強い。
強いよ。
そのままでいてってことだったのかも。
そうかも、しれない。
いまから、少しだけ死ぬよ。ばいばい。でも、ほんの少しだけ。
ってね」
「死んだのか」
「ぼくが目を覚ましたら、死んでた。ぼくは本当に気絶してたのかもしれない。
泉(おあしす)だった。じんわり足が熱かった。右足だった。まだ暗いでしょう。起きたくなくて。ぼくは天井を見上げているつもりで、葉っぱが重なるのをながめてた。網目をもれて、太陽の光がさしてきたんだ。熱いのが、あったく、全身にめぐってきて、ぼくは立とうとしたら、立てなかった。ちゃんと見える。右足が切れてたよ。
あったかいのが、また熱くなった。どんどん熱くなって、どっかで痛みに変わった。かっかして、ずきずきした。とげとげの蛇が巻きつくみたいで、しめつけられて息苦しくて、しかも痛い。けが、してた。血だらけだった。
頭をがんばってころがして、横を見ると、妹の顔が逆立ちしてたよ。さかさまだった。ぼくの耳もとにすぐ口があったから、夢じゃなくて、本当にささやいてたのかもしれない。でも、死んだから、もうたしかめられない。きれいな顔で死んでたよ。そんなにも近かったから、息してないのはばればれだった。ほんの少しだけ、こっそり死んでくるつもりだったんだろうけどさ。
ぼくはどろどろのまっ赤な毛虫で、もぞもぞしながら、水のにおいをかいで、そっちへ匍匐前進していった。痛いよ。巨人の手でぎゅっとにぎられてる気がした。その手のひらもやっぱりとげとげなんだよ。案のじょう、泉(おあしす)でしょう。ぼくは、水を飲んだよ。がぶがぶ飲んだよ。
そうしたら、体がつめたくなった。
それまで、痛みは、まっ黒な穴だったでしょう、やっぱりとげとげのある。それがね、ぎゅっとちいさく縮められて、手をはなして、ばっと勢いよく広がって、そのままばらばらにちぎれた。ちぎれたやつが、また爆発するでしょう。そんなにちいさくなったら、もう溶けるしないから、痛みが全部なくなったってこと。
ふしぎだったけど、いいじゃない、痛くなくなるのは。なんか、疑問に思ったら、それが文句を言ったみたいになって、いやだってことになって、またもとどおりになりそうな気がしたから、なにも考えないことにした。ぼくは、茶碗(かっぷ)を持ってた。その茶碗(かっぷ)で水を汲んで飲んでたみたい」
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