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イチバン可愛い孫はダレ?

昔、オーストラリア人のティムと一緒に日本をツアーしたことがある。
彼はベジタリアンで、肉はもちろん魚も食べない主義だった。

食事にはそれほどこだわらないタイプ(ビールが飲めれば幸せ)だったが、それでも美味しいものは食べてもらいたい、日本の美しい料理を紹介したいと思っていた。

しかし魚がダメで、出汁が入っているものもダメとなると、選択肢は相当限られる。
四苦八苦しながら、それでも彼が楽しめるものを探した。
時々出汁が入っていることを内緒にしたり、時々小競り合いもしながら、それでも楽しく旅を続けていた。

なんにせよ、彼は初めての日本体験に満足していたようだった。
選択肢の狭さに難儀していたものの(オーストラリアでは大体ベジタリアンメニューが用意されている)、初めて食べる料理に色々と感動していた。

ある時、ふと思い立ってティムに聞いてみた。


今まで食べた日本食でイチバン美味しかったものは何だった?


するとティムは真剣な眼差しでこちらをみて、こう言った。


「トシ。ああ、トシよ。もしお前に10人孫がいて、誰かに『誰がイチバン可愛い?』と訊かれたとして、何て答えるつもりだ?」


俺は、どの孫も可愛いよ。ティムはそう答えた。

彼独特のユーモア、もって回った言い方に一瞬悶絶しかけた。
単に答えるのが面倒だっただけじゃないのか、と邪推もしたが、同時に少し気恥ずかしくもなった。
彼の食体験に優劣をつけるような行いだったかな、と恥じた。


「なんか悪かったな。ゴメンよ」


「いいさ、気にするなよ。日本食はとにかく素晴らしいよ」


ティムは満足そうだった。

僕は、彼が日本食を最大限リスペクトしてくれているんだと思い、胸が熱くなった。


そうしてまたしばらく旅を続けていたある日のこと。
京都の新京極を歩いていたら、一軒のタコ焼き屋が目に留まった。


「あれは何?」とティムが聞いてきた。


「あれはタコ焼きだよ。オクトパスボールだ」


「意味がわからない。なんだ、タコ焼きって?」


関西を中心としたローカルフードで、こちらの名物であること。小麦粉ベースの生地で丸く焼き上げるが、中にタコが入ってること。だから君は食べれないよ、と説明した。

だが、なぜか謎の食べ物タコ焼きに惹かれた彼は、食べてみたいと言い出した。


「だから、タコが入っているって言ったろ」と僕は言ったがティムは引かなかった。


タコを抜けばいいじゃないか


斬新な提案だった。そうきたか。
しかし、それではタコ焼きの沽券にかかわる気がする。
タコを抜いて、タコ焼きを食べたところで、それは果たしてタコ焼きと言えるんだろうか。

逡巡している僕を尻目に、ティムは早速注文を済ませていた。
熱々のタコ焼きが出てきた。タコを抜き取り、残りを口に頬張る。ホフホフ冷ましながら、食べた。
そして彼はおもむろに言った。


「トシ。こないだの孫の話だけど、悪かった。こいつがイチバン可愛い孫だわ


衝撃だった。
殴られた後のような目眩がした。
こんなにいとも簡単に梯子を外してくるなんて。
しかも、よりにもよってタコが入ってないタコ焼きに「イチバン可愛い孫」の称号を授けてしまうなんて。


動揺している僕を尻目に、ティムは嬉しそうにタコ焼き、いやタコ抜きを頬張っている。
これまで頑張ってあれこれ日本食を勧めていた僕の努力を返して欲しい。
そう口にしそうになったが、タコと一緒に飲み込んだ。


「そ、そんなにタコ焼きが気に入ったのなら、知り合いの店を紹介してあげようか。カウンターのある、店内で焼きあがるのをみながら、飲みつつ食べれる、タコ焼き専門店があるんだ」


僕は動揺を抑えつつ、ティムを知り合いのタコ焼き店に連れて行った。
8席しかない、L字のカウンターがある店は、僕たち2人の席を除いて満席で賑わっていた。
おもむろに座り、マスターに注文する。


「マスター、ビール1本。それとタコ焼き一つと、もう一つタコ焼き、タコ抜きで


そう言った瞬間だった。
残りの客全員が、フクロウのように首をグルンと曲げて、こちらをみた。
全員、信じられない、と言った形相だった。

わかります。でも、僕じゃない。タコ抜きは僕ではないのです。

途端に恥ずかしくなってしまい、下を向いて気配を消すのに努めた。
流石に察したのだろう。ティムがキョトンとして耳打ちしてきた。


「こいつらはなんでおれ達を見るんだ?」


「多分、タコ焼き屋でタコを抜くのが信じられないんだろうね。ステーキプレートを頼んで、肉抜きで、と注文するようなものだろう」


憮然としてティムが言った。


「いいじゃないか。タコを食べるか食べないかは自由だ。おれはタコ抜きがいい」


そう言って、出てきたタコ抜きを嬉しそうに頬張ると、満足そうに再びあの台詞を口にした。

「やっぱり、こいつがイチバン可愛い孫だわ」



今ではティムの息子もタコ焼き、いや、タコ抜きが好きだという。

きっと孫もタコ抜きが好きになるんだろう。


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