タイガーアイ

神様のお守りも楽じゃないわと彼女は言った~西園寺命記 捌ノ巻~ その11

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  *  *  *

「“命”さま、今回けっこう、やりたがりさんやな」

 翔太は、階下のロビーで帰路に着こうとしている直哉をつかまえている華織の笑顔を眺めながらつぶやいた。

「僕の出番ないじゃん」

 不満げにクリームソーダのクリームを口に入れる龍。

「子どもは余計なことを言わないで、おとなしくしてたほうがいいこともあるの」

 紗由がわかったような口を利くと、龍は無表情に紗由のショートケーキの上のイチゴを奪い取った。

「あ!」

「子どもは余計なことを言わないで、おとなしくしてたほうがいいこともあるね」

「うー」龍をにらみつける紗由。

「あ!」翔太が窓の向こうを、目を見開いて覗き込んだ。

「どうした翔太?」

「にいさま、昨日の絵の人! お直しおじさんだ!」

 紗由が指差した方向、直哉と華織が座るベンチから10メートルほど離れた通路を歩いてきたのは、昨日さけみつるで翼がたどった、関根の顔をした男性だった。

 夕べは躍太郎の態度に何かを感じたのか、さけみつるでは翼は再度絵を描こうとはしなかったし、誰も催促はしなかったが、帰宅後、翼は龍宛てに再度描いた似顔絵をFAXしてきていた。

「キャリーバッグ持ってるね。飛行機に乗るのかな、降りてきたのかな…」見つめる龍。

「ずいぶんと目立つ格好やな。成金のインディアンみたいや」

 関根の顔をした男性は、ラフな綿シャツにベスト、Gパンといういでたちだったが、胸元と両手首に大きめのパワーストーンが見てとれる。

「少し後ろを歩いている女の人、連れなのかな」

「お顔がわからないね」目を細める紗由。

 女性はサングラスとマスクをつけていて、顔がまったくわからなないが、耳元の大きな石が揺れている。

「…やっぱり連れだな。イヤリングと男性のブレスレットが共鳴してる」

「龍。あのおなご、ぴかぴかが消えたで…」

「消えた?」

「あ。かど、まがったよ!」

 紗由がガラスに顔をくっつけて覗くが、二人は、3人の視界から消えてしまった。

「ビコーです!」

 紗由は残りのケーキを一口でたいらげ、リュックを背負って走り出た。龍と翔太も後に続こうと荷物に手をかけると、離れた席にいた女性が近づき、龍に微笑みかけ、テーブルのレシートをふんわりとつかんで通り抜けた。

  *  *  *

 夕方、さけみつるの、昨日紗由たちがいた個室には、直哉、賢児、哲也、進の4人がいた。

 進を借りたいという直哉に断りを入れるつもりで同行した賢児だったが、当の進が、本業の勤務時間外で、1ヶ月以内、述べ20時間までならと答えたため、話はそれで進むことになった。

