神様のお守りも楽じゃないわと彼女は言った~西園寺命記 捌ノ巻~ その13
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ほどなく、この一年で増えた赤ん坊たちを預かる会が開催されることになった。
と言っても、賢児発案の会ではない。以前のように父親たちに預けるのでもなく、“ちゃんと”ベビーシッター3名を雇い、赤ちゃんたちのママさんにお休みを上げる会として紗由が発案したものである。
場所は西園寺家別邸、風馬と澪が東京滞在の際に使っているマンションだ。リビング続きの部屋をキッズルームにしつらえてある。
声をかけられたメンバーは、響子、夕紀菜、梨緒菜、未那、麻那、雅、崇子、玲香の、ママたちと、探偵事務所の面々だ。
「紗由ちゃん、ありがとう。正直、旦那たちに預けるより、ずっと安心だわ」
梨緒菜が言うと、紗由はCカップの胸に向かって大きく頷いた。
「パパたちは、お酒飲んじゃいますからねえ。赤ちゃんのお世話は危ないです」
「こう言ったら何だけど、建介のやつが、ちょっとぐらいいいじゃないですか、とか何とか言って、皆飲み出すに決まってるもの」
「有川さん、お酒がお好きですものね」玲香が言う。
「わがままなのよ、昔から。小さい頃はよく泣かされて、つらい思いをしたものだわ」
「梨緒ちゃんじゃなくて、ママがでしょう?」
真里菜が梨緒菜の後ろから、ひょこっと顔を出す。
「…そうだけど」梨緒菜は軽く咳払いすると話を続ける。「でも、まりりん。恭介くんとはちゃんと仲良くするのよ」
「だいじょうぶ。恭介くん、まりりんと奏子ちゃんにはいじわる言うけど、紗由ちゃんにはぜったい勝てないから」ふふんと笑う真里菜。
「やっぱり西園寺家が最強なのね。建介も賢にいには勝てなかったわ」
「涼一さんが最強なんじゃないのね?」響子が話に入ってきた。
「純粋さは能弁さを超える武器なのよ、響子お姉さま」
「なるほどねぇ」
「それに、涼にいの相手はもっぱら疾人にいだったわ。知能レベルから言って、釣り合いの取れたケンカができるのは、このペアね」
「じゃあ、愛しのご主人の役回りは、どういったところなんです?」未那も興味深げに加わってきた。
「怒れる私をなだめる鎮静剤」
「影の主役はそこなんじゃないの?」
響子が笑うと皆も笑う。
「こんにちはー」
ちょうどそこへ、恭介が母親の崇子を引っ張るようにして部屋に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
家主の風馬夫妻は静岡からの車が遅れていたため、紗由はまるで自分がホステスであるかのように挨拶する。
「今日はありがとうございます」崇子もまた、大人相手のように紗由に挨拶する。「これ、主人からです。皆さんで召し上がってください」
「ママ。うそついちゃダメだよ。パパはママに言われてお金だしただけでしょ」
「ちょっと、恭介…」焦る崇子。
「ほーんと、こんなに出来たお嫁さんが来てくれたの、有川家のっていうか、建介…さんの七不思議よね」
梨緒菜がお土産を受け取りながら崇子に微笑みかける。
「すみません。いつも主人がご迷惑をおかけして…」
「だいじょうぶです。梨緒ちゃん、ちょっとおおげさなんです」保護者のようにフォローする真里菜。
「ところで、まりりんちゃん」響子が周囲を見回しながら話しかけた。「ママはどうしたの?」
「来る途中で、おじいちゃまから電話で呼び出されたみたいです。急いでヘアメイクしてほしい女の子がいるからって」
「まったくパパったら、周子さんをピックアップしてたんだから、他のメイクさん呼べばいいのにねえ。ごめんなさいねえ、紗由ちゃん。かあさまも遅くなっちゃって」
「いいえ。かあさま、ハプニングというのがすきですから」
「じゃあ、あとは家主さんと、雅さん充くん親子ね。悠斗くんは、パパたちのほうへ行ったんですよね」響子が未那に確認する。
「はい。風馬さんに呼ばれまして…」
「“俺の華音に近づくんじゃねーぞ”とか言われちゃうのかしら」
どこかウキウキしたように梨緒菜が言うと、全員が控えめに頷いた。風馬、華音、悠斗の微妙な関係は周知の事実なのだ。
「夕紀菜さんのヘアメイク、直々にお願いということは、顔バレしたら困るVIPなんでしょうか…?」
