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日本最後のプログラムピクチャー「釣りバカ日誌」シリーズ

 映画黄金時代。邦画各社は週代わり二本立て興行を実施。そのほとんどが、肩の凝らない娯楽映画ばかり。日活は小林旭の「渡り鳥」に代表される活劇、東宝は「社長」「駅前」「若大将」「クレージー映画」などの明朗喜劇、大映は「座頭市」「眠狂四郎」などの時代劇、東映は時代劇から任侠映画と、ヒットシリーズを抱えていた。そのいずれもが「変わらないこと」が身上の「大いなるワンパターン」が最大の魅力。

 そうした興行のための番組、プログラムピクチャーは、1970年代、映画斜陽と共に衰退。辛うじて日活ロマンポルノや、東映実録路線などが、そのテイストを継承。一方、1969年にスタートした松竹の『男はつらいよ』がドル箱となり、盆と正月の安定路線として27年も続く長寿シリーズに発展。大映が倒産し、東宝が大作路線を敷くなど、興行界の状況が大きく変貌するなか、松竹の「寅さん映画」は、「ドリフ映画」などの併映と共に、プログラムピクチャーの伝統を作品的にも興行的にも守ってゆくことになる。

 こうしたプログラムピクチャーは、現在でもCS放送のコンテンツなどに重用され、浅草六区にあるオヤジ専門の映画館・浅草新劇場などで上映されている。そこで高倉健の「昭和残侠伝」や小林旭の「銀座旋風児」、森繁の「社長」シリーズと共に上映が続けられているのが、今なお続く日本最後の現役プログラムピクチャー「釣りバカ日誌」シリーズである!

 1988年末、『男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日』の併映として第一作『釣りバカ日誌』が封切られた。当時「寅さん」は、ソフトな人情味あふれる世界へとシフト。渥美清やレギュラーの加齢もあって、初期の毒やパワーはなりを潜めていた。そのバランスをとるため、併映作には若い世代や年少観客にもウケるものを、という企画が模索されていた。そこで選ばれたのが「ビッグコミック オリジナル」連載の「釣りバカ日誌」の映画化だった。監督は山田洋次門下の栗山富夫。

 安定路線の「寅さん」に対し、「釣りバカ」のキャスティングは、実にラディカル。仕事は二の次、家庭と趣味の釣りを最優先させるハマちゃんこと、浜崎伝助の西田敏行は王道だが、その釣りの弟子で勤務先の鈴木建設社長のスーさんこと鈴木一之助になんと三國連太郎! 三國といえば、老人役を演じるために全ての歯を抜くなど、役に入り込むことで知られる性格俳優。『飢餓海峡』(65年/内田吐夢)の真犯人役や、『復讐するは我にあり』(79年/今村昌平)では風呂で倍賞美津子の豊満な肉体を弄ぶ義父役など、日本映画ではラディカルな存在のベテラン俳優。それが喜劇に出演するとは! さらに、ハマちゃんの恋女房・みち子さんに、肉感的な石田えり。なにかにつけて、ハマちゃんに「合体!」を迫ったり、迫られたり。家族向けには似つかわしくない、生々しい性的魅力を発散させていた。

 第一作は、ハマちゃんが四国の営業所から、人事部の手違いで東京転勤。全く仕事には興味がなく、持ち前のC調ぶりを発揮。上司の佐々木課長(谷啓)を悩ませる。ある日、会社の近くの定食屋で知り合った初老の男性と意気投合し、その老人を釣りの弟子とする。しかし彼は、勤務先の社長だった・・・。というストーリー。予定調和の展開に、ハマちゃんのC調サラリーマンぶりと、スーさんの社長の苦悩。そしてみち子さんが、身分を隠してハマちゃんの同情を誘ったスーさんに激怒して、会社に乗り込むシーンのラディカルさ、のバランスが絶妙で大好評となる。

 いつの間にか「寅さん映画」が担ってしまった「健全娯楽」に対するアンチテーゼともいうべき、石田えりの存在。そして営業三課OLの戸川純が醸し出す不謹慎なまでの挑発的な雰囲気は、「釣りバカ」初期の魅力となっている。また思わず西田敏行がアドリブで「鬼瓦みたいな顔」と評したスーさんの表情。眉毛を強調した役作りは、三國自身の提案によるもの。さすが役者バカ! 以後、スーさんのヘアスタイル、眉毛、眼鏡は、毎回、三國自身が考えて来るのが恒例となった。