 イマジカの服務規程では副業についての制限はなく、本業に支障が出ないように配慮されていれば、会社側としても何も言えない。

「お受けするに当たっては、二つほどお願いがあるんですけど」直哉に微笑む進。

「何でしょう?」

「まず、赤ちゃんたちがそのストーリーの中で使うおもちゃや武器に、イマジカのソフトを絡ませていただきたいんですの」

「わかりました」

「それから、ギャラはイマジカのほうにお願いします。私は会社から残業代と出向手当てをいただくことにしますわ」

「アルバイトとして直取引のほうがお得ですよ」

「私はあくまでイマジカの社員です。それに、部下たちにアルバイトを禁止している手前もありますから」

「会社が禁止してないのにどうしてです?」

「いいものを作るには時間的余裕も必要だからです」

「あなたは例外ですか?」

「部下と同じレベルの人間を使うおつもりですの?」

「失礼しました」直哉が楽しそうに笑う。

「心配ご無用ですわ」進は賢児と哲也に微笑んだ。「久英社さんから、たくさんノウハウをいただいて、次の仕事に活かしますから」

「わかりました」

 笑顔で応えるものの、賢児はテンションが低めだ。

  *  *  *

 隣の部屋で様子をうかがっていた紗由、龍、翔太。

 大人たちの話を聞きながら、翔太がため息交じりに言う。

「…とりあえず、商談成立やな」

「ねえ。成り行きで来ちゃったけど…帰る? もう6時だし、そろそろ帰らないと、かあさまに怒られるよ」

 龍は心配そうに壁の時計を見た。

 龍と紗由は、関根の顔をした男と同伴女性を見失ってしまったので、翔太が尾行していた直哉のほうを追跡したところ、行き先がここだったのだ。

「だいじょうぶ。おむかえに来てって電話したから」

「かあさまに?」

 叱られたのではないかと思った龍は一瞬眉間にしわを寄せる。

「でも、かあさま、じいじに呼ばれて出かけるとこだったの。だからおむかえは玲香ちゃんが来るとおもう」

「僕たちがここにいる理由も話したの?」

「紗由は翔太くんとデートで浅草に来たの。にいさまは、ただのおまけ。ケーキの上のいちごみたいなもの」

 紗由はどうやら、さっきのイチゴの件を根に持っているらしい。

「それはどうも」

「充くん。うなぎロールと、お豆腐のサラダをおねがいね」紗由が横で構える充に注文する。

「承知しました。こっそり哲っちゃんどのにツケておきますゆえ、ごゆるりと」

「じゃあ、もうちょっと足そうかな…」再度メニューを広げて見入る紗由。

「…哲ちゃんさん、一服もられるほうがマシやったかもしれへんな」

「でも、玲香ちゃん呼んで大丈夫なの? 賢ちゃんがいるのわかったらまずくないかな」

「さあ」

「さあって紗由…」

「龍くん、紗由ちゃん、お待たせ」

 龍が途方に暮れていると、噂の玲香が、充の父、良彦に案内されながら部屋に入ってきた。後ろには聖人、真琴もいる。

「なんや、玲ちゃん。二人連れてきたんか」

「まこちゃんが、どうしても行きたいって…」

「まこちゃん、いらっしゃいませ!」

 充が駆け寄りひざまづくと、真琴は恥ずかしそうに笑う。

「こんばんわぁ。ししゃも、くださいな」

「まこちゃんのために、北海道からとくべつおいしいシシャモをとりよせておりまするぞ。今、お持ちしますゆえ。…パパ、注文おねがいね」

 注文端末を良彦に渡し、素早く部屋を出て行く充。

 だが、皆が席に着き、おしぼりや箸が置かれ、飲み物がとりあえず注文された頃には、充はもう部屋に戻ってきて、ししゃもの並んだ皿を真琴の前に置いた。

「わあ。キラキラのししゃもだぁ」顔をくしゃくしゃにして笑う真琴。

「どうぞ召し上がれ。まーくんの大好きなぬかづけもこちらに」

「いただきまーしゅ」

 ししゃもと糠漬けをおいしそうに頬張る二人に、皆も笑顔になる。

「おいちいね」

「うん。おいちい」

「おいちいから、できるかなあ」

「できる!」

「何ができるんや?」

 翔太が尋ねると、二人はかけていた猫のポシェットを前に出して見せた。

「ねこしゃん!!」

「新しいポシェットだ」紗由が興味深げに覗きこんだ。

