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🎄とことんユーミン🎄クリスマスだけど「14番目の月」

今日は12月14日、忠臣蔵の日ですね!14日に「14番目の月」お届けします❤️

1976年11月20日発売の荒井由実の4枚目のアルバムです。
この作品から、松任谷正隆さんがプロデュースを担当しました。
実は、このアルバムで荒井由実は引退しようと思っていたのですね。






1 さざ波

秋のお天気の良い日、この歌を口ずさみます。
詩も秀逸です。

2 14番目の月


タイトルは映画 『スリランカの愛と別れ』 の高峰秀子の台詞に由来する(正確には、当時ユーミンは映画雑誌の立読みから科白の該当部分のみを知っていただけで、この映画を観ておらず、科白のシーンはもちろん、タイトルすら正しくは知らなかったので、あまり映画とは関係がない)。ライヴでは終盤を盛り上げる定番曲でもある。
wikiより

「インドでは満月よりも14日目の月が喜ばれる」
「次の日からかけ始めてしまう満月よりは14日目の月が好き」という意味のセリフを、スリランカで成功している白髪の日本人女性(高峰秀子さん)が言ったそうです。

この詩を書いた時は22歳だった独身の荒井由実が、1991年37歳の時のエッセイでは「『14番目の月は女の身勝手の歌として作りました。最近は十六夜のが好きでデカダンって感じがする」と書いています。なるほど「女の身勝手」が許されたのかこの頃からでした。

3  さみしさのゆくえ

ユーミン曰く、歌詞には出てこないが学生運動が行われていた時代の恋愛が描かれた楽曲とのこと(2020年1月10日放送の松任谷由実のYuming Chord内での発言)。

wikiより


4  朝陽の中で微笑んで

1976年、ハイ・ファイ・セットへの提供曲。その年の映画『凍河』の主題歌。
wikiより


1976年松竹製作の映画、原作五木寛之『凍河』
中村雅俊演じる精神科医と五十嵐淳子演じる患者との
ラブストーリー


5  中央フリーウェイ

題名は「中央自動車道」による。フリーウェイとは信号機のない"自由な"道路のこと。この中央道を調布から八王子方面へ向かう際に見える在日米軍の調布基地(1974年に全面返還)、サントリー武蔵野ビール工場や東京競馬場[注釈 3]と、東京都府中市近辺の風景が歌詞に出てくる。
1976年3月14日、TBS系『日曜スペシャル』で企画されたスタジオ・ライブ番組『セブンスターショー』(荒井由実&かまやつひろし)では、かまやつが歌ったが、曲中のテロップでは「この曲はユーミンがムッシュのために書いたものです。心がこもっているかしら…。」と紹介されている(なお発表時点では、中央道は高井戸インターチェンジから調布インターチェンジ間が未開通だった)。
1989年に公開されたアニメ映画『魔女の宅急便』の主題歌候補にも選ばれたが、都内の具体的な地名が入っているためにヨーロッパを舞台にした映画と合わず、結局採用されなかった(代わって「ルージュの伝言」が採用された)。
1991年、TBS系『ルージュの伝言』にてドラマ化された(第7話、主演は桃井かおり)
wikiより


6  何もなかったように

当時ユーミンが飼っていた愛犬(シェパード)が死んで、その供養のために作った曲。
wikiより


7  天気雨

1976年6月13日(日曜日)に日本テレビ系列で放送された『遠くへ行きたい』にユーミンが出演した際、湘南地域への番組ロケを通して歌作りをした楽曲。歌詞に出てくる「ゴッデス」は茅ヶ崎にあるサーフショップ。また、歌詞に相模線も登場する。2020年10月4日に放送された『遠くへ行きたい ~50周年スペシャル! 懐かしきニッポン再発見!~』においても楽曲製作の模様が一部放送された。
wikiより


8  避暑地の出来事

1976年伊勢丹CMソング。長年に渡り、ユーミンのオリジナル曲のなかで最も短い曲(2分39秒)であったが、2020年リリースの『Good! Morning』(2分30秒)によって最短記録が更新されている。
wikiより


9  グッド・ラック・アンド・グッドバイ

岡崎友紀への提供曲。1991年TBS系『ルージュの伝言』にてドラマ化された(第9話、主演は有森也実)。かつては和歌山と徳島を結ぶ南海フェリーの船内放送でも使われていた。
wikiより

岡崎友紀さん


10  晩夏(ひとりの季節)

竹内まりやが『松任谷由実 サウンドアドベンチャー』にゲスト出演した際、美大出身のユーミンにしか書けない曲と絶賛した楽曲。
秦基博、平原綾香らがカバーしている。
NHKの「銀河テレビ小説」枠で1976年8月に放送された"ふるさとシリーズ"のドラマ、山田太一脚本の『夏の故郷』と、市川森一脚本の『幻のぶどう園』でシリーズ共通のドラマ主題歌として使われた。
wikiより

ユーミンの歌の中でも10本指に入る大好きな曲です。


🚘ユーミンと車と助手席感

ユーミンの歌を車の中で聞くのが一番好きです。
このアルバムが発売された1976年、
私は20歳、大学2年でした。
初恋をなくして臆病になり、
なかなかセカンドラブに移行でできずにいましたが、
10月くらいから、
なんとなく付き合い始めた彼は車が趣味。

11月20日アルバム発売当日の手に入れて
ドライブしながら聴きました。

行き先は清里。
第三京浜から調布に出て、中央高速で聴く
「中央フリーウェイ」
まさにあつらえたようでした。


ユーミンの歌には、車やドライブといったモチーフがよく使用されています。
それらの歌は、どれも男性が運転手、女性が助手席に座るというしたいるを想像させる。
 この時代、運転という行為は主に男性がするものでした。警察庁の運転免許統計によれば、アルバム「14番目の月」が出た1976年、運転免許保持者の男女比率は、男性76.7%に対して、女性は23.3%。女性の免許保持者は男性の3分の1でした。
ユーミンの罪 48ページ4行目〜8行目


ユーミンは「クルマを持っている子としか付き合わない」女子高生であり、白いベレGを親が買い与えるような男の子と、遊んでいたわけです。
 それは、とても贅沢で洒落た青春であるわけですが、しかし「クルマを持っている子」という選択肢はあっても、「自分で運転する」というところまでは、その選択肢は広がっていませんでした。どの助手席を選ぶか、そして助手席から運転席にいる男性にどのような指示を出すかが、当時の女性にとって、選択に幅の限界だったのです。
ユーミンの罪 49ページ 


ユーミンのその後の人生を知っているせいで思うのかもしれませんが、ユーミンの助手席感は、ユーミンを象徴する感覚のような気がしてなりません。ユーミンというと、自立した強い女性であり、時代の開拓者というイメージがあります。しかし彼女は、単独でツルハシを握って世を拓いてきたわけでもない。パートナーが常に存在し、舵取りをするパートナーの助手席にいながら開拓を続けたからこそ、その姿勢は痛々しくならなかったのです。ユーミンファンの中には、その助手席感に共感する女性も多かったのではないでしょうか。 
ユーミンの罪 53ページ


 車大好きの正隆さんはユーミンに車を運転させたくないのかなあと、あの頃思っていました。上質な男性の運転する上質な車に乗っているのが一番と、免許を取ってもペーパードライバー!という友達もたくさんいました。

私は、助手席に座っているだけでは飽き足らず、自分で好きに車に乗れるように練習もしたし、自分で車も買いました。

一人で車を走らせて、ユーミン歌っている時が一番好き。


クリスマスにちなんだお話を一つ。
「きよしこの夜誕生秘話」


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