神様のお守りも楽じゃないわと彼女は言った~西園寺命記 捌ノ巻~ その12
* * *
躍太郎と華織は食後のティータイムを楽しんでいた。
だが、可愛らしいお菓子が並ぶ明るいテーブルとは裏腹に、華織の表情は心なしか厳しい。
「結果として直哉くんを助けたことになったわけか」
「ええ。彼を付けねらってた人たちは、私が彼に声をかけたものだから、そのまま行っちゃったの。念のため“可愛い子ちゃん”を飛ばしておいたけど…」
「戻ってこないのかい?」
「ええ。それと直哉さん本人のことは、私が別れた後、龍と紗由と翔太くんが尾行してたわ」
華織が壁の時計を見上げると、リビングのドアが開き、龍が現れた。
「あら、龍。今日の報告かしら?」
「おばあさま。聖人と真琴に伝授した?」
玲香への説明と矛盾する質問をぶつける龍。
「そんなことしないって知ってるでしょう?」
「そうだけど…。他の人間に声を聞かせたり、ビジョンを見せたりっていうのは、上級テクだよね。よりしろだったとしても、それが出来るっていうのは…」
「きっと二人は上級者なのね」まるで他人事のような華織。
「じゃあ、質問を変えるよ。直哉おじさまとどんな話をしたの?」
「たどってないの?」
「誰がいるかわからないような場所で、そんなことはしないよ」
「さすがね、龍。娘に振り回されっぱなしの風馬より、よっぽど頼りになるわ」
「おばあさまはこの先、何をするつもりなの?」
「何もしないわ」
「…つまり、もう、したってことだね。開かせるために何かをすることはないけど、よりしろに使えるぐらい開いていた後に、力を増幅させることは可能だ」
龍は大きく息を吸った。
「例の、伊勢と“禊”の一部の揉め事が関係してるの?」
「その話は誰から?」
「四辻の弐の位から」
「…そう」
「おまけにどうやら、別の能力系統、“言挙”と“直霊”の影もちらほら…なんでしょ。あ。これは大隅さんから聞いた。やっぱりあの人の情報網、すごいよね」
「彼の悪い癖だわ。そうやって、じんわり掻き回すの」
「あの人は止まってるものを掻き回したりしないよ。回ってるところに手を突っ込むのが楽しいんだ、きっと」
「自分と同じ匂いを感じるわけね。まあ、いいわ」華織は龍の眉間に右手の中指を置いた。「はい。情報共有」
次の瞬間、龍の脳裏に映像が流れ出した。
「おばあさま…これ…」
龍が見たのは、華音が暗い場所に閉じ込められ、その力を精査されているところだった。華音は怯え、激しく泣き出す。
その場所に忍び込んだ悠斗が華音を連れ出すが、華音はぐったりしていて目を覚まさない。
場面が変わって清流旅館の庭先。聖人と真琴が、男からもらった針水晶を前に硬直している。
真琴は泣き出し、聖人はなだめるが、水晶の光がどんどん増し、二人は足元がふらついてくる。気を失った二人を車に乗せようとする男。
だが、誰かの叫び声で水晶が粉々に弾き飛び、その破片が腕にささった男は、周囲を見回すと早足で立ち去ろうとする。
去り際に清流を振り返ったその顔は、死んだはずの四辻奏人だった。
彼が車で戻った場所は、“命”や“禊”の同業者である“言挙”の本部で、彼は「言主さま」と呼ばれ、多くの人間を従えている。
「今のところのこれが全部よ」
「どういうことなの? どうしてあの人が…?」龍の声が震える。
「落ち着きなさい、龍」
躍太郎が華織の指を龍の眉間から取り払った。
「そうそう、直哉さんとの話はね、例の赤ちゃんムービーのことよ。華音の話を振ったら、すぐに食いついてきたわ」
「華音を出すつもり?」
「“悠ちゃんと一緒だけど、どうする”って本人に聞いたら、うーたん、うーたんて大喜びなの」
「さっきのヴィジョン見た上で言ってるの? もう力がかなりあるのを周囲に知られる可能性が高いよ。華音が危ないじゃないか」
「悠ちゃんが何とかしてくれるわ」微笑む華織。「華音のナイトですもの」
「悠斗くんだって危ないよ!」
「進ちゃんも承知の上よ」
「どうかしてる。だって相手は…」眉間にしわを寄せる龍。
「皆で何とかするのよ。聖人や真琴もだいぶ出来るようになってきたし」
「まさか聖人と真琴の力も使うつもり? それが原因で狙われることになるかもしれないのに? ねえ、おばあさま!」
「そうねえ。紗由なら、何を選ぶかしら…」
華織は、お菓子の山を見回すと、ラングドシャをつまんで微笑んだ。
* * *
「例の見取り図ですけど、見覚えがあると思ったら、これでした」
進が差し出す雑誌を龍と紗由が見つめる。
「“夢の隠れ家を創ろう”…?」
「著名人に自分の理想の隠れ家を設計させるという、久英社の建築雑誌の企画です」
「四辻のおじさまが描いたものだったんだ…」
「はい。20年ほど前になります。紗由様がたどったポストカードの図は、この雑誌の写しと思われます。
原画から幾重にも人や物を介してますので、四辻先生ご本人のエネルギーは残っておらず、翼くんも先生の存在までたどれなかったということかと」
「そうか…。これって、実際にどこかに作ったりはしたのかなあ」
「ここをご覧ください」
進がページをめくる。