「今朝ね、華織おばさまから二人宛に大きなネコのぬいぐるみが届いて…そのお腹の中に二つ入ってたの」

「まほうのねこしゃん!」

「ねこしゃん!」

「ぬいぐるみ本体も、このポシェットもすごく気に入ったみたいなの」

「ふうん…」龍も紗由の横に顔を並べて覗き込む。

「魔法、使ってみてよ」

 龍に言われた聖人と真琴は、顔を見合わせにっこり笑った。

「ねこしゃん、ねこしゃん…」聖人が自分のポシェットをなでまわす。

「ねこしゃん、ねこしゃん…」真琴が聖人をじっと見つめる。

「おめめの“め”!」

 聖人が真琴の目に自分のポシェットをあてると、真琴が短くきゃあと叫ぶ。

「おめめ、おめめ…」真琴の目をポシェットでなでまわす聖人。

「パパがいた!」

 真琴は叫ぶと部屋を飛び出し、聖人も後に続いた。

「あ。こら。二人ともダメよ!」

 飛び出した真琴は、隣の隣の部屋の前でぴたりと止まった。

「パパー!」

「パパ!」聖人も叫ぶ。

「え?」外から聞こえた声に驚く賢児。「あはは。空耳かな」

「今の、双子ちゃんの声じゃありません?」

 進がそーっと襖を開けると、廊下から聖人と真琴が飛び込んできた。

「パパー!」

 びっくりしながらも、二人を両手で受け止める賢児。

「おまえたち、どうしてここに…?」

「あのね、まこね…」

「まこがね、あいたいっていうから」

「そうなのか? そんなにパパに会いたかったのか?」

 パーッと明るくなる賢児の顔を廊下から覗き込んでいた紗由は、翔太にこっそり囁いた。

「充くんと、ししゃもにだよね」

「紗由ちゃん。人間、知らんほうがええこともあるんや」

「す、すみません、皆さん」玲香が部屋の外から頭を下げた。「偶然こちらにお邪魔していたものですから…」

「いやいや。ちょうど仕事の話が終わったところなんだよ。哲也、一緒に失礼しよう。玲香さんたちは合流すればいい」

 結局、進も帰るということで、賢児が、龍たちのいた部屋のほうへ移動することになった。

「高橋部長の件はどうなったんですか?」玲香が心配そうに尋ねた。

「出向扱いで仕事に協力することになったんだけど…」

「ご不満でも?」

「うーん」腕組みして天井を仰ぎ見る賢児。「直哉小父さん、何考えてるかわからないからなあ…」

「単刀直入に聞いてごらんになれば」

「哲ちゃんがいたからさ…久我家の娘婿とはいえ、沖縄の一件の裏舞台、彼がどこまで知ってるのか、よくわからないし…聞きたいのは山々だったんだけど」

「ききたいの?」聖人と真琴がそろって首をかしげる。

「え? あ、ああ…」

「できるかなあ」真琴が聖人を見る。

「できるよ」

 聖人が大きく頷くと、二人は自分のポシェットを撫で回し始めた。

「ねこしゃん、ねこしゃん……おみみの“み”!」

 聖人は賢児の左耳を、真琴は賢児の右耳をポシェットで押えた。

「こらこら。お耳聞こえなくなっちゃ……」

 言いかけた賢児の表情が一変する。

「え?」

「どうしたんですか?」

 玲香の問いにも答えず、賢児は驚きの表情で空を見つめている。じっとその様子を見つめる一同。

「賢児さま?」

「あ…今の声、聖人と真琴がやったのか?」

「きこえたあ?」

 抱きつく真琴をぎゅっと抱きしめながらも、複雑な表情の賢児。

「どういうことです?」

「直哉おじさんの声だった。“星也が咲耶ちゃんと会った時のあの反応…彼が連絡してきたことと関係があるのか。高橋さんなら何かわかるだろうか”って…」

「久我さんの声?」

「きこえたあ」キャッキャと跳ねる聖人と真琴。

「そらまた、ずいぶんと意味深やなあ。だいたい、彼ってだれやん」

 翔太は、賢児が直哉の声を聞いたことに驚くでもなく、そのセリフの意味をいぶかしがる。

「一番気になるのは、そこだよね」

 腕組みする龍。

「赤ちゃんの反応っていうのは、大人にとっては特別に見えても、単なる反射行動だったりすることもある。高橋さんなら、というのは、進子おねえさんがおばあさまの手の者だと調査済みということだと思う。でも、連絡してきた彼というのは…」

