神様のお守りも楽じゃないわと彼女は言った~西園寺命記 捌ノ巻~ その14
* * *
「悠斗くんの勝ち!」
紗由が悠斗の腕を高く上げると、風馬は深くため息をついた。部屋では探偵事務所の面々から拍手が沸き起こる。
「やったね、悠斗くん!」
真里菜が悠斗に手を振ると、隣で充が踊りまわる。
「ブラボー!」
だが肝心の悠斗は唇を真一文字に結んだまま、風馬を見上げて言う。
「わざとまけましたね」
「え?」
「ぼくが勝ったほうが、かのじょがよろこぶとおもったんですね」
「い、いや…」
口ごもる風馬のそばに、華音を抱きかかえた澪がスタスタと近づいてきた。
「お疲れ様でした」
澪が言うと、華音は風馬に両手を伸ばして抱っこをせがむ。
「パーパ」
「華音…」
風馬に抱き上げられた華音は、悠斗の言葉とは裏腹に少ししょんぼりしている。
「パパ、やさしいね」
悠斗は華音の手をとってニッコリ笑うと、その場からとんぼ返りとバック転をして後ろに下がり、風馬に一礼して紗由たちのところへ戻って行った。
「すごい運動神経ね、悠斗くん」
響子が感嘆すると、隣にいた翼がつぶやく。
「僕より上手だなあ」
「翼、バック転なんてできるの?」うふふと響子が笑う。
「違うよ、たどり方」
「たどり方って…過去をたどるという意味?」怪訝そうに聞く響子。「でも悠斗くんは西園寺の夢宮でしょう。たどる力はないはず。違うの?」
「違わないんじゃない」
翼は、紗由たちとハイタッチして回る悠斗を見つめたまま、それ以上答えようとはしなかった。
* * *
四辻家の別荘に集まったメンバーは、風馬と悠斗の決闘後、庭でバーベキューランチを楽しんでいた。
「未那先生。これどうかしら」響子がストローがささった蓋付きのカップを持ってきた。「ステビアトマトで作ったジュース。甘くておいしいの」
「ありがとうございます」ゴクゴクとジュースを飲む未那。
「先生ったら…大斗くんによ」響子は楽しげにうふふと笑う。
「あ。ごめんね、大斗。さっきの試合で緊張して喉が渇いちゃってて…」慌てて大斗に飲ませる未那。
「おいしそうに飲む顔がママそっくりで可愛いわねえ。悠斗くんは、さっきは超カッコよかったし。ねえ、奏子」
「はい。龍くんとおなじくらいカッコよかったです!」
「ありがとう、奏子ちゃん」
「悠斗くんとあそんできます!」
奏子は、充とボール遊びをしている悠斗のほうへ駆けていく。
「こちら、ほんとステキな別荘ですよね」未那が微笑む。
「今はあまり使ってないの。義父は、ゴルフで千葉のほうに来た時の定宿にしてたんだけどね。だから、ここを決闘場に指名された時はびっくりしたわ」
「すみません。悠斗のせいでお手数おかけして…」
「そういう意味じゃないのよ、先生。ただね…」胴衣のまま遊ぶ悠斗を見つめる響子。「紗由ちゃんからお願いされたと奏子が言ってたけど、西園寺さんの湘南の別荘には、道場も付いてるし、雰囲気的にはそちらのほうがお似合いかしらと思ったものだから。ほら、紗由ちゃんて、お友だちのために何かをセッティングする時、けっこうこだわりやさんでしょう?」
「ええ…そうですね」
「まあ、どこでも同じかしら。決闘の内容がジャンケンだと」響子は笑い出した。「それにしても悠斗くんの身体能力すごいわ」
「翼くんや奏子ちゃんのような力はありませんからね」未那は響子のほうを見ずに答える。
「先生はそういう力が悠斗くんに欲しいの?」
「うーん。“華織ちゃまを守る仮面ライダー”として必要なものだけでいいんですけどね…」
未那は、奏子たちと走り回る悠斗を見ながら微笑んだ。
* * *
響子は、先ほどの翼の言葉と未那の態度が何となく引っかかっていた。
奏人と悠斗と華音の夢を見た翌日、奏子から鴨川の別荘を悠斗と風馬の決闘に使いたいと言われ、今まで特に気にも留めなかった悠斗のことが気になるようになってしまった。
“考えてみれば、彼は探偵事務所の面々の中では特殊。年齢も彼だけはずれているし、力も、夢でイメージを受け取るという睡眠時における能力。他のメンバーはこの現実世界で使う力だわ。
それに、神命医の家系から夢宮を排出という例は聞いたことがないと、実家の父も言っていた。
神命医は簡単に言えば気功治療の専門家のようなもの。やはりこの世界で使う力だ。身体を扱う分、“命”たちよりも現実寄りと言っていいだろう。彼の父親は一般人のようだし、力はどこから来ているのだろう…?