玲香がガラスの向こうのキッズルームで遊ぶ聖人と真琴を眺めながらぼんやりと呟く。
「珍しいわね、玲香さんがその手のこと気にするなんて」
「あ。すみません、梨緒菜さん」
「でも、どういうシチュエーションだと、そういう成り行きになるんでしょうね」麻那が梨緒菜に問いかける。
「どこかに連れて行くんでしょうけど、さすがにパパでも自分の彼女の頭を娘には頼まないでしょうから、仕事がらみかしら。でも、それなら事前に頼めばいいのに…」
「きっと、なぞの人があつまるパーティです!」
奏子が言うと一同が振り返る。
「どこでやってるのかしらねえ」響子が笑いながら奏子の頭を撫でた。
その時、噂の夕紀菜が、周子と共に部屋に入ってきた。
「遅くなりました。ごめんなさーい」
「ウワサしてたところよ」
「夕紀ちゃん、誰のヘアメイクしたの?」
「本名かどうか知らないけど、ナツヨさんっていう子。20代半ばぐらいかしら。パパと仕事で千葉に行く途中だって」
「はにーとらっぷの人?」真里菜が身を乗り出す。
「大丈夫よ、真里菜ちゃん」周子が笑う。「もう一人、男の人がいて、ご夫婦だって言ってたから」
「ふぅ。よかった」
「ご主人のほうは見た顔だった?」
「ううん。あの髪質は見るの初めて。顔は…サングラスとヒゲでよくわからなかったけど50歳ぐらいかしら。かなりいいスーツ着てたわ」
「あの方、どこかで会ったような気がするのよね…」周子が考える。
「久我社長さんと秘密裏にビジネスを進めるような方ですもの、政界にもお顔が利くんでしょうか」
麻那が言うと、それを受けるように未那が呟く。
「一般人にはわからないVIPが集まって、奏子ちゃんの言うように、謎のパーティでもするのかしら、千葉のどこかで」
まるで未那の言葉に反応するかのように、キッズルームでは大斗がぐるぐるとハイハイし始めた。
「千葉ねえ…。会社の施設は千葉にはないわよね。うちの別荘もないし。ゴルフでもするつもりかしら。あ、転がっちゃった」
淡々と述べていた梨緒菜が、息子の星也がお座りからごろんと転がるのを見て慌てる様子に、夕紀菜が噴出した。
「段々上手に座れるようになるわよ。それにこの時間からゴルフはないと思うわ。ナツヨさん、袴姿だったしね。まあ、詳しくは知らないけどね」
「夕紀ちゃん、ちゃんと聞いとかなきゃ」
「パパったら、珍しくピリピリしてたし、ナツヨさんも場所はよく知らないみたいだったのよ」
「ビジネスに袴というのも珍しいですね」麻那が言う。
「そうですよね。普通の和装ならまだしも、袴を着用するのって、入学式や卒業式、弓道や薙刀なんかの武道系、かるたの試合くらいでしょうか。あとは巫女さん…」
「やだわ、玲香さん、巫女さんだなんて…。変な宗教とか、はまってたらどうしよう」
「だいじょうぶだよ、梨緒ちゃん。おじいちゃま、かみさま信じてないから」
「確かに直哉おじさまには宗教は似合わないかも…」周子も同意する。「でも、教えてくれないと余計に気になっちゃうわよね、その場所」
「きっと“かくれが”ですね」
紗由が自信満々に言うと、真里菜が目をきらりと輝かせた。
「まりりん、それ知ってる! おじいちゃま、このまえ“かくれが”っていうのの記事みてたもん」
「記事って?」
「おじいちゃまが“わかぞう”だったころ、きかくしたんだって。みんなに“ゆめのかくれが”考えてもらうの」
「へえ、あれ、久我社長さんの若き日の企画だったんですね」
「未那先生、ご存知なの?」
「20年ぐらい前ですよね。著名人が考えた夢の隠れ家を実際に建てるっていう。水中ドームになってたり、建物の形が八角形だったり。親戚の建築士が、その企画に応募してたんですよ。子ども心に面白いなあと思って見てた記憶があります」
「ああ」響子が笑う。「その八角形、四辻の義父が考えたものだわ。古い雑誌を見せてもらったことがあるの」
「実際に建てたんですか?」玲香も興味深そうに尋ねた。
「さあ…雑誌の企画では他の人の作品が選ばれたようだから」
「かくれがだったら、ナイショでたてるよ」恭介が響子の隣に来た。
「そうよね。皆が知ってたら、隠れられないわ」響子が笑う。「確かに、義父のことだから、きっとどこかに建てていたはず。でも、遺産の中にはそれらしきものはなかったわね…」
「あの…借地に建てたとか」崇子が控えめに言う。
「その手もあるわね」
