アメジスト原石

神様のお守りも楽じゃないわと彼女は言った~西園寺命記 捌ノ巻~ その22

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  *  *  *

 賢児が論理破綻していた頃、隣の部屋では進と弾によって“レッスン”が行われていた。

「あかちゃんたちをまもるの?」聖人と真琴が一緒に首をかしげた。

「そうです」弾が神妙な顔で二人を覗きこむ。「強い者が弱い者を守るのです。お二人は先ほども悪者をやっつけられました。お二人ならできます」

「あかちゃん、ないてるの?」真琴が心配そうに尋ねる。

「悪者が来ると知って、泣きそうになっている赤ちゃんがいます」

「まこがたすけにいく!」

「まーくんも!」

「では、お二人で助けに行きましょう」

「あかちゃん…華音ちゃんも、あかちゃん?」真琴が再び尋ねた。

「ああ、そうですね。華音さまもです。ですが、華音さまが泣いたら、悠斗くんが助けに来てくれますから」

「よかったあ」

「もし真琴さまが泣いてしまわれても、“黒亀の騎士”が助けに来てくれますからね」

 そう言いながら、弾は充をちらりと見るが、充は目を合わさないようにしてソファーの後ろへ隠れる。

“亀の着ぐるみはかんべんでござる…”

「まこはね、“ししゃもかめん”さんが、きてくれるとおもうの」

「ししゃも…でございますか…?」

「うん。おなかから、たまご、しゅしゅしゅってとばすの。いいひとは、おいしいからうれしいけど、わるいひとは、おなかがいたくなるの」

「…わかりました。もしもの時にはお呼びいたしましょう」

 弾は力強く言うと、ソファーの横を回りこむようにして充に微笑みかけた。

「甲羅にシシャモを敷き詰めてみようかな…」

 涙目でふるふると首を振る充。

「進子ちゃん…弾さんて、ああいうキャラだった?」

 少し前に部屋に入ってきていた玲香が進に尋ねた。

「Sっ気のある凝り性ですか?」

「そうそう、凝り性よね。取材文のレイアウトでも、制作部にきっちりイメージ伝えてくるって、ミズキンが言ってたわ。時々坊城さんとバトルして、彼女が涙目になるまで攻撃の手を緩めないって。加奈ちゃんチェックだと、バトルは愛のじゃれ合いぽいらしいけど…。そういうのって、本人たちは意外と気づかないけど、周囲にはバレバレなのよねえ」

 笑う玲香に、進はどの口がそれを言うのかと、はははと疲れた笑いを発した。

「私も頑張ってみようかしら」

「頑張る?」

「ベストとか室内ブーツなんかもあると、可愛いと思わない?」

「はあ」

「白虎以外はどうなってるのかしら。華音ちゃんのひよこポシェットも伯母さまが差し上げたんでしょう。ということは、華音ちゃんは朱雀担当ってこと?」

「おっしゃる通りです。華音さまはいずれ、律子さまが亭主をおつとめの“雀のお宿”を専用宿になさるかと。…それから充くんの情報によると、弾は華音さま用に赤いひよこちゃんも用意しているようです。充くん自身は…まあ、いろいろあるようで」

「青龍の着ぐるみなら、おかあさんが翔太用に作ったのがあるから…全部揃いそうね」

「龍さまにそれを着ろと…?」

 進は露骨に眉間にしわを寄せるが、玲香はまったく意に介さない。

「紗由ちゃん用に黄色い龍もあるのよ。そうだ! 悠斗くん用に、鳳凰バージョンのかっこいいの頼んでおくわね。Tシャツのデザイン、そういうことなんでしょう?」

「ええ、まあ…」

 凝り性なのは玲香のほうだったと進は思った。このままだと西園寺家と周囲の家はコスプレ戦隊にされてしまう。

「形から入るのって、どうかと思われるかもしれないけど、ライダーや戦隊の強さって、まずは強そうに見えないと成立しないと思うの。その気になって、実際に強くなって、強くなったら、もっと強そうに見えるようにする。それがアルティメットということでしょう?」

「そうですね」

「で…何となくなんだけどね、二人の専属教育係として弾さんが付いた時に思ったの。伯母さまは、二人が“命”になった時に備えての、苦痛を避けるためのレッスンだとおっしゃったけど、今までそんなふうにされていた子どもはいない。聖人と真琴は単純に、ここで力を伸ばす必要があるんじゃないのかしらって」

「力を伸ばしてどうされると?」

「強くなったら戦闘員になるんじゃないかしら、ふつう」

「なるほど」表情を変えずに答える進。

「あの子たちに危険が及ぶなら、本当は私が戦いたいところなんだけど、私にはその力がない。…でもね、さっきふと跳治おじいちゃんの言葉を思い出したの。“青の龍王さま”のお話を」

「当主の命がけのお願いを聞いてくださるという、あれですか?」

「ええ。おじいちゃんは自分の分を先送りしたはずなの。つまり、今は父さんが二つ分持っていることになるわ。それを私に分けてもらう方法を華織伯母様にお聞きしようと思うの」

「命がけのお願いを御自分で使うおつもりですか」

「ええ」

「玲ちゃん…」

「進子ちゃんたちのことを信用していないわけじゃないのよ。でも、私は私なりにできることをしたいの。一般人の本気ってやつを見せてあげないと」

「わかりました。何かが起きた時には…いえ、何かが起きぬよう、華織さまはじめ、力のある者たちが一丸となって、それを防ぎにかかりますが、万が一の時でも、精一杯お二人を御守りしますので、ご安心ください」

