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『東京ド真ン中』(1974年6月1日・松竹大船・野村芳太郎)

ラピュタ阿佐ヶ谷「蔵出し!松竹レアもの祭」。野村芳太郎監督『東京ド真ン中』(1974年6月1日)をピカピカのプリントで堪能。川又昂キャメラマンによれば、撮影が長引いていた『砂の器』(1974年)の製作途中、会社からの要請もあり、製作費捻出のために急遽撮った「軽い喜劇」とのこと。

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この頃は、山田洋次原作・監督「男はつらいよ」の脂が乗り切っていた時期。「寅さん映画」みたいなものを、との要請もあり、山田洋次監督と高橋匡國さんによる脚本の「もう一つの『男はつらいよ』」が作られた。原作は藤原審爾「極楽亭主」。

舞台は、東京のド真ん中、新宿区四谷にほど近い若葉町二丁目商店街。朝日橋、須賀神社などが画面に登場する。そこで骨董屋「求古堂」を営む、善造夫婦(加東大介、杉山とく子)の二階に、高校の美術教師・兵藤平八郎(宍戸錠)が下宿する。四ツ谷駅から、行李と荷物を抱えて歩いてきた兵藤先生が「見てるなら手伝えよ」と声をかけるのが、佐藤蛾次郎さん演じる床屋の店員・ライオン!

あ、源ちゃん!と観客が思うわけだが、それでいい。ここからおなじみ「寅さん一家」が続々と登場。どこかで見たような、ヴィジュアルで、下町人情狂騒曲が繰り広げられる。

床屋の親父は桜井センリさん、風呂屋の亭主はタコ社長・太宰久雄さん! そして兵藤先生が一目惚れするラーメン屋のお琴ちゃんは、倍賞千恵子さん! つまり、宍戸錠さんが寅さんの役割で、倍賞千恵子さんがマドンナにあたる。

寅さん映画に出てくる、恋愛青年の役割は、求古堂の裏手に住む、左官・安夫(森田健作)。安夫は両親が亡くなり、しっかり者の高校生の妹・友子(立花かおる)がいる。「男はつらいよ」シリーズのモチーフである「あにいもうと」の要素も!

さて、その安夫が恋するのは、渋谷のお屋敷のお嬢様・里子(榊原るみ)! 第7作『奮闘篇』(1971年)で寅さんの恋した花子ちゃんである。しかも、山本直純さんによる「里子のテーマ」は、第9作『柴又慕情』(1972年)の吉永小百合さんの「歌子のテーマ」のメロディ!

左官風情が、お嬢さんに恋しても実らないと知りつつ、安夫は里子をクルマに乗せて拉致同然で、四ツ谷に帰ってきて、町内は騒然とする。ここで「男はつらいよ」なら、若い二人のために、寅さんがひと肌脱ぐのだが、善造さん、頭を捻っても適任がいない。本作の主人公・兵藤先生が、懸命にアピールするも、無視されてしまうのがおかしい。

宍戸錠さんでは、役不足なのか? となったところで、安夫の亡父の弟・浅草の金之助叔父さんに頼もうということに。とにかく、引っ張る、引っ張る。そこで、真打ち登場と相成る。いやぁ、この映画、あくまでも「男はつらいよ」シリーズをお客さんが「知っている」「観ている」「好きである」ことを前提に作られているので、ここからは、ファンにとって最高の展開となる。

パロディではあるのだが、本家の山田洋次脚本、レギュラーメンバー、常連俳優が顔を揃えているので、これまた本物である。しかも音楽が山本直純さん!

さぁ、いよいよ、里子の家で話をつけてきた(筈の)浅草の叔父さん・金之助さんが登場! 求古堂の入口に入った瞬間、あのメロディーが流れ、場内はひと笑い。で、靴をぬいで座敷にはいったところで、メロディーの後半となる。

「男はつらいよ」のイントロを、金之助伯父さん=渥美清さんの登場音楽に使ってしまう! この贅沢!そこまでやる? いいの? とつい思ってしまうが、そういう映画だから、いいのである(笑)

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ここからは、渥美清さんの独壇場。飲むほどに、酔うほどに、饒舌になる金之助伯父さんが、渋谷の御屋敷でめちゃくちゃなことをしてきたことがわかる。ここで観客にとっても、渥美清さんにとっても、金之助 =寅さんになってしまうのだ!

山田洋次作品には出演しているが「男はつらいよ」シリーズには出演することのなかった加東大介さんと、渥美清さんのやりとり! 最初は、金之助を立てて、腰を低くしていた善造が次第に怒っていくのがおかしい。加東大介さんの戦争体験をもとにした原作・主演『南の島に雪が降る』(1961年・東京映画・久松静児)で、渥美清さんは(戦地だからわかるまいと)、エノケン一座の如月寛多のなりすまし兵隊を、コミカルに演じていた。それから13年後の共演は眺めているだけでも楽しい。

しかもテレビ版「男はつらいよ」でおばちゃんを演じていた杉山とく子さんが、茶の間で呆れ顔。求古堂のセットが、間取りも含めて、ほぼ「とらや」と同じなので、既視感が半端ではない。本作のセットは野村組の森田郷平さんが担当している。ちなみに「男はつらいよ」では佐藤公信さんが手がけていた。

渥美清さんの出番はこのシーンだけなのに、ゴジラ映画の「ゴジラ出現」ほどの強烈なインパクトがある! このシーンをも観るだけでも、かなりの満足感がある。

やがて雨降って地固まるで、安夫と里子の結婚式となる。結婚式の司会は、佐藤蛾次郎さんと『とめてくれるなおっ母さん』(1969年)で”ちょこちょいトリオ”を組んでいた大野しげひささん。スピーチのために登場するのは、60年代から山田組常連の穂積隆信さん!

ここからは、兵藤先生の失恋→傷心の旅立ちまで、予測可能の面白さ! たっぷり笑って、ああ、面白かった! お腹すいちゃった、何か食べよう。そんな喜劇映画。やはりすごいのは、山田洋次監督の師匠・野村芳太郎監督作品であること! キャメラは『砂の器』撮影中の川又昂さんであること。師匠が弟子の作品のパロディを堂々と撮ってしまったこと。

しかもDVD化されてないので、上映機会か、放映機会を待つしかできないのである。何はともあれ、渥美清さんのアリアだけで、ご飯三杯、いや一升はイケるのに!

よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。