「実は有川の義父が頼まれてるようなんです。また同様の企画が久英社さんの雑誌であるらしくて」
「あら、知らなかったわ」夕紀菜が肩をすくめる。
「それでこの前、言ってたんですよね。“私も四辻みたいに交換で作ろうかね”って」
「交換?」一同が崇子を見つめる。
「はい。どなたかの土地に四辻先生の隠れ家を建てて、四辻先生の土地にどなたかの隠れ家を建てたということだったようです」
「へえ。初耳よ。で、その交換相手って?」響子の声がワントーン高くなる。
「義父もそれは知らないようでした」
「有川のおじさまにも教えないなんて、本当の隠れ家だわね」
感心する夕紀菜に梨緒菜が言う。
「見てみたいわね、八角形の隠れ家」
「じゃあ、皆で探してみます?」
未那が言い、一同身を乗り出した時、雅と充が部屋に入ってきた。
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八方から光が差し込む建物の中では、仮面をかぶった男がしきりにドアを見ている。
「先生がお見えになってないようですね」
聞かれた直哉は、横のソファに座っている男女に目をやった。
「さあ。私はこのお二人を案内するようにと言われただけですから」
すると二人のうちの男のほうが、正面の鏡で自分の横顔をちらちら眺めながら言う。
「まあ、議題は決まっているわけですから…」
「じゃあ話を進めようか」
仮面の男が言うと、直哉は立ち上がった。
「私は失礼します」
「あの、ありがとうございました」
夕紀菜にナツヨと名乗った女性が、直哉に声をかけた。
「…せっかく正装されたのに肩透かしでしたかね」
「いえ。気持ちの問題ですから」
「そうですね」
直哉は3人を残し、部屋を後にした。
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「八角堂、まさか四辻家別荘の隣の敷地だったとはねえ」
未那が笑うと、進もくすりと笑った。
「この写真、ちょっと引っかかりはしたんだよな。写っているのは四辻先生と生後半年手前ぐらいの奏子ちゃん二人だけ。この頃の赤ん坊だと、遠出の時は母親が同伴すると思うんだが、先生の隠れ家だとしたら、一家で行くとは考えづらい」
「だけど一家で四辻家の別荘に滞在中、散歩のついでに隣の隠れ家で写真を撮ったってことなら辻褄も合うわ」
「ところで雅さん大丈夫なのか。今さら元勤務先の外務省外郭団体のデータベースにアクセスしたりして。VIPお忍び会合物件から探し出してくれたのはありがたいが、時間を多少もらえば、有川さんの“交換して建てた”という証言から、たどることも出来たと思うんだが」
「安全かどうかということなら、ご主人が外出先からアクセスしたから大丈夫。彼、居酒屋を継ぐ前は外務省のSEだったわけだし、この程度のことは朝飯前なんじゃないかしら。でも、進ちゃん…」未那が写真を改めて見つめる。「この写真を撮ったのは誰なのかしら。他の人の目に触れないようにしていた理由も、今、奏子ちゃんに隠させる理由もわからない。建物と二人以外、写っているものと言ったら、バックの竹林、玄関前の花壇…朝日が当たってきれいね。あとは横にあるテーブルと椅子ぐらい。特筆すべきものとも思えないし…」
「まあとにかく現場検証が必要だろう」
「じゃあ、あとはどういう形で八角堂に接触するかだわね。こういう場合、忍び込むよりは表玄関から行くほうがいいのかしら」
「ぼくが、てびきするよ」パジャマ姿の悠斗が現れた。
「悠斗。“手引き”の意味、わかってるの?」
「きょうはね、風馬さまに“はたしじょう”をわたしたんだ」
「は?」悠斗を見つめる進と未那。
「けっとうしましょうって言っておいた。マドモアゼルんちのべっそうで、やることにするよ。パパとママは、へんなたてもののほう、みはって」
「おまえ、いつのまにそんな…でも何で決闘なんだ?」
「風馬さまが、したそうだったから」
「風馬さまは何と?」
「うけて立つって。ぼく、ぜったいかつよ」
「勝ったらどうするんだ?」
「華音をあまやかすの、やめてもらう」
「…おまえ、それも風馬さまに言ったのか?」
「言わないよ。そういうのは、勝ってから言うから、かっこいいんじゃないか」
眉間にしわを寄せる進をよそに、未那はさらっと受け流す。