「ありがとうございます」

 屈託のない笑顔を向ける玲香に、進は静かに微笑み、玲香以上に屈託のない笑顔で走り回る双子たちを見つめた。

  *  *  *

 八角堂に集まったメンバーは撤収し、四辻の別荘に再度集合していたが、残りのメンバーも、八角堂が見たいということで、直哉が皆をマイクロバスで送り届けることになった。

 メンバーは朝の参加者に加え、賢児と玲香と聖人と真琴、清子と咲耶、梨緒菜と星也、麻那と凜と大斗、澪と華音で、つまり、華織、躍太郎、哲也以外の全員になる。

「紗由ちゃん。結局またみんなで来ちゃったね」

「そうだねえ。人がふえちゃったし…」

「こまりました。奏子はわすれものをさがすふりができません」

「じゃあ、どうどうとちょうさしたら?」悠斗が言う。

「でも響子おばさまが…」ちらりと響子を見る真里菜。

「ぼくのことを気にしてるみたいだから、ぼくがあいてをしてるよ」

 悠斗が皆の元を離れると、充が小さくため息をついた。

「悠斗どのは切りかえが早くてうらやましいでござる」

「どうしたの? “命”さまのところからもどってきてから元気ないね」真里菜が充を覗き込む。

「せっしゃ、ししゃもになるやもしれませぬ…」

「ししゃもってお魚の?」

「はい」

「まこちゃんの大こうぶつでしょ? いいじゃない」淡々と言う真里菜。

「えー…」

「はい。じゃあ、ちょうさをはじめましょう。ちょうどいいので、充くんは、ししゃもになりきって、みんなの注意をひきつけてください」

「な、なりきって…?」

「そうね。やってみて、充くん」

 真里菜が腕組みをして充の前に立った。それを避けるようにして、斜め後ろに体を伸ばして横たわる充。

「こ、こうでござるか」

「ししゃもは死んでいるのでしゃべりませんよ」

 紗由に注意されて涙目になる充。

「何してるの、充くん」

 気が付くと龍と翼が、不思議そうに充をながめている。

「にいさま。話しかけないでください。充くんは死んだふりをしてるところですから」

「ふーん。そうなんだ」

「なんか、じょうずじゃないよねえ」真里菜が困った顔で充を見つめた。

「あ。奏子、死んだふりがじょうずな人をしってます!」

「か、奏子…それ…」

 翼が奏子がしゃべるのを遮ろうとした時、龍が小さく呟いた。

「いる…!」

「龍くん?」

「今、相手の結界が一瞬ほどけたんだ。気配がした。翼、行くよ!」

「わかった。…奏子もおいで」

「奏子も?」

「駄目だ。危ないよ」

「龍くん、忘れたの。今いる人間の中で一番防御力が高いのは奏子なんだよ」

「あ…うん」

「紗由たちもいきます!」

「紗由ちゃん。君たちは赤ちゃんたちの様子を見張ってて。変な感じになったら、すぐに結界を張るんだ」

「でも、翼くんと龍くんと奏子ちゃんが抜けたらできないよ」恭介が言う。

「風馬おじさんと誠さんと澪ちゃんにやってもらって」

 龍は即答すると、奏子の手を引いて小走りに入り口へと向かった。

 そして扉を開くと一瞬振り返り、左手をかざすと、“封”という言葉を唱えてから、その外へ出た。

  *  *  *

 龍たちが四辻八角堂の外に飛び出していったのに気づいた響子は、ドアのほうへ駆け寄ろうとしたが、自分の左手を誰かに握られ振り返った。

「あ…悠斗くん。どうしたの。皆と遊ばないの?」

「ぼくのこと気になる?」

「悠斗くん、かっこいいから」

「おばさんのほしいものは、あげられない。ぼくが見るのは、華織ちゃまと華音のためだから」

「悠斗くん…?」

「じぶんで見ればいいよ。石をつかって。きっとできるから」

「この指輪のことを言ってるの?」響子は左手のアメジストの指輪をなでた。

「つかうんだよ。つかわれたらダメなんだ」

 悠斗はそれだけ言うと、くるりと踵を返した。

「待って!……どうすれば使いこなせるようのなるのかしら」

「おばさんは、もう、つかってる。ぼくから、ききたいことをきいたでしょ?」

 悠斗がにっこり笑うと、響子の目の前を明るい光が覆った。

「あ…」

 まぶしさに目を伏せた響子だったが、次の瞬間、閉じた瞳の中に義父・奏人の姿を見た。

“響子さん。君が夢を見て翼を支えてやってくれ”

 奏人はそれだけ言うと、すーっと遠くに消えて行き、響子の目の前には、八角堂内の風景が現れた。慌てて悠斗の姿を探すが、彼はすでに華音の傍らにいる。

「まさか…私に四辻の夢宮をしろと…?」

“悠斗くんが気になって仕方がなかったのは、翼と奏子のために、彼と同じ能力が必要だったから? そして、その力を得るためには、この指輪を使いこなさなければならない。できなければ、さっき風馬さんが言っていたように、指輪は主を変える…”

 響子は混乱する気持ちを抑えながら、翼と奏子が龍と一緒に出て行った扉へと向かい始めた。

  *  *  *

捌ノ巻(終) 続いて 玖之巻 その1へ

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