そもそも、西園寺の“命”は、なぜ彼が夢宮だということを私たちにまで周知しているのかしら。
通常、命宮と夢宮、担当神命医に関しては、パートナーとなる家の関係者ぐらいしか知らせないはず。実際、西園寺命宮の存在は関係者の集まりでも明かされていないし…いるのか、いないのかすらわからない”
響子は右手の薬指にはめられたアメジストの指輪をなでながら、ため息をついた。
“赤ちゃんムービーもそう。彼はやはり年齢的には特別待遇で呼ばれている。あの人見知りの強い華音ちゃんが、ものすごくなついてるし、何かを“持ってる”感じはするけれど…”
考えあぐね、響子は頭を振った。
“別に彼が特別待遇だからといって、翼と奏子に何か起こるわけじゃない。翼の言う“たどる”が、その種の力を指してたのだとしても同じ事…”
響子は指輪をはずし、ジュエリーケースにしまった。
* * *
「わざと負けたわけじゃないんでしょう?」
「引き分けを長引かせるつもりだったんだ。皆が止めてくれるだろうから、それで終わりにしようと」
「でも、パパは考えたこと、読まれちゃったんですって」澪が、ぐずりそうな華音をあやす。
「かあさんは、僕が考えた以上に悠ちゃんの力を増強させている」風馬は顔をしかめた。「似てたんだよ。手繰られ方が。一瞬ドキッとして先を読み損ねた…そこで負けが決まったんだろうな」
「つまり…お義母さまの力を感じたから、この子、しょんぼりだったんだわ。純粋に二人の決闘じゃないってことだもの」
「かあさんに言わせれば、悠ちゃんの力を増強することは、この先起きることから華音を守るだけでなく、彼自身を守ることにもなる。
だが、無理しすぎだよ。夢宮は本来、未来を読む側。いわゆる“ストレート”のはず。そっち側から、澪や紗由と同じく過去をたどる“バラエティ”側に力をシフトしてるんだとすれば、心身に危険も伴う」
「そうね。一条の父さんが私にしたのと同じことよね。私の精神的負荷を減らすために、夢宮をやめさせようと、力を未来から過去側にシフトした。でも、父さんの力をもってしても、けっこう時間がかかったし、私も楽ではなかったわ」
「華音を守らせるためなら、未来を読む力を増強させたほうが都合がいいはずなんだがな…。そのほうが不測の事態に前もって対処できるはずだ」
「そうよね。逆シフトは夢宮の仕事にも差し障りがあるでしょうし。お義母さまは悠ちゃんに夢宮をやめさせるつもりなんてないわよね。それにあんなに可愛がっている悠ちゃんに、おかあさまが過度に無理させるっていうのは…。
彼が“命”や“弐の位”みたいに、過去側と未来側、両方を持っていたっていうことはないの? それなら、例えば翼くんのように時期が来たら、縛りを解いただけとも考えられるし…」
「いや。彼の場合は圧倒的に未来側だった」
「うーん。華音のために悠ちゃんに無理させてるのは、ちょっと辛いわね」
「いっそ、四辻の“命”を探し出して動きを封じるか」
「“言挙”のトップに君臨して、華音に手を出そうとしているなんて、いったい何を考えているのかしら…」
「華音だけで済むとは思えないな。聖人と真琴にも接近済みなんだ。たぶん龍にも」
「お義母さまの怒りに触れて、四辻にいいことあるのかしら」
「目的がつかめないと動きづらいな。対症療法的に後追いで薬を塗るだけになる」
「生きてましたよってマスコミにリークして、追い詰めてみましょうか」
「…いや、それは後々面倒が増えるよ」
「今だって十分面倒よねえ、華音」
澪が華音を抱き上げると、華音はぎゅっとしがみつき、“うーたん”と呟いた。
* * *
夕食前、悠斗と大斗を連れ、別荘の周辺を“散歩”していた未那は、誰かの視線を感じて歩を早めた。
「ママ。だいじょうぶ。パパだよ」悠斗が未那を見上げる。
「え?」
「悪い悪い」笑いながら目の前に現れる進は、“進子ちゃん”のいでたちをしている。「さっきまで“望”だったもんだから、気配が不安定だったな。悠斗は…よく出来ました」
「あ…どうしたの。明日、私たちがここを出てから一人で来るはずじゃあ」
「ムービーの件で哲也から呼び出された。説明会は来週の予定だったが、ちょうどここにメンバーがそろったからって。久我社長も来るそうだ」
「聖人さまと真琴さまが急に参加だったせいで賢児さまもいらっしゃるというのは、さっき聞いたけど…他にも?」
ムービー関係者ということなら、星也と母親の梨緒菜、凜と母親の麻那、咲耶と母親の清子も、加わるべきメンバーになる。