「この企画は、こうやって描かれた大まかな見取り図を元に、予算内での設計を募集するというイベントがついているんです。
ただし、ここに載っている6人の中から一人分だけということで、四辻先生の分は、企画内では実際に建ってはいません」
「でも建ってるよね」紗由が言う。
「何か知ってるの?」
「奏子ちゃんの宝ばこにあったもん。クッキーの缶みたいなおうちと、その前で、おじさまにだっこされてる赤ちゃんの奏子ちゃんの写真」
「宝箱?」
「うら庭の切りかぶがね、ういーんて動いて、その中にあるの」
「翼くんも知ってるんでしょうか?」
「うーん。紗由がおしえてもらったときは、“おじいちゃまと奏子だけのヒミツ”って言ってた。にせものの澪ちゃんが出たとき」
「僕、そんなの知らないよ」不機嫌そうな龍。
「龍さま、女同士の秘密というやつですよ」
「うん。あとでね、まりりんにもおしえてあげたの」
「で、進子おねえさん。八角堂はどこにあるの?」進の顔を見ずに尋ねる龍。
「現在捜索中です。ですが、四辻家名義で登記されている土地には、それらしきものは…」
「じゃあ、四辻のおじさまがこっそりどこかに作ったってこと? 翼が設計図に反応しなかったわけだし、痕跡がたどれないような場所ってことか。遠くなのか、結界が張られているのか」
「さようですね」
「確認したいけど、例の4人のことがよくわからないうちに四辻家の人に聞くと、心配させちゃうよね」
「賢児さまがママ会を考えているようですし、その際、未那から響子さんにさりげなく確認させましょう。同時に父親たちも集めて、私は疾人さんに確認を」
「じゃあ、たんていじむしょが、ママ会のかんじさんをします」
「それではお願いしましょうか」微笑む進。
「じゃあ、四辻家からの情報収集はお任せします」
龍が少しいらついたようにため息をつくのを見て、進は静かな声でささやいた。
「短期間にいろんなものが出てき過ぎではありますね。
聖人さまと真琴さまのところに現れた日下部氏と、彼の言う“キラキラを取りかえっこ”。
四辻八角堂と関係しているらしい4人。
関根氏の顔を使っている、民自党党歌を歌う男性。
その男性と連れの女性は直哉氏と接触しかけた…。
そして、直哉氏の赤ちゃんムービー計画。参加予定の子たちの力も気になります」
「もっと大変なものが動いてるんじゃないの」
「そうお感じでしたら、備えないとなりませんね」進は無表情に答える。
「おばあさまが伊勢から言われてる人探しもあるし…何か気ぜわしいよ」
「クロスワードは解けるところから解けばよろしいのですよ」微笑む進。
「でも僕は、ルービックキューブのように全面を一気に揃えて、さっさと片付けたい」
腕時計を見た龍はバイオリンケースとカバンを手に取り立ち上がった。
「あ。送らなくていいです。ここからなら歩いて15分ぐらいだから」
「わかりました。お気をつけて」
「紗由。あんまり長居せずに帰るんだよ。かあさま、今日は帰りが早いはずだから」
「はーい。行ってらっしゃーい」
龍が部屋を出て行くと、紗由はリュックから封筒を取り出した。中には写真が入っている。
「はい、これ。さっき言ったしゃしんです」
「どうして龍さまにお見せしなかったのですか」写真を見つめながら尋ねる進。
「にいさま、おばあさまと何かあったのかなあ」
「何か気になることでも?」
「充くんちの帰りにおばあさまのところよってきた後から、なんかイライラしてるの。それと翔太くん言ってた。その前からピカピカがふあんていだって」
「不安定?」
「さいしょは、おばあさまが何かしたのかなあと思ったけど、なーんかちがうの。心あたりありませんか?」
「いえ、特には」
「ふーん。紗由の気のせいかなあ」紗由はジュースを飲み干した。「えーと写真はね、奏子ちゃんに、あずかってって言われたの」
「なぜですか?」
「おじいちゃまが夢に出てきて、かくれんぼうのオニがくるから、見つからないところにかくしなさいって言うんだって。だから、進子おねえさんがあずかってください」
「わかりました。お預かりします。ですが、私がお預かりしていることは奏子ちゃんにもナイショにしてください。鬼に見つかるといけませんから」
進は写真をしばし見つめると、胸ポケットに入れた。
* * *
「先生。西園寺の若君はかなり警戒されているようですが」
「分岐点まで、もう一息だな」
「危機に際して内紛が収まるのか、空中分解してしまうのか…」
「どちらにせよ、最終的に西園寺が統べてくれればそれでいい」
「ですが西園寺の“命”は欲のないお方。そううまく動くとは」
「動かないなら、動かすまでだ」
「なぜ先生がご自身でなさらないのですか」
「いらぬ敵まで呼び込んでしまうからだよ。“命”と政治家は兼ねるべからずという掟を破ったツケが回ってきたんだな」
「もどかしいですね」
二人は車の中から、バイオリンの稽古に向かう龍の姿をひとしきり眺めると、その場を立ち去った。
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