神様のお守りも楽じゃないわと彼女は言った~西園寺命記 玖ノ巻~ その1
* * *
響子が八角堂の外へ出ると、庭先で龍、翼、奏子が一人の女性を取り囲んでいた。離れた場所からも、彼女の困惑した表情が見て取れる。
「翼! どうしたの? お客様かしら?」
「響子おばさま!」龍が驚いた顔で響子を見つめる。
“僕の敷いた結界を抜けてきた…?”
「ママ…。あ…こちらのお姉さんが、九条さんにご用事みたい」
「わかったわ。ママがお相手するから、皆、中に入っていらっしゃい」
「ふふ。ママもこっちに来たんだね」
うれしそうに笑う奏子に、響子はにっこり微笑んだ。
「先輩に、そうしなさいって言われちゃったのよ」
「…龍くん、戻ろう。どうせ僕たちはこれ以上いても仕方ないし」地面を見ながら言う翼。
「そうだね。行こう、奏子ちゃん」
龍が奏子の手をぎゅっと握ると、奏子も握り返し、龍を引っ張るようにして、八角堂に向かい走り出した。
「子どもたちが失礼をしませんでしたかしら」ゆったりと微笑む響子。
「いえ。優秀なお子さまたちですわ」
「ご用件、承ります」
言われた女性は、しばらく響子を見つめた後、言った。
「こちらに咲耶ちゃん、いらっしゃいますか?」
「失礼ですが、あなたは、どちらさまでいらっしゃいますか?」
「…伊勢のほうから参りました」
「そんな、消防署のほうから来た消火器売りみたいなことをおっしゃられましても。お名前、お聞かせ願えないでしょうか」
“この人、何か危うい感じがする”
響子は無意識のうちに左手のアメジストを握った。
「私にも…よくわからないんです」
「は?」
「でも、私の記憶を取り戻すヒントを、咲耶ちゃんが握っている。これは確かなんです」
「記憶を失っていらっしゃるの?」
「覚えているのは飛行機を降りたところからです。私の夫だという人と一緒にいました。私が覚えがないと言うと、彼は言ったんです。君は伊勢の巫女で、その記憶は先生が咲耶ちゃんの中に封じたからと」
「巫女なのに夫をお持ちなの?」
聞きながら、そこじゃないだろと響子は自分に突っ込んでいたが、意外と会話は成立したりする。
「彼は夫ではなかったようです。先生のお弟子さんでした」
「先生というのは、“命”関係者なのかしら」
「四辻奏人先生です」
「え?」
「記憶は部分的に戻ってきてはいるんです。先生が私を争いから救い出して下さったらしい。そして私には何かやるべきことがあった。私はそれを思い出さなくてはなりません」
「待ってください。それはいつのお話なんですの? 義父は数年前に他界しておりますけど」
「他界…?」
「それとも義父は生きているんですの?」
響子は自分の言葉に驚いていた。
「あ…そんなわけはありませんわね。すみません。ですが、あなたのお話、突拍子もありませんし、我が家のお客様に、このままお通しするわけには行きませんわ」女性を見つめる響子。
「では、私のほうで預からせていただこうかしら」
突然の声に響子は振り返った。
「華織おばさま!」
「あなたは…」
「ちょっと失礼」
華織はスタスタと女性に近づくと、額に手をかざした。
「あ…」
ぐらりと体を揺らし倒れ込む女性を、いつからいたのか、躍太郎が支え、抱き上げると、停めてあった車へと運び込んだ。
「困ったものねえ」
「おばさま…」
「どうやら私たちは鬼ごっこの鬼をやらされているようよ」
華織はそれだけ言うと、車へと乗り込み、その場を去った。
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