 というわけで「寅さん」に長らく失われていた「笑いの瞬発力」ともいうべきパワーが『釣りバカ日誌』で復活。第一作のラスト、再びハマちゃん夫婦が四国に転勤することで一応の完結を見たにも関わらず、翌、平成元(1989)年の第二作『釣りバカ日誌2』では、何事もなかったかのようにハマちゃんは東京勤務。ここから「釣りバカ」の現在まで続く、長いプログラムピクチャーとしての物語が本格的にスタートすることになる。

 脚本には毎回、松竹のブランドイメージを作り上げた山田洋次監督が参加。<「寅さん」的人情に溢れた世界>と一言では片付けられないほど、その構造は1960年代の東宝映画テイストにあふれている。まずハマちゃん。ほとんど仕事をするシーンがない。趣味と家庭を優先させるハマちゃんは、ひたすら自分の欲望(食欲、性欲、趣味欲)のために邁進している。いわば平成の無責任男。

 1960年代、東宝クレージー映画で炸裂した植木等の無責任男は、高度成長の象徴だったが、ハマちゃんはバブル経済破綻後の低成長時代の無責任男ともとれる。かつて植木等の「日本一の男」シリーズ(1963〜1971年)には、常規を逸した無責任男の行状に「バカ」と捨て台詞を吐く、人見明の課長が批評的な立場で登場していたが、「釣りバカ」には谷啓の佐々木課長(現・次長)がいる。しかも谷は、クレイジーキャッツのメンバー!

 さらに鈴木一之助社長は、高度経済成長期のニッポン企業の理念だった「終身雇用制度」を基本とする家族的会社経営を是とする社長である。これは東宝名物「社長」シリーズ(1956~1970年)の森繁社長のバリエーションであり、毎回、社長の家の朝の光景から物語がスタートすることも含めて同シリーズの匂いがする。さらに谷啓は、本家『社長繁盛記(正続篇)』(68年)で、営業部長役で出演。「釣りバカ」は山田洋次ブランドの松竹喜劇の系譜であると同時に、60年代東宝の二大シリーズのエッセンスを継承した、確信犯的プログラムピクチャーである。

 森崎東監督によるさらに過激な『釣りバカ日誌スペシャル』(94年)では、石田えりの肉感的な魅力が炸裂している。番外的な時代劇篇『花のお江戸の釣りバカ日誌』(98年)のタイトルはクレージー映画の『花のお江戸の無責任』(64年)を思わせた。この二本のスペシャルを挟んで、この夏公開の『釣りバカ日誌17 あとは能登なれハマとなれ』でシリーズは19作目となる。

 その間、みち子役が『釣りバカ日誌7』(94年)で浅田美代子にバトンタッチされ、『釣りバカ日誌イレブン』(2000年)で若手の本木克英監督に交替、さらに『釣りバカ日誌12 史上最大の有給休暇』(2001年)から公開時にサブタイトルが付くようになった。現在の監督は『釣りバカ日誌14 お遍路大パニック!』(2003年)から登板した朝原雄三。

 『釣りバカ日誌17』は石田ゆり子の出戻りOLと、子供がそのまま大きくなったような大泉洋の美術講師の恋愛を軸に、石川県能登半島を舞台に狂躁曲が繰り広げられる。万年ヒラのハマちゃんをイキイキと演じる西田敏行、御年83歳にしてダンディズム溢れる三國連太郎、そして谷啓の変わらなさ! さらに、ハマちゃんのポン友であり、釣り船屋の主人・太田八郎(中本賢)は、ワンシーン程度しか出ない回もあったが、前作あたりからコメディリリーフとして顕在化。ついに、今回、渥美清もかくやの珍演を見せてくれる! 「変わらないこと」を享受しつつ、「微妙な変化」を楽しむ。これが『釣りバカ日誌』の正しい味わい方。老若男女とともに日本最後のプログラムピクチャーを味わおう!

釣りバカ日誌(88)
 鈴木建設四国支社から手違いで本社に転勤してきたハマちゃんは、仕事に意欲がなく、愛妻との「合体」と釣りが生き甲斐のC調男。ある日、人生に疲れたスーさんと出会い、釣りの弟子にする。第一作ならではの勢いと、石田えりのセクシャルな賢妻ぶりが最高!

