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太陽にほえろ! 1974・第94話「裏切り」

この原稿は、事件の核心、物語の展開について詳述しております。ネタバレ部分もありますのでご注意ください。

第94話「裏切り」 (1974. 5.3 脚本・鎌田敏夫 監督・木下亮)

永井久美(青木英美)
高村八重(横山リエ)
飯野部長(宮川洋一)
下田元(山口嘉三)
文男(所雅樹)
みつ子(遠藤孝子)
菅原慎予
菊地正孝
河合良子

予告編
N「女が逃げる、影が追う、そして愛が・・・。男たちの仕組まれた罠の中で、女の叫びが響く」
ゴリさん「下田のところに行ったら、殺されるだけだぞ」「どうしてあんな男のことをそんなに信じるんだ!」
横山リエ「惚れた男を信じて、何が悪いのよ!」
ゴリさん「殺されてもか?」
横山リエ「惚れた男ぐらい信じなきゃ、生きてたってしょうがないよ」
N「次回「裏切り」にご期待ください」

 若松孝二監督『天使の恍惚』(1972年)などに出演していた横山リエさんがゲスト出演。愛する男に裏切られながらも、その愛を信じて、ひたすた逃亡を繰り返す女性の哀しさを好演している。見合い相手に二股かけられて、女性不信になっているゴリさん・石塚誠刑事と、横山リエさん演じる公金横領のヒロイン。罵り合いながらも、ゴリさんは彼女のひたむきさに、哀れを感じて懸命になる。鎌田敏夫さんの脚本は、ヒロインの哀しくも愚かな愛のドラマを描く一方、犯罪ドラマとしては、驚きの展開を見せてくれる。

 これが「太陽にほえろ!」初演出となり、後期までメイン監督の一人となる東宝の木下亮監督の映画的な演出は、実に斬新。パンフォーカスを多用したり、中盤のドラマを小田急ロマンスカーのロケ撮影で展開するなど、今までの「太陽〜」にはなかった映像が楽しめる。横山リエさんの女優としての魅力を最大限に活かして、この時期の佳作の一つとなった。

 木下亮監督は、東宝クレージー映画『クレージー作戦 先手必勝』(1963年・久松静児)、『クレージー作戦 くたばれ!無責任』(同年)の助監督を経て、日本テレビの人気ドラマの映画化『男嫌い』(1964年)でデビュー。三島由紀夫原作『肉体の学校』(1965年)など映像感覚に優れた作品を手がけている。フランス映画『赤い風船』(1956年)の色彩感覚に大きな影響を受けたと対談をしたときに伺った。

 鎌倉のスーパーマーケット。店内で女(横山リエ)が警官に追われいる。走る、走る、走る。江ノ電の音が聞こえるなか、店外へ。江ノ電の軌道を走る女、追う警官。江ノ島海岸バス停を走る女。右手には海岸が見える。全力疾走。やがて海岸への階段を降りて、砂浜を、走る、走る、走る。「待て!」警官の怒鳴り声。ロングショットが映画的である。二人の警官が女を取り押さえようとするが抵抗され、棍棒を振り回す警官。抵抗する女は警官の腕を噛む。やがて女は確保され、パトカーに連行される。木下亮監督の演出は、これまでの「太陽にほえろ!」とはテイストの違う、リアルなドキュメンタリー・タッチ。女が唾を宙に吐いたところで、七曲署のカットに。なぜ女は逃げたのか? 女は何者なのか? 謎めいた滑り出し。

 捜査第一係。ゴリさんが出勤してくる。冴えない顔をしている。様子がおかしい。ボス、殿下、ジーパン、ゴリさんの様子に??? ジーパン「また二日酔いでしょう?ゴリさん」。殿下「それとも振られたんですか?また」と笑って声をかける。「なに?」といきり立つゴリさん。「あんな女、こっちから振ってやるさ」。ボスも「どうしたんだゴリ?」。ジーパンが説明する。「いや、二股かけてたんですよ。ゴリさんと、なんか音楽やっているディレクターとね」「見合いの彼女か?」とボス。「ええ、ゴリさんの前では、結婚してもいい、と言っておきながらね、その、ちゃんともう一人男がいて、その男とゴリさんを、天秤にかけてたんですよ」とジーパン、やけに詳しい。

 「あら、そんなこと当然じゃない」とお茶を持ってきた久美。前回から、前髪を落としておでこを隠してイメージチェンジ。「だって、結婚というのは女にとって一生のことなのよ。他にも両天かけるのは当然でしょ」と極めてドライ。「そらそうだけどさ」とジーパン。「ひどいですよね、その女も」と殿下に同意を求める。「だいたい、ゴリさんの思いやりと、優しさがわかんない女は、女じゃないですよ」と懸命にフォローをする。「男はつらいよ」で振られた寅さんを、みんなで気遣うシーンみたいでおかしい。ゴリさんは寅さんのように意気消沈している。