「そうよね。じゃあ、マドモアゼルに別荘提供を頼んでおいてちょうだい」
「おい、未那」
「いいじゃない。面白そうだわ」
未那は悠斗を抱き上げると、頑張るのよと耳元で囁いた。
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「お義父さん、待ってください…!」
響子は自分の声で目を覚ました。隣の疾人を起こしてしまったかと覗き込んだが、疾人はぐっすり眠り込んでいるようだ。
“何かしら、今の夢…。”
夢の中では奏人が、風馬夫妻の娘、華音の頭に手をかざそうとしていた。華音は激しく泣き出し、西川未那の息子・悠斗が出てきて、奏人の手を思い切り払いのける。華音と悠斗はそこで消え、奏人は別の方向に歩き出した。
前方から小さい影が二つ近づいてきたが、顔までは判別できない。奏人は、今度はその二人にあらかじめ手をかざすようにして走りよっていく。響子は引きとめようとして声を出すが、そこで目が覚めてしまった。
“まだ5時…もうひと眠りしよう。”
響子は再び枕に顔を沈めた。
* * *
出張帰りで早い時間から家にいた父の直哉をつかまえて、梨緒菜は午後のティータイムを楽しんでいた。お茶をと言われ、正直ためらっていた直哉だったが、星也をひざに座らせ、おじいちゃんと一緒でいいわねえなどと言われて、星也の愛らしい声を聞かされては、さすがに断ることなどできはしない。
「星也、また大きくなったか?」
「あー」
「ねえ、パパ。この前はどこに出かけたの。千葉のほうだって、夕紀ちゃん言ってたけど」
「鴨川のほうだよ。ムービーのロケ予定地だ」
「髪をセットした女性と連れの男性ってムービーのスタッフなの?」
「いや、彼女は神主さんだ。スタッフが探してきた場所が、ちょっといわくつきのようなんでね、お祓いしてもらったんだ」
「へえ…神主さんて女性もいるのね」
直哉の話は一応の辻褄は通っていたが、梨緒菜は何となく腑に落ちなかった。
「星也には、可愛い洋服いーっぱい着せてやるからなあ。…ああ、そうだ。来週にでもキャストと保護者を集めて説明会だ。会場はイマジカだからな。哲也と一緒に出てくれ」
「咲耶ちゃんはOK出たの? ママ会はお里帰りで欠席だったから、その後、話を聞いてないんだけど」
「高橋さんから大谷くんに頼んでもらったよ。予定メンバーは全員確保だ。星也、咲耶ちゃん、大斗くん、凜くん、華音ちゃん、悠斗くん、まーくんにまこちゃん」
「そんなに大勢でどうするの? 10分ムービーなんでしょ?」
「必要なんだよ。8人」
直哉はそれだけ言うと、星也を高く抱き上げた。
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「まーくん、まこちゃん。お出かけの時間ですよ」
袴姿で髪をアップにした紗由が、聖人と真琴が華織から例のレッスンを受けていたところに現れた。
「おでかけだ」
「おでかけ」
聖人と真琴が、うれしそうに紗由に駆け寄る。
「あら、今日はまーくんとまこちゃんのレッスンの日なのよ?」華織は少し不満げに言う。「ところで紗由、その格好は何?」
「悠斗くんとおうまさんが、奏子ちゃんちのべっそうで、けっとうをするんです。紗由は、しんぱんをします」
「…決闘?」
「おばあさまも行きましょう。レッスンは車の中でするといいです」
「そうねえ…」
「あ、紗由ちゃん、ここにいたのね。まりりんちゃんたちがお迎えに来たわよ」
玲香が呼びに来ると、紗由は風呂敷を抱えなおし、キリッと玲香を見つめた。
「おばあさまと、まーくんとまこちゃんも、いっしょに行きます」
「え?」
「いってきまーしゅ!」聖人と真琴が元気に答える。
「今日のレッスンは会場を変えようと思うの。急だけど、玲香さんも来てくれるかしら」
「あ…はい」
あと2時間もすれば、成田まで仕事相手を見送りに行っている賢児が帰宅する予定だったので、玲香は一瞬躊躇した。だが、先日のさけみつるでの一件については華織から詳しい説明は何もないままで、気になったまま日々を過ごしていた。ここは華織に同行して、賢児と二人できちんと再確認するいい機会かもしれないと思った玲香は、結局、言われるままに準備をした。
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