白猫

神様のお守りも楽じゃないわと彼女は言った~西園寺命記 捌ノ巻~ その21

捌ノ巻~ その20へ  捌ノ巻~ その1へ

  *  *  *

 4人が二輪草探索に出かけている間、聖人と真琴は華織と遊んでいた。華織が二人にプレゼントした大きなネコの縫いぐるみをたいそう気に入っているようで、それを真ん中にして嬉しそうに撫で回している。

「まこね、このキラキラもだいしゅき!」

「まーくんも!」

 二人が覗き込む先には、縫いぐるみの目にはめ込まれたタイガーアイがあった。

「ねえ、まこ。おじちゃん、とりかえっこしてって言ったよね。どうする?」

「うーん。まこ、いやだなあ」

「じゃあ、ダメって言いにいかないと」

「うん」

「でも、おじちゃん、どこにいるのかなあ」

「わからないね」

「じゃあ…」

「じゃあ…」

「さがしにいこう!」声を揃える二人。

「じゃあ二人で探しに行くのね?」華織が微笑んだ。

「はい!」

「実はね、おばあさまも探している人がいるの」

「だあれ?」

「おばあさまのお友だちのところから、あるお姉さんが大切なものを持って、いなくなってしまったのよ。おばあさまは、そのお姉さんを探しているの」

「たいへんだ!」

 見上げる聖人に華織はやさしく言う。

「そうなの。おばあさま、困ってしまっているの」

「じゃあ、まーくんがさがす!」

「まこもさがす!」

「ありがとう。二人ともいい子ね」華織が愛おしそうに二人の頭を撫でた。「じゃあその前に、探し物が上手になる魔法をお勉強しましょうね」

「はい!」

 聖人と真琴が元気に返事をすると、その背後から散策帰りの賢児、玲香、進、弾の4人が姿を現した。だが真琴からリクエストされた二輪草は誰も持っておらず、どうやら探索は失敗に終わったようだ。

「パパ。まこのおはなは?」

「うーん。ごめんよ、真琴。探したけど見つからなかったんだ」

 しょんぼりする賢児を見て、聖人が真琴に言う。

「まこ。やっぱり、さがしものはむずかしいんだよ。さがしものがじょうずになるまほうを、おべんきょうしないとダメなんだよ」

「うん。わかった。まこ、がんばる」両手をギュッと握り締める真琴。

「そうです、聖人さま、真琴さま。魔法をいっぱいお勉強いたしましょう。魔法が上手になるように、今、おまじないをして差し上げますからね」

 弾は二人ににっこり微笑むと、自分のデイバッグから白いふわふわしたものを取り出した。

「これがあれば、もう大丈夫です」

 手際よくそれらを聖人と真琴の頭に乗せ、首元で固定していく弾。

「ありがとう!」

 双子たちは華織の前に整列すると、丁寧に一礼した。

「ネコ耳…?」

 華織、進、賢児、玲香が不思議そうに二人を見つめると、二人は右手を腰にやり、左手を招き猫のようにくいっと曲げてポーズを取った。

「にゃりーん!」

「おっきい ねこしゃん びゃっこちゃーん♪

 しましま ねこしゃん びゃっこちゃーん♪

 まほうの ねこしゃん びゃっこちゃーん♪」

「玲香。あれは何だ?」

「さ、さあ…」

「ほわっ ほわっ たいたたーい♪

 ほわっ ほわっ たいたたーい♪」

「あれはですね…」賢児たち横で弾が軽く咳払いをした。「お二人を守る獣神が白虎様であることを頭に置き、おばあさまが教えてくれる魔法への興味と集中を高めていただこうという狙いの元、作成いたしました」

「歌と踊りも弾さんが作ったの?」玲香が首をかしげる。

「…縞猫荘亭主としての仕事ですので、やむをえず」

「ふうん」

「“ほわっ ほわっ”っていうのは何?」今度は賢児が尋ねた。

「ホワイトタイガー、つまり白虎のことです」

「なるほど」

「ちなみに現在、しっぽを製作中です」踊りが終わったのを見届けると、笑顔で拍手をしながら双子たちのほうへ駆け寄る弾。「聖人さま、真琴さま。とてもお上手でしたよ。今日はきっと魔法をいっぱい覚えられますね」

「はい!」

「魔法のお勉強がちゃーんとできたら、この前お約束したプレゼントを差し上げますからね」

「はーい!」

 双子たちは満面の笑みで応えると、華織の前に用意されたイスに行儀よく座った。

 華織のレッスンは、両手を合わせたり離したり、叩いたりと、賢児や玲香にとっては意味がよくわからないものだったが、時折、弾と進が感歎の息を漏らすので、そこで何かが起きているのだろうということは賢児たちにも理解できた。