 そこへ「あ、殿下、仕事だ」とボス。神奈川県の江ノ崎署に、万引きで捕まった女が「例の中光産業の売上金を誤魔化して2億五千万円持ち逃げした女らしいんだ」「2億5000万円持ち逃げした女が万引きで捕まったんですか?」と久美は驚いている。「男にでも吸い上げられたんだろう。下着を万引きして捕まったんだ」「え?下着」とオーバーなリアクションをするジーパン。ボスはゴリさんに「殿下と一緒に行って、のんびり海でも見てこい」。優しいね。ボスなりの傷心のゴリさんへの気遣い。

小田急新宿駅。ロマンスカーに乗り込むゴリさんと殿下。

「たまにはこういう仕事もいいね、隣に座っているのがゴリさんじゃなきゃもっといいのに」と殿下。「あ〜あ、アベックばっかりだなぁ」。殿下は最愛の恋人を亡くしたばかりなのに、明るくゴリさんを励まそうとしている。しかしブスッとしたままのゴリさん。「ゴールデンウィークだからな。ゴリさん、あそこに座った女性、なかなか美人ですよ。あーあ、あんな変な男と一緒で、もったいないなぁ。ほらほらゴリさん見てご覧よ、なかなかカワイ子ちゃんですよ」。車窓を眺めて無言だったゴリさんが重い口を開く。「女なんてのはな殿下、可愛い顔をしていても、何考えてるか、わかりゃしないよ」と目を瞑る。疾走するロマンスカー。僕らの子供の頃、ロマンスカーで箱根や江ノ島に行くのは特別なことで、晴れがましい旅行気分になったものだ。

 捜査第一係。長さんとボスが打ち合わせをしている。そこへ山さんが入ってきて「タレコミ屋が変な情報を持ってきたんですがね。2億五千万の遣い込みの起こった中光産業、あそこに下田元が食いついている、って言うんですよ」「下田元?」と長さん。「前科のあるブラックメール屋ですよ、掃き溜めを嗅ぎ回って、恐喝専門で生きている男ですよ」「中光産業に何か匂うことでもあるのか?」とボス。下田が食らい付いている以上、相当に匂うことがあるのだろう。長さん「それと女事務員の使い込みを関係あるのかい?山さん?」そこまではわからない・・・。

 江の崎警察署。担当の警官が万引き犯・高村八重(横山リエ)を連れてきて、ゴリさんと殿下に引き渡す。「駅までパトカーでお送りします。(八重に)おい、大人しく行くんだぞ」。八重は「フン」と鼻で笑って、殿下に顔を近づけて「どっちにしようかな?」「何が?」「犯人を護送するときは手錠で刑事さんに繋がれて行くんでしょ?どっちにしようか迷ってんのよ、お手手を繋ぐ相手ぐらい、私に決めさせてよね」とゴリさんの首に両手を絡めて甘えるしぐさ。ゴリさん怒りの表情で、八重の手をつかんで、連行する。「そんな乱暴しないでよ!あーん、やだ!」と叫ぶ八重の首根っこを、ゴリさんガシッと掴んで、乱暴に外階段を降り、パトカーへ。「髪の毛が痛いんじゃないのよ!」。

 横山リエさんは、劇団青俳研究所から、大島渚監督『新宿泥棒日記』(1969年)で主演デビュー。和田嘉訓監督『銭ゲバ』(1970年)、東陽一監督『やさしいにっぽん人』(1971年)などの作品に出演。若松孝二監督『天使の恍惚』(1972年)で爆弾テロリスト・金曜日を、失踪した安田南の代役で演じて、高い評価を受けた。テレビでも「帰ってきたウルトラマン」第23話「暗黒怪獣 星を吐け!」(1971年)で、謎めいた女を演じている。

 パトカーに押し込められ「バカ!」と叫ぶ八重。ロングショットでその様子を捉えたキャメラはATG的というか、テレビ映画らしくない。ゴリさんが助手席に乗ったタイミングで、八重は後部座席のドアを開けて、逃走する。「バカヤロー」と追いかけてきたゴリさんにすぐ捕まり、ここで殿下がようやく手錠をかける。

