見出し画像

新しくする事だけがイノベーションではないということ

今日はソウルの聖水洞に足を運んだ。ここは昔から工業中心に栄え、あらゆる工場などが今も立ち並んでいる。しかし最近若者の間で話題になりホットプレイスとなっているのだ。

それには歴史的な背景がある。この聖水洞は1970年代から50年余りが経つ間にスーパー、食堂、家庭、整備所、そして工場に変形された。 必要に応じて役に立たない部分は撤去され、加えなければならない部分はどんぶり勘定式に増築された。 審美性よりは活用性を中心に変化した空間であるため、時間とともに空間の本来の姿は頂点に消えていった。 

その中で空間利用を探索していたところ、過去の構造の中で新しいものが与えられない価値を発見したのだ。床に付いたペイントの跡、重ねられた壁の1つ1つが歳月を記憶する立派な素材。ここに龍山の人たちは目をつけた。

これらすべての痕跡を生かし、過去の空間を再再生することに集中した。 過去の空間であり、同時代的な空間としての再再生を試みたのである。

汚い工業地域に若者が集まりそうなカフェやアパレルストアなどが連ねているが、どの店も本当に外壁はかなりボロく、カフェである事が信じられないくらいである。

家具も空間の一部になるよう建築的な要素を加えて製作されている。共存する植物もここにいつものように見慣れた姿で位置するように設計されているらしい。

特別な空間というのは、人間が人工的につくりあげるだけではなく少し昔の日常空間をそのままナチュラルに演出することによって生まれると言う考えが聖水洞の“イノベーション”である。

このように非日常的な非現代的なものを“イノベーション”と呼ぶのであれば、時間軸で未来だけを考えるのではなく過去の形をそのまま取り入れるのもかなり面白いと思った。

いろんな形のイノベーションがあるが未来に取り憑かれず過去を再現するイノベーションこそがこの聖水洞がホットプレイスになっている一つの要因ではないだろうか。


宜しければサポートをお願いします😀 いただいたサポートは今後のクリエイターとしての活動費に使わせていただきます。