釣りバカ日誌2(89)
 人生に疑問を感じ旅に出たスーさんが、原田三枝子演じる訳あり女性と出会う。身を案じたハマちゃんが駆けつけるが、女連れと知り激怒。初期のマドンナは、スーさんとのロマンスを匂わせ、アダルトな味わいが楽しめる。もちろんハマちゃんの「合体」も快調!

釣りバカ日誌3(90)
 五月みどりがカラオケ教室の先生とは、熟女好みには堪らない設定。スーさんの戦時中のロマンスとの関連が匂わされ、隠し子疑惑が持ち上がる。ハマちゃん夫婦は「合体」の連続にも関わらず子供に恵まれないという悩みなど、本作から次回作への布石が用意されてくる。

釣りバカ日誌4(91)
 八郎の妹として佐野量子が出演。山田洋次好みの「あにいもうと」ネタが展開。相手はスーさんの甥っ子・尾美としのり。目出たく懐妊したみち子さんの出産に立ち会ったハマちゃん。出産時にスーさんに愛妻のアソコを見られたとの疑念が湧くなど、下ネタも健在。

釣りバカ日誌5(92)
 ハマちゃんの息子・鯉太郎がヨチヨチ歩きのまま鈴木建設で大冒険。スラップスティックな笑いの連続で物語が破綻してしまうほど栗山監督の喜劇的センスが爆発。マドンナは出演せず、ハマちゃんの母役に乙羽信子。後半単身赴任先の丹後半島での狂躁曲も見もの。

釣りバカ日誌6(93)
 ハマちゃんが社長に、スーさんが運転手に間違えられて巻き起こる大騒動。リアリズムとは無縁の「釣りバカ」の笑いは、観客には楽しいものだが、作り手は悩み抜いたとか? 久野綾希子が大人の色気タップリの旅館の女中で、スーさんとの仄かなロマンスが展開する。

釣りバカ日誌スペシャル(94)
 森崎東らしい重喜劇の魅力に溢れた傑作。ハマちゃんの出張中に、スーさんがみち子さんと一夜を共にしたと聞き、嫉妬に狂うハマちゃん。清川虹子と田中邦衛の不気味な母子、佐々木課長の娘・富田靖子のロマンスなどエピソードも盛り沢山。石田えりは本作が最後。

釣りバカ日誌7(94)
 マドンナは名取裕子のバツイチ子持ちの美人歯科医。スーさんがハマちゃんに嘘をついて、抜け駆けしたと知ったハマちゃんは、スーさんと絶交。断腸の想いで断釣をする。本作からみち子さんに浅田美代子。浜崎家の空気がガラリと変わり、シリーズの安定化が始まる。

釣りバカ日誌8(96)
 マドンナは室井滋、相手役は柄本明。コミカルなゲストに、シリアスなドラマが展開すると思いきや、ハマちゃんとスーさんが渓流釣りに出かけた山中で迷ってしまう。毒キノコを食べた二人が、お互いに山姥の幻想を見てしまうあたりなど、栗山監督のワルノリが楽しい。

釣りバカ日誌9(97)
 ハマちゃんと同期入社だが営業部長に昇進した小林稔侍と、スナックの美人ママ・風吹ジュンのロマンス。『男はつらいよ』の朝間義隆が脚本に参加。手堅い栗山監督の演出もあって、シリーズ代表作の一つとなった。ハマちゃんの無責任男的営業マンぶりが楽しめる。

釣りバカ日誌10(98)
無能な鈴木建設の役員たちに嫌気が差したスーさん。辞表を出して引退宣言。しかしその生活態度をハマちゃんに説教され、資格を生かしてボイラーマンとなる。なんと派遣されたのは鈴木建設だった! マドンナは宝生舞、相手役はスーさんのバイト先の同僚、金子賢。

花のお江戸の釣りバカ日誌(98)
『たそがれ清兵衛』などの舞台となる山形県庄内地方を舞台にした時代劇スペシャル。スーさんの先祖は庄内藩江戸家老、ハマちゃんの先祖は釣り好きの浪人という設定。第一作の展開を時代劇に置き換えた趣向。マドンナは仕官した伝助が一目惚れする腰元・黒木瞳。

釣りバカ日誌イレブン(2000)
 監督に1963年生まれの若手・本木克英が抜擢され、シリーズリニューアルが計られた。マドンナ営業三課のOL・桜井幸子、相手役はハマちゃんの釣りの弟子・村田雄浩。沖縄出張に出かけたハマちゃん、村田雄浩のボロ船で釣りに出かけたものの、遭難して大騒動となる。

釣りバカ日誌12 史上最