 国道1号線を走るパトカー。後部座席で、殿下、ゴリさんに挟まれる形の八重。ゴリさんの顔をチラリと見て、「あ、あ、痛い痛い痛い。お腹が痛いのよ、クルマ止めて」と心配する殿下に甘えるように言う。「車止めてください」と殿下。しかし「いや、構わないから行ってください」とゴリさん。「出鱈目だよ殿下、女の言うことなんか、信用できるかい」。そこで八重「フン!この人わりかし言うじゃない!女の言うことなんて信用できるか?だってさ。あんた、彼女にでも裏切られたの?」痛いところをついてくる。無視をするゴリさんに「あーら、図星?」「うるせえ!黙ってろ!」。

 捜査第一係。ジーパンと一緒に戻ってきた山さんに、ボス「タレコミ屋の情報は出鱈目じゃなかったらしいな?」と写真を見せる。「使い込みの高村八重と大阪のアパートで同棲していた男のモンタージュ写真だ」「下田元そっくりじゃないですか?」。ボスのデスクをジーパンなめで撮影しているがこのアングルは初めて。木下亮監督の意気込みを感じる。手前でジーパンは、お茶を飲みながら二人の会話を聴いている。どちらにもピントが合っている。オーソン・ウェルズが『市民ケーン』(1940年)で多用したパンフォーカスの手法である。

「高村八重と下田元がグルだってことですか?」と山さん。「ああ、らしいな」。ジーパン「しかし高村八重は、中光産業から訴えられている、遣い込みの犯人でしょう? 数億円という金を遣い込んでおきながら、その上、まだ会社を恐喝しますかね?」と疑問を呈する。

 小田急線の江ノ島駅。スポーツ紙を広げている男。先程のモンタージュの下田元(山口嘉三)である。そこへ八重を護送してきたパトカーが到着。下田の背中越しに、外の様子をキャメラが捉えるが、小田急江ノ島駅の「竜宮城」のような特徴的な建物のアーチが写っている。ここでも盗み撮りみたいな雰囲気でリアルなショットが続く。

 結局、殿下と手錠で繋がって歩く八重。その左側にゴリさん。視聴者は下田ゲンの目線で、その様子を見ている。新聞越しに八重に目線を送る下田、「あなた・・・」という顔で見つめる八重。それに気づかずに殿下とゴリさんはホームへ。

 ロマンスカー。自分の座席の少し先に、下田が座るのを確認する八重。少し嬉しそうな顔をしている。殿下に「ねえ、ねえったら?」「なんだい?」「あんたいい男だね、刑事にしておくのもったいないくらい」。その前の座席のゴリさん、憮然とその会話を聞いている。「ね、あたしとロマンスしようか?」「ロマンス?」「だってこれ、ロマンスカーでしょ?」「バカ」と呆れる殿下。八重は、前の座席のゴリさんに「ね、あんたどう?ね、そんな怖い顔しないでさ、女の子に振られたなら、あたしが慰めてあげるわよ」とゴリさんの鼻をつまむ。

「何かあったのか?」とゴリさん。「どうしてそんなに急にはしゃぐんだ?」「別に、はしゃいでなんかいないわよ」と憮然と座席につく八重。

 そのとき、下田が席を立ちトイレへ。じっと見ている八重。何か考えていたゴリさんが振り向いて、八重に「そのセーター、幾らした? 対して高そうにも見えないな」「悪かったわね」「何千万もの金、何に使ったんだ? 男に吸い上げられたか?」「男なんかいないわよ!」。

 そのセリフのタイミングで、トイレから下田が出てくる。展望車の方に歩き出す。八重は殿下に甘えるように「ねえ、おトイレに行かせて!おしっこがしただけなのよ、ね、我慢しろ!っていうの?」。手錠を外そうとする殿下に「だめだ殿下!」と強い語気のゴリさん。「こいつはさっきから逃げることばかり考えているんだ」「あたしはね、おしっこがしたいだけなのよ!」「しょうがない、一緒に行こう」と殿下が立ち上がって、トイレの前で手錠を外す。「それじゃどうも」と中へ入る八重。

 トイレの洗面台に、金具が置いてある。下田が残したものだ。それで右手の手錠を外す八重。金具を胸にしまって、再び手錠をした八重は殿下と一緒に席へ。ゴリさんは八重の手錠を強引に確認する。「そこまで疑うことないよゴリさん」「彼女に振られて、よっぽど疑い深くなっているのよ、あちら」「その話はもうよせよ」と殿下。「新宿まであとどのくらい?」と八重。「40分ぐらいかな」。ゴリさん憮然としたまま。「眠ってもいい?」「ああ」「優しいのね、こちら、あちらと違って」。殿下の肩に頭を乗せて目を瞑る八重。