「響子さんから梨緒菜さんに声が掛かったようだよ。玲香さんたちも来てるからどうかって。で、ママ会再びというところだよ」
「一気にメンバー大増員なわけね。でも、仕事がらみだと進ちゃん一人でウロウロは、しづらいんじゃない?」
「明日はロケハンを兼ねて、哲也や弾と周辺を散策だ」
「弾くんも来てるの?」
「聖人さまたちに関しては、あいつをメインで動かす予定だからな。久英社とのコラボ・ムービーのメイキング取材という名目にしてある」
進が言うと、悠斗が進の手をぎゅっと握り、ベビーカーの大斗があーと声を出した。
「あーら、ひろくん。ミルクの時間かしらぁ?」
進が大斗を抱き上げてあやすと、後ろから声がした。
「おや、高橋さん。もういらしてたんですか」
「別荘にお邪魔する前に、少しこの辺りで映像の背景に使えそうな場所を見ておこうと思いまして。そうしたら、ひろくんたちがいて」進は直哉ににっこり微笑む。
「さっそく仕事ですか。恐れ入ります」
「私の仕事は24時間稼動しているようなものですわ」
「西川先生はお子さんたちとお散歩ですか」
「ええ。大斗がぐずったものですから。この子、外に出るとご機嫌なんです。…あら、もうこんな時間。そろそろ戻って夕食の支度、お手伝いしませんと。お先に失礼します」
未那は直哉に会釈すると、進から大斗を受け取り、ベビーカーに乗せた。
「悠斗くん、そのTシャツかっこいいね」
「“ほうおう”だよ。僕のマークなんだ。おじさんちのようふくじゃなくて、ごめんね」
「いや、いいよ」
直哉は苦笑して悠斗を見つめるが、悠斗は振り返るでもなく、ベビーカーを押し始めた。
* * *
一人、羽田から高速バスで鴨川の四辻家別荘に向かっていた龍は、頬杖をつきながら、九十九里の海を眺めていた。ふと、翼との会話を思い出す。
「風馬さんと悠斗くんの決闘は聞いてると思うけど、どうやら例のムービーの出演候補者も全員集まるようなんだ。ママが声掛けてさ」翼が言う。
「保護者入れたら、けっこうな人数なんじゃないの」
「僕もバーベキューの支度に借り出されて大忙しだよ。紗由ちゃん、まりりん、充くん、恭介くん、奏子、悠斗くんの探偵事務所メンバー。そのママさんたちの周子おばさま、夕紀菜おばさま、未那先生、崇子おばさま、そして未那先生の次男の大斗くん。あとは、風馬さん一家で澪ちゃんと華音ちゃん。うちのママと僕が最初の予定メンバー。追加メンバーは、まず賢ちゃん一家。賢ちゃん、まーくん、まこちゃん、玲香ちゃんでしょ。あとは静岡組。華織おばさま、躍太郎おじさま、凜くん、誠さん、麻那先生。それから久我家の星也くん、梨緒ちゃん。九条家の咲耶ちゃん、清子おねえさまと…」
「まだいるの?」
「梨緒ちゃんから話を聞いた直哉おじさまが、哲ちゃんと進子おねえさんと弾さんを、ムービーがらみで連れてくるってさ」
「すごい人数だね」
「泊まるのは半分ぐらいらしいけど、それでもさすがにママ一人でホステスは大変だから、実家のほうから人呼んでたよ」
響子の実家は巫女寄せ宿で、表向きはビジネスホテルになっている。
「保護者たちは赤ん坊の面倒見るので手が掛かるだろうから、紗由たちに手伝わせるといいよ。けっこう手際がいい」
「うん。すでに、まりりんが仕切ってる」
響子の指示通りにてきぱきと動く真里菜の姿を思い浮かべ、龍は思わず笑った。
「せっかく子どもたちが集まってるから、ムービーの説明会を前倒ししようってことらしいよ」
「ふーん。直哉おじさま主導なんだ」
「普通は会社で設定した説明会をそんなふうに動かさないよね」
「普通じゃないってことだね。わかった。3時間後に」
龍は、打ち上げる波を見ながら、翼との会話の内容が改めて面倒なことになりそうだなと思った。
四辻の別荘には今、力のある子ども、力がかなり出そうな子どもが集まりすぎている。それでなくても華音と双子たちが一緒にいる場所に、力が出る前の赤ん坊4人が集まるのは、あまりいい感じがしない。互いに影響しすぎて、いきなり力が大きくなりすぎるのは危険だし、すでに咲耶ちゃんには、ここからでもその気配を感じる。何かあったんだろうか? とにかく今回の集まり、彼らに手出ししたい奴にとっては格好のシチュエーションだ。
まあ、翼のことだから、その辺は何か考えてるんだろうが。そして彼は…絡んでくるんだろうか…?
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