「あの声、その人物が連絡してきたのが、かなり意外だったようなニュアンスなんだよなあ」賢児も考え込む。

「連絡してくることがないと思っていた人物なんですね」

「立場のあるお人やし、ちょっとの知り合いでも、皆こぞって連絡してくる思うけどなあ」

 翔太が言うと、皆うっすらと頷いた。

「ねえ、まーくん」

「なあに。さゆねえたん」

「さっきの、もう一回やってみて。まこちゃんが、パパのこと見えるようになったでしょう?」

 言われた聖人は真琴と顔を見合わせてニッコリ笑い、ポシェットを撫でながら賢児の両脇に移動した。

「ねこしゃん、ねこしゃん……おめめの“め”!」

「うわっ」

 聖人に右目を、真琴に左目を、それぞれのポシェットでふさがれた賢児は思わず声を出すが、二人は“おめめ、おめめ”とつぶやいている。

「今度は何なんだ?」

 二人の手に触れようとして腕を動かした賢児は、次の瞬間動きを止めた。

「賢児さま?」

「見えた…」心なしか賢児の声は震えている。

「みえたあ!」

 声を揃えて喜ぶ聖人と真琴の手を、賢児はやさしくはずすと、二人を自分の両膝に座らせた。

「うん。見えたよ」

「今度は何が…?」玲香の声が少し上ずる。

「右目側に花菱草…四辻の紋だ。左目側に日下部さんだった。連絡してきたのは日下部さんということなんだろうか…でも何であの花が…?」

 賢児が言うと、胸ポケットのスマホが鳴った。

「おばさん…」

「ごめんなさいね、賢ちゃん。驚かせてしまって。ちょっと双子ちゃんたちを使わせてもらったの」

「どういうこと?」

「どうせ後で聞きに来ると思ったから、見たいもの、聞きたいものを提供したのよ。私もちょうど知りたかったから」

「そうだったんだ。この子たちに何事が起きたのかと思ったよ」

 賢児が少し安堵したように言う。

「気になることでもあったの?」

「今日、空港で偶然、直哉さんをお見かけして、少し立ち話してたんだけど、誰かにつけられてるみたいだったから、何かあったのかしらと思って…」

「で、直哉おじさん、誰につけられてたの? 今見えた日下部さん? 連絡してきた彼ってこと?」

「賢ちゃんてば、せっかちさんねえ」笑う華織。「意味はこれから検証するわ。賢ちゃんも仕事で会うときに、直哉さんの周囲に気をつけておいて」

「わかった」

「それより賢ちゃん。そろそろ翔太くんを東京駅まで送ってあげないと。新幹線、乗り遅れちゃうわ」

「あ…もうそんな時間か」

「大丈夫だと思うけど、双子ちゃんたちの様子に変化があったら、すぐに連絡してね」

 華織は、それだけ言うと電話を切った。

  *  *  *

 翔太を東京駅まで送り届けた帰りの車の中、賢児は龍を質問攻めにする。

「なあ、龍。さっきの見えたり聞こえたりは、この子たちの力じゃなくて、おばさんがこの子たちを通して自分の力を使ったということなんだよな?」

 眠っている聖人と真琴を優しく撫でる賢児。

「そう言ってたでしょ」

「二人が自分たちだけでできるよう力を開かせたとか、そういうことじゃないんだな」

「おばあさまは、西園寺の人間に対して、力を開かせるための伝授はしないよ。進子おねえさんのように、血筋外でポテンシャルを見込んだ人間にすることはあるけど」

「そういうものなの?」玲香が龍を見つめる。

「あくまで開くのを待つんだ。助けになるようなアイテムを渡すことはあるだろうけど、開かなかったとしても何かするわけじゃない。賢ちゃんも、とうさまも伝授されてないでしょ?」

「まあな」

「このポシェットがアイテムなのかしら?」

「僕の言うアイテムは主に石のこと。あとは御札類とか式神とか」

「石というのは…大きいぬいぐるみの目に入っていた石かしら。タイガーアイだったわ」

「普通は直接身につけてないと反応しないけど…」考え込む龍。

「離れてるのに反応するのはまずいのか?」

「感受性が高いのは悪いことじゃないよ。反応がわかりやすいほうが、力が開きすぎちゃった時に調整しやすいし。

 ほら、賢ちゃんも、以前おばあさまに、そうしてもらったでしょ?」

「まあ、そうだな」

「でも、いずれ力は出てくるよ。まあ、そういうものなんだぐらいに思ってたほうがいいよ。玲香ちゃんも、あんまり心配しないでね。

 さっき見えたものに関しては…日下部さんは四辻の関係者ってことなんじゃないのかな」

 龍はそれだけ言うと、大あくびをして、ゆっくりと目を閉じたが、賢児同様、双子たちの力について思いを馳せていた。

  *  *  *

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