走るロマンスカー「えのしま」。

寝たふりをしながら、コートの下で手錠の鍵を金具で外している八重。カチャッ。鍵は外れた。

 新原町田駅(現在の町田駅)のホームに到着。下田は立ち上がり、八重に目線を送って、網棚のバックを取り、ゆっくりと八重の席の方に歩いてくる。そのタイミングで八重が逃げ出す。「ゴリさん!」「お!」慌てて追いかけるが、現車の人の波に紛れて、八重は車外へ。下田が通路にバッグを置いて、ゴリさん、それにつまづいてしまう。改札口へ猛ダッシュの八重。慌てて追いかけるゴリさんと殿下。

 疾走する八重。『天使の恍惚』の金曜日のイメージとダブる。横山リエさんの走りっぷりが見事。ゴリさん、殿下も本気で追いかけてきて、跨線橋の階段のところで八重を取り押さえる。「助けて!人殺し」と声の限りに叫ぶ八重に手錠をかけるゴリさん。「うるせえ! 殿下、これでも手錠をかけちゃいけないのか? 女ってのはな、かわいい顔をしていても何考えているかわからないんだよ!」と八重の顔を鷲掴みにして怒っている。「バカヤロー」と怒りがおさまらないゴリさん。

 改良工事中の原町田駅に向かって雑踏を歩いていく。それを向かいからじっと見ている下田。ちなみに「原町田駅」が「町田駅」に改称されるのは、2年後の1976年のこと。

下田は電話ボックスに入り、どこかへ電話をかける。

 中光産業本社ビル。「高村八重から、私どもへ恐喝?馬鹿な。我々は被害者ですよ。それなのに、どうして奴らから恐喝されなきゃいけないんです」。山さんの質問に憤っている飯野部長(宮川洋一)。「部長さん、奴らって言うのは、どういうことですか?」と山さん。「高村八重の他に誰か共犯者がいると言うことですか?」「いやいや、単なることばのアヤですよ」と懸命に否定する飯野部長。

 ジーパンは手前でカメラの方に身体を向けて、下田のモンタージュを手に、二人の会話を聞いている。捜査一係のショットと同じ、パンフォーカスで撮影。

 飯野部長は続ける。「どうせあんなことをする女なんだから、影に男がいるのに決まってる」。ジーパンは、振り向いて、ソファーに座っている飯野部長に「この男をご存知でしょう?」「知らんね」「もっとよく見てくださいよ」と山さん。「あなたの言う、奴ら、ですよ」「知らんね、こんな男とも会ったことはないね」と惚ける飯野部長。「飯野さん、あなた、銀座で女にクラブをやらしてますね」とジーパン。「ん?」「山田カナコって女ですよ、ほら、最近、銀座で派手にオープンしたクラブ・マリーナの持ち主です」とジーパン。「ふふふ、そんな女のことは私は知らんね」「しかし、我々の調べでは、その女のスポンサーはあなたしかいないんですがね」。

 ジーパンも山さんも、かなりダーティな感じ。総会屋みたいな感じで企業に乗り込んできている。これも木下亮演出によるもの。清濁合わせ呑むというか、実録やくざ映画みたいな感じで、これも良い。

 飯野部長「知らん」「これは我々の推理ですがね、高村八重の売上金のごまかしは、二億五千万もなかったんじゃないんですか?たとえ女の陰に男がいたとしても、二億五千万円もの金を、一年や二年で使い果たすとは考えられない」と山さん。ジーパン「飯野さん、高村八重は、下着を万引きしようとして捕まったんですよ」「それと私が何の関係があるんだね、君?」「売上金の誤魔化しに上乗せして発表したのは、あなたじゃないんですか?飯野さん」と斬り込む山さん。「君たちは、何の証拠があって、そんなことを言うんだね?」。

「いずれ、高村八重を取り調べればわかることですがね、その前に正直に仰っていただければ、我々も助かるんですがな」「知らん!私は何も知らん! いいかね、君たち、私に濡れ衣を着せるんならね、それなりの証拠を持ってきたまえ、証拠を!」と語気を荒げる。

飯野部長を演じた宮川洋一さんは、洋画の吹き替えでも活躍していた役者さんで『史上最大の作戦』のロバート・ミッチャムや『十二人の怒れる男』のリー・J・コッブなど数多く多くの作品のアテレコをしている。「ウルトラセブン」のマナべ参謀役として、僕らの世代にはお馴染み。「太陽にほえろ!」では本作から計6話出演することになる。

第94話「裏切り」(1974年) - 飯野部長(中光産業)
第134話「正義」(1975年) - 加藤
第186話「復讐」(1976年) - 弁護士
第418話「ルポライター」(1980年) - 大丸工務店社長
第469話「東京・鹿児島・大捜査線」・第470話「鹿児島・東京・大捜査線」(1981年) - 鹿児島県警捜査本部長
第549話「ボギーとマミー」(1983年)- 村田刑事(松川署)

 小田急線・原町田駅ホーム。電話をかけてきた殿下「ボスにどやされたよ、大事な証人なんだから、しっかりと護送して来い!って。この女、ただの遣い込み犯じゃないらしいよ」。ホームにロマンスカーが入ってくる。

 ロマンスカー。今度は四人がけの向かい合わせの席。殿下「お前の男がわかったそうだ」「男なんかいないわよ」「下田元、そうだろ?」「下田元?」とゴリさん。「いわゆる恐喝屋だよ」と殿下が説明する。「元はそんな人じゃないわ!」「お前は騙されてんだよ」とゴリさん。「違うわよ」とキレかかっている八重。「元は私が病気で死にそうになった時に、つきっきりで看病してくれたもん!」「それがな、奴の手さ」とゴリさん。「どうしてそんなに元のことを汚く言うのよ! 元は私のことを愛してくれているもん!愛してるから、さっきだってちゃんと逃そうとしてくれた・・・あ!」と慌てて口に手を当てる八重。言っちゃった!横山リエさん、なかなかチャーミング!

「ゴリさん、さっきの男、出口でボストンバッグを落とした男!」「そういうわけか、そういうことだったのか」「そうよ、元は私一人を刑務所に行かすようなことはしないと、言ってくれたもん。だから助けにきたのよ!愛し合ってんのよ、あたしだって元だって!」ゴリさんの鼻先で叫ぶ。ゴリさん、思わず手で顔を払い除ける。

ロマンスカーは新宿に向かって走る。

 お弁当を食べているカップル。文男(所雅樹)が前方を見て、箸を止めて立ち上がり、歩いてきて殿下に「お願いがあるんですけど」「なんだい?」「僕たち、今日、結婚したんです」「結婚?」「新婚旅行の帰りなんです」「新婚旅行?江ノ島へ?」「ええ、日帰りの新婚旅行ですよ、僕たち若いし、親にも反対されているんで、金もないんです。だから二人で、誰もいない海で、二人だけで結婚しようと思ったんです」「へえ、いいわね二人だけの結婚式だなんて!」と八重。「ええ、でも誰も祝ってくれる人がいないのは、やっぱり何だか寂しくて、誰かに言いたかったんです。たった今、結婚式を挙げたところだって。すいません。押し付けがましくって」。じっと聞いていたゴリさん「いや、いいんだよ、そうか、羨ましいな、そんな式を挙げられるなんて」「あのう、こっちへ来ていいですか?」「ああ、いいよ、いいよ、空いてるから」とゴリさん。

 新妻・みつ子(遠藤孝子)もやってくる。「あたしたち、お弁当を持ってきたんです。でも何だか胸がいっぱいで食べられなくて、今頃食べてるんです。よかったら、一緒に食べてください」。新郎・文男は「寂しいんです。やっぱり二人だけの披露宴なんて。そのうちに、田舎でちゃんとした結婚式をするつもりです」。

 みつ子が殿下の隣に座り、お重を開ける。「うわぁ、きれい!」と歓声を上げる八重。文夫は「みつ子が昨夜、朝方までかかって作ってきたんです」。食べようとする八重に殿下「よせよ!」「どうしてよ」。文男は「大丈夫ですよ、僕が河岸勤めていますから、新鮮な材料ばっかりなんですよ」。殿下は「悪いけど、いいんです」と断る。文夫、残念そうに「やっぱりダメですか?」「そりゃそうよ文男さん、見ず知らずの人にお祝い押し付けるなんて」「そうだな、すいません」と頭を下げる文男。

 少し考えてゴリさん。「いえいえ、いいんです。いただきます!ちょうど腹減っていたんです。(殿下に)いいじゃないか。いい結婚式じゃないか」と笑顔で「俺たちで祝ってあげようよ。いただきます!」。ゴリさんさ早速つまむ。八重も「あたしもお腹空いてたんだ、この人たちケチだから、何にも食べさせてくれないんだもん!おめでとうございます」とおかずをつまむ。殿下は「俺、今、欲しくないんだ、わるいけど」と固辞する。

「すいません無理言って、でも美味しいでしょう。こいつ料理の腕抜群なんです。そこに惚れちまったんです」「おいおいおい、惚気話聞かせるつつもりか」と笑顔でタコ・ウインナーを頬張るゴリさん。「惚気るだけ合っておしいわよ」と八重。「うん、うまい」。食いしん坊のゴリさんご満悦である。しかし、殿下は、何か違和感を感じているのか苦い顔をしている。