「ピンと来るような来ないような…妙な感覚だ」

「何だか体がふわふわしてくるような」

「二人の“気”のえいきょうでござる」

「充くん…!」

「練習相手で呼ばれもうした」

「はい。じゃあ、今日はここまでよ。まーくんも、まこちゃんも、お疲れ様でした。とっても頑張りましたね」

「はい!」ネコ耳をさわりながら嬉しそうに笑う二人。

「あれ。でも充くん、終わっちゃったみたいだけど…」

 首を傾げる賢児をよそに、充は双子たちのほうを黙って見つめている。

「聖人さま。真琴さま。とってもよく出来ましたねえ」弾がデイバッグから細長いものを取り出し、聖人の腰に巻きつけた。「さあ、これがあれば出来ますよ」

「ライダー…ベルト?」賢児が目を凝らして見つめる。

「…のようですね。白いふわふわが付いてますから、白虎ちゃん仕様なんですね、きっと」

「できるかなあ?」

 聖人が真琴のほうを見ると、真琴は大きくうなづいた。

「いくぞ! へんしん! かめんライダーびゃっこちゃん!!」

 ポーズを取り大きく天井を見上げる聖人の姿に真琴が叫ぶ。

「へんしんした! まーくんがへんしんした!!」

「変身したようだな」

 賢児が聖人の様子をうかがっていると、傍らの充が離れ、真琴の元へ歩いていく。

「さあ、攻撃でござる! パパのふりをした悪者があそこに!」

「え??」

 充に指差された賢児は玲香を見るが、玲香は“変身したまーくん”のことを、うっとりと見つめている。

「すごいわ、まーくん。昨日は変身できなくて、二人でしょんぼりしてたのに…変身したのね。すごいわ…」

「びゃっこちゃんパーンチ!」

 右腕を大きく掲げて聖人が叫ぶと、真琴が素早く賢児のところへ走り寄り、攻撃に及んだ。

「びゃっこちゃんパーンチ! パーンチ! パーンチ!」

「痛っ! 真琴、痛いよ。おい、こらっ」

 突然太ももの辺りを殴られた賢児は後ろに下がるようにして避けようとするが、真琴はすかさず踏み込んでくる。

「まこ! がんばれ!」変身した聖人は応援だけで攻撃はしない。

「わるものめ! パパからでていけ!」真琴がパンチを連打する。

「ま、真琴。パパは本物だから。ね、ね」

「倒れて」

 充が逃げ惑う賢児の耳元にぴょんと飛んで囁いた。

「え?」

「早く!」

「は、はい」

 賢児が言われた通りに倒れこむと、真琴がじーっとこちらの様子をうかがっていた。

「わるものさん、パパからでていきましたか?」

「は、はい」

「やったー!」真琴は聖人のほうへとダッシュする。「まーくん! わるものやっつけたよ!」

「…賢ちゃんどの。パパから出て行った悪者が返事をしたらおかしいでござる。次回からお気をつけくだされ」

「は、はい」

 腕を伸ばしてうつぶせに倒れたままの姿勢で答える賢児。

「よかったね! よかったね!」

 大はしゃぎで抱き合う聖人と真琴に、その場の空気がなごむが、賢児一人、腑に落ちない様子で倒れ続けていた。

“次回があるのか…?”

「さあ、まーくん、まこちゃん。あちらで作戦かいぎをいたしましょうぞ。次の悪者は、もっと強いでござるからな」

「はい!」

「お二人はこちらで華織さまとおくつろぎください」

 進はそう言って微笑むと、弾と共に二人に付き添って部屋を出て行った。

  *  *  *

 賢児は出されたアイスティーをゴクゴクと飲み干すと、眉間にしわを寄せる。

「なあ、玲香。聖人は変身するだけなのに、実働部隊を真琴がやるっていうのはどうなんだ?」

「まーくんが、やっと仮面ライダーになれたんですから…」

「真琴は女の子なんだぞ。お転婆が過ぎるのも困るだろ」

「ですが、あれが二人の役割分担ですから…」

「じゃあ聖人が攻撃すればいいじゃないか」

「そう言う賢ちゃんだって、小さい頃は変身だけして戦わなかったじゃないの。やっつけるのは、もっぱら涼ちゃんの仕事で」

「う…」

「西園寺家の女には7歳になったら何かしらの武術をたしなませます。その前哨戦と思えばいいのではなくて?」

「だって真琴はあんなに可愛いんだよ!」

「…賢児さま。論理が破綻しています。それに、少し引っ込み思案だったまこちゃんが、あんなに生き生きとして…きっと、ああいう自信が積極性につながるんだと思います」

「そうよ賢ちゃん。だいたい…」

 言いかけた華織は一瞬目を伏せ、膝の上で両手を組み合わせた。

「どうかなさいましたか?」

「いいえ、玲香さん。賢ちゃんがあまりにも聞きわけがないものだから、呆れてしまっただけよ」

「申し訳ありません」

「何で謝るんだよ、玲香。俺は認めないからな」

「伯母様が戦わせているわけではありませんし、直接まこちゃんに言ったらいかがです?」

「でも、あんなに嬉しそうだったし、そんなことしたら、パパ嫌いって泣かれるかもしれないし…」

「賢ちゃん、あなたね…」

「わかりました。私がまこちゃんを説得しますから、賢児さまはまーくんを説得してください」

「え…」

「よろしいですね」玲香の声がかなり低くなっている。

「は、はい…」

「そうね、賢ちゃん。物事は引き時を考えなくてはダメよ。怒らせてはいけない相手を怒らせたら、取り返しが付かないことになってよ」

 玲香は、大きく肩を落とす賢児をやれやれと思いながら一瞥すると、微笑む華織が再び膝の上で組み合わせた両手から、なぜか目が離せずにいた。

  *  *  *

捌ノ巻~ その22へ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?