見出し画像

『喜劇駅前医院』(1965年・佐伯幸三)

「駅前シリーズ」第10作!

 シリーズ第10作は、昭和40(1965)年1月15日封切り。併映は、なんとフランク・シナトラ監督、円谷英二特技監督の日米合作『勇者のみ』。東京映画とシナトラ・エンタープライズの合作で、鳴り物入りで公開された。さて『喜劇駅前医院』は、小田急線と南武線が乗り入れている登戸駅前で古くから町医者として親しまれている森田医院が舞台。

 第一作『駅前旅館』の原作者・井伏鱒二の「本日休診」の昭和27(1952)年以来のリメイク。シナリオもオリジナルの齋藤良輔脚本をベースに、「駅前」を手掛けてきた長瀬喜伴が加筆。なので、いつもの狂想曲的な「駅前」ではなく、原点回帰の文芸映画調になっている。
 
 渋谷実の『本日休診』(1952年・松竹)は、三雲医院の大先生・三雲八春(柳永二郎)お人好しの松木巡査(十朱久雄)たちが織りなす人情噺。大先生は医院の経営を甥・伍助(増田順二)に譲り、悠々自適を気取っていた。ある日、伍助先生が戦後再出発一年を記念して、看護婦たちを連れて温泉へ。「本日休診」と、のんびり過ごそうとしていたら、次々と厄介な患者たちがやってきて・・・ という話。

   徳之助(森繁)が森田医院の徳之助、伴野孫作(伴淳)が巡査。フランキーさんの坂井次郎は、鶴田浩二が演じたチンピラ・加吉の役。オリジナルで、鶴田浩二の情婦・お松(本作では染子・池内順子さん)を演じていた淡島千景は、旅館の女将・景子の役。もちろん「駅前」なので、三木のり平も伊豆の旅館のお調子者の番頭・三平で、細かいくすぐりの数々で笑わせてくれる。そうそう、大先生の甥っ子・伍助先生には、これがシリーズ三度目となる佐原健二。

 一つ一つの挿話は、「駅前」流にアレンジしているが、オリジナル『本日休診』を踏襲している。前作『駅前天神』同様、本歌取りの楽しさにあふれている。おかしいのは、フランキーさんが演じているチンピラ、森の石松を信望して、昔気質のヤクザを気取っているが、関東砂利沢組の親分は左卜全さんなので推して知るべし。指を詰めてくれと、森田医院にやって来るシークエンス。「男が立たない」「筋を通す」なんて強気だが、臆病この上ない。鶴田浩二と見比べるのも映画ファンの楽しみ。とにかくやたら「男の筋を通す」と血の気が多い。

 森繁が写真裁断機を持ってくると「これで切るの?」とビビり、デモンストレーションで赤鉛筆を目の前で裁断されて、もうダメになってしまう。その挙句「昔は、指を詰めずに、髪の毛を坊主にしたもんだ」とテキトーなことを言われて、森の石松先生も刈ったならと散髪に行く。染子の兄・竹三(山茶花究)と次郎の珍妙なやり取りを見ていると、もしも川島雄三が『駅前医院』を撮っていたら、もっと面白くなるのに、と無い物ねだりをしてしまう。

 次郎が坊主頭にすると、巨大な五円ハゲが露呈。山茶花究さんに散々からかわれるが、その夜、次郎の母で産婆・おまさ(沢村貞子)に「幼い頃、私が落とさなければ」と悔やむ。とにかく、ギャグを引っ張る。これぞアチャラカの味。

 「社長」「駅前」シリーズを数多く手掛けている松井八郎が、今回も音楽を担当。劇中、森繁が、坂本九の「幸せなら手をたたこう」を随所で歌うが、タイトルバックに流れるテーマも「幸せなら手をたたこう」のアレンジ。歌のゲストは、伊豆の温泉芸者・豆千代(中尾ミエ)。また伴淳さんが「上を向いて歩こう」を歌うと、アレンジB G Mが流れる。

 のり平が、森田医院の手伝いにきて「お手伝いしましょう」と白衣を着ようとする。「何してんだ君」「私、一度、この白衣を着て、産婦人科の真似事をしたかったんです」とワルノリ。診察室で森繁先生が人体図を指して「これが大脳、小脳」と説明すると「低脳ってのはどこですか?」「私は蓄膿で」(笑)。森繁先生が往診に行くというと、白衣を手に「店番は私が・・・」とあくまでも産婦人科の真似事をしたがる。

 で、とうとう患者のストリッパー、ピンキー・マリ(芳村真理)がやってくる。白衣を着て張り切ったのり平さん、診察室で「ちょっとだけ拝見」。もう医師法違反である。このシークエンスがとにかくおかしい。続いて、次の患者(山東昭子)がやってきて「あ!伊豆旅館の番頭さん!」と正体がバレる。そこへ森繁先生帰ってきて「白衣なんか着て何しとる!」「いや、ほんの真似事」(笑)とにかく、三木のり平最高!

 この本歌取り路線。『駅前天神』の「婦系図」、「本日休診」の本作、そして次作『喜劇 駅前金融』の「金色夜叉」へと続く。「社長」シリーズとともに、「駅前」シリーズは、昭和40年代、斜陽の映画界で、「若大将」「クレージー映画」ともに東宝プログラムピクチャーの安定路線として連作されていく。
 

よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。