文男を演じた所雅樹さんは、この年の秋「スーパーロボット マッハバロン」(1974年・NTV)で、敵のスーカン海軍参謀を演じることになる。「太陽にほえろ!」には、第18話「つかみそこねた夢」(1972年)に出演している。みつ子役の遠藤孝子さんは、「非情のライセンス」「特別機動捜査隊」(NET)や「Gメン'75」(TBS)などの刑事ドラマに、よく脇役で出演していた。

 小田急・新宿駅。ホームの階段を降りる殿下、手錠で繋がれた八重とゴリさん、「ちょっと待て」と急にお腹を押さえてうずくまる。八重も苦しそうだ。「ゴリさん!ゴリさん!」。苦しそうなゴリさんと八重。

 捜査第一係。ボスと殿下が何かを待っている。ボスの机を斜めから見下ろすようなアングル。これも初めてのショット。ドアが開く音。長さんが戻ってくる。久美が駆け寄る。「ゴリさんの容態は?」。長さん「身体の頑丈なゴリさんは峠を越したんですが、八重の方は、まだなんとも・・・」「そうか」とボス。そこへジーパン「ボス!鑑識の話によりますとね、弁当の中に入っていたのは、おそらく強力なサルモネラ菌ではないかと言ってます」「サルモネラ菌?」とボス。山さん振り返って近づいてくる。「しかし、奴らも同じもんを食べてるんですからね、だからゴリさんも安心して」と殿下。「いや、いろんなものが入っていた弁当だ、菌が入っているもの、入っていないもの、奴らにはわかっていたんだ」とボス。

山さん「あの列車はすぐに清掃して、折り返し運転しています。車内に慰留品は何もありません」
ボス「サルモネラ菌を持ち出せるってことは、男女のうち何かが、病院か研究所に関係しているってわけだ。よし、その線、洗ってみよう」

 今回のセット撮影のカメラアングル、なかなか新鮮である。ボスのデスクの電話が鳴り、久美が出る。「ゴリさんが病院で、ボスに会いたいって言ってます」。

 警察病院のベッド。ゴリさん、苦しそうに唸っている。ボスと殿下が入ってくる。「大丈夫か?ゴリさん」と殿下。「殿下、俺も甘いな、すぐ人にのせられて、くそ!」と起きあがろうとするゴリさんに、ボス「おいゴリ、安静にしてなきゃだめだ、ほら」「今、思い出したんですよ、奴らのこと、男の指に青いインクが染み付いていました。印刷関係です。あれは何年か印刷の仕事をした男の指です」「よしわかった、すぐ調べる」「高村八重は大丈夫ですか?」「ああ、まだわからん」。無念の表情のゴリさん。ボスに謝る。「すいません。大事な証人を、俺がすぐ人を信じるもんだから、もう二度と人を信じるまいと思ったばかりなのに!すぐに人を信じて(涙声)」「おまえ、喋るな、ゴリ。安静にしてりゃ、すぐに治る」「すいませんボス、すいません、くそ!くそ!」黙って頷くボス。

株式会社松廣印刷所へ長さんが聞き込みに入る。
街の労災指定病院へ殿下が聞き込みに入る。看護婦にサルモネラ菌について聞いている。
ジーパンも印刷所から出てくる。
山さん、駒ヶ嶺病院から出てくる。ここは第82話「最後の標的」で北村和夫さんが通っていた病院である。

病院のベッドでゴリさん。八重のことを考えている。パトカーから逃げ出した八重。ロマンスカーでゴリさんの鼻を摘んだ八重。原町田駅から逃げ出した八重・・・。

地道な捜査を続ける長さん。
上野駅前を歩く殿下。
住宅街を歩く山さん。
渋谷駅前の歩道橋を歩くジーパン。

 警察病院。ゴリさんがベッドで考えている。起きあがろうとしたところで看護婦「まだ起きちゃいけませんよ」「高村八重の病室はどこですか?教えてください。様子が知りたいんだ。もし、死んだりしたら・・・教えてくれ、頼む」とベッドから降りる。

 八重の病室。ゴリさんが看護婦と入ってくる。「どうなんですか?容態は?」「大丈夫ですから、お休みになっていてください。石塚さん」「寝てられないんだよ。俺が、俺が軽々しく人を信じたばかりに、大事な犯人を殺すとこだったんだ。ここにいさしてくれ」。祈るような気持ちで、八重の枕元に座るゴリさん。

 ジーパン、中目黒のとある印刷所へ。工場の女子事務員にモンタージュ写真を見せて話を聞く。「知ってるんですか?」。そこへ文男が偶然、やってくる。ジーパンを見て逃げ出す文男。ジーパン、走って追いかける。

 逃げる文男、追うジーパン。後ろには、営団地下鉄日比谷線から東急線に乗り入れをしている桜木町行きの列車。中目黒駅、高架下を逃げる文男、ジーパンが追いつめる。文男を殴るジーパン。

 国鉄上野駅。タクシーから殿下と長さんが降りて構内へ。改札口脇のキオスクへ向かう二人の刑事。「文男は来ないよ」と殿下が、みつ子(遠藤孝子)に声をかけ、律子を逮捕する。

七曲署・取調室A。ボスと殿下が取り調べている。
文男「引き受けたのは俺じゃないよ!みつ子だよ、みつ子が下田にそそのかされて引き受けてきたんだよ。やろうと言い出したのも、みつ子の方だよ」。

取調室B。こちらはジーパンと長さん。
みつ子「やろうと言い出したのは文男さんよ、お金に目が眩んで、私を引き摺り込んだのよ、私は文男さんに唆されて、ついて行っただけよ」
ジーパン「おい、お前ら、恋人同士じゃないのか?え?」
長さん「文男は君に唆されたって言ってるよ」。

取調室A
文男「サルモネラ菌を持ち出したのもみつ子だよ。あの菌なら、絶対食べてすぐに苦しまないから、大丈夫、ってみつ子が言ったんだよ!」
殿下「お前たちみたいな恋人同士が、よくもあんな嘘をついたもんだな!二人で結婚式を挙げた、だなんて」
文男「今時、あんなことを信用する方がバカなんだよ!甘いんだよ!刑事なのに、あんな嘘を信用するなんて、バカにもほどがあるんだよ!」
殿下「偉そうなこと言うな」激昂して文男の胸ぐらを掴む殿下。ボスが「殿下!」と制止する。

八重の病室。ゴリさんが窓の外を見ている。ゆっくりと目を開ける八重。峠を越えたようだ。ゆっくりとゴリさんの方向を向いて、微笑む「元!きてくれたのね、元!」。ゴリさんが振り向いて、枕元に座る。「俺だよ、わかるか!」。そっぽをむく八重。「よかったよ、気がついて。もう大丈夫だ」と安堵の表情。

 そこへボスと殿下が入ってくる。「ボス!」「ゴリさん寝てなきゃダメじゃないか」と殿下。「いや、俺はもう大丈夫だよ」。看護婦は「そばにいても仕方がないと申し上げたんですよ」「俺の責任ですからね、大丈夫だとわかるまで、寝てられないんです」。ボスはゆっくりと八重に近づいて「下田元の居所を教えてくれないか?」「知らないわよ」「君を殺そうとしたのは下田なんだぞ」と殿下。「え?」と信じられない八重。ゴリさんの驚いた顔。ボス「電車の若い男女は捕まったんだ。二人ともそう言ってた」「嘘よ、そんなこと」「下田はどうして八重を殺そうとするんですか?」とゴリさん。

ボス「中光産業の飯野部長を恐喝したのは下田だ。飯野は自分の遣い込みを、この女の遣い込みの上に上乗せして、誤魔化そうとした。遣い込み額の発表が大きすぎるのに気づいて、下田は飯野を恐喝したんだ。ところが、逆に丸め込まれて、この女を殺そうとしたんだ。その方がおそらく金になったんだろう。飯野の言う通り、この女を殺せば、中光産業に食らい付いて、金には一生困らない」。黙って聞いている八重の悲しそうな表情。

殿下「君があの万引きで捕まらなかったら、今頃は下田に殺されていたよ」「嘘よ、元はそんな人じゃないわ、元は私のことを愛してくれているもん。愛してるから逃がそうとしたんじゃない!」「君を逃がそうとしたのは、おそらく殺すためだ」とボス。「嘘よ、あんたたちはそんな嘘を私に吹き込んで、何もかも白状させようとしているんだわ。それがあんたたちの手なのよ!」「君がどう思おうとそれは自由だ。しかし、今言ったことは我々の作り話じゃない」

夜、病室のベッドから抜け出し、窓から逃げようとする八重。「その窓は開かないよ」とゴリさんの声。ベッドに戻る八重。ゴリさん「逃げてどこへ行くんだ。下田のところに行ったら、殺されるだけだぞ」「そんな話、あたしが信じると思ってるの?」「どうしてあんな男のことを、そんなに信じるんだ?」「惚れた男を信じて、何が悪いのよ!」「殺されてもか?」「・・・」。

「どこまでバカなんだよ、お前は!」
「バカだっていいじゃないか、惚れた男ぐらい信じなきゃ、生きてたってしょうがないよ」
「・・・」

そこへ看護婦が「お風呂よ、お風呂へ入ってさっぱりしたら、ちゃんと取調べ受けるのよ」。

悲しい顔の八重。
寂しい顔のゴリさん。

八重は婦人警官と看護婦に付き添われて取調べへ。しかし八重は階段の踊り場で婦人警官を突き飛ばし、逃げ出す。窓から飛び降りて、隣の病棟の屋上へ転げ、足を引きずりながら外階段を降りる。

ゴリさん「逃げた?」。走って階段を降りて八重を探すゴリさん。夜の街、ゴリさんは走る、走る、走る。行き交う車のヘッドライト。 

 捜査第一係。「ようしわかった。全パトカーに指令だ。高村八重が病院から逃走した」とボス。すぐにジーパンが動く。

走るパトカー。走るパトカー。ビルの陰に隠れている八重。パトカーをやり過ごして、どこかへ向かう。

八重を見失い、立ち尽くすゴリさん。「バカヤロー」と呟く。

 下田元のマンション。ドアを叩く音。窓の外の様子を見てからゆっくりと玄関へ向かう。「誰だ?」「あたしよ、元、あたし。逃げてきたのよ。開けて」ドアを開ける下田。「元!」すがるような八重の表情。「八重か?」「そうよ」チェーンロックを解除。部屋に駆け込む八重。

「逃げてくると思ってた、お前はきっと俺のところへ逃げてくると思ってた。待ってたんだよ、八重、待ってたんだ」。その言葉に感激した八重、下田に飛びつく。抱き合い、満たされた顔の八重。下田はサイドテーブルに置いてあるベルトを凝視する。

 捜査第一係。電話が鳴る。ジーパンが出る。「矢追鉄橋の下で、女の絞殺体が転がっていたそうです」。ゴリさんボスのデスクに駆け寄り「ボス!」うなづくボス。

 ゴリさん、殿下、ボスが矢追町の鉄橋の下へ。現場検証をしている捜査員たち。遺体はやはり、八重だった。言葉を失うゴリさん。ボスが近づく。ゴリさん遺体の前にしゃがみ込み、無念の表情。

 ジーパンがかけてくる。「ボス、多摩川街道の検問で、下田らしい男が乗った車が発見されたそうです。なお、いまだクルマは逃走中です」。それを聞いたゴリさん、立ち上がり、覆面パトカーへ走る。殿下も助手席に乗り、発進!

スピードを上げる車の主観ショットに、ゆっくりとピアノのスロバーラードで「太陽にほえろ!」のテーマが流れる。

「ゴリさん」
「あの女は、下田に殺されるのを覚悟で逢いに行ったんだ。惚れた男を信じたかったんだよ」

 クルマは鉄道の工事現場へ。すでに山さんと長さんがきていて、パトカーが停まっている。「下田はどこですか?」とゴリさん。「あの奥だ」と山さんが指差す方向へ、ゴリさんは全速力で走る。拳銃の発砲音!「下田!」ゴリさんが叫ぶ。下田の銃口はゴリさんを狙って、また発砲!「あのクソやろう!」ゴリさんが駆け出す。発砲しながら逃げる下田。追うゴリさん。

 工事中の線路に駆け上がり、必死に走る下田。ゴリさん猛ダッシュで追いかける。遠くに作業をしている男たちの姿が見える。駅の工事現場、下田は階段の上からゴリさんに向けて発砲!しかし、不撓不屈のゴリさん、果敢にも下田に飛びかかる!強烈なパンチを喰らわすゴリさん。全ての怒りを下田にぶつける。「勘弁してくれよ!」と叫ぶ下田。それでもゴリさんの鉄拳は飛ぶ! 殿下と長さんが駆けつける。ゴリさんは下田の首を絞めつける。死んだ八重への無念さだろう。「ゴリさんやめろ!」と長さんが引き剥がし、殿下が下田に手錠をかける。

 ボスとジーパン、現場へ。下田は長さんと山さんが署へ連行。ボス「大丈夫か?ゴリ」「大丈夫ですよ」「もう少しで死ぬところですよ、ゴリさん」と殿下。「あんな奴に殺されてたまるか!あんな人を裏切ってばかりの奴に」「さ、行こうか?」「どこへ?」「病院だよ、俺がついていってやる」と殿下。「このぐらいの傷、大したことないよ」「行ってこい」とボス。

「ゴリ、少し、女の見方、変わったか?」
「ええ、そのう、なんちゅうか、女ってのはそのう・・・もういっぺん会ってみようかなと思っって」
「見合いの彼女にか?」
「え?・・・殿下、病院行こうか」

ニヤリと笑う殿下。微笑むボスは一言「会ってこい!」とゴリさんに声をかけ、ハイチャ・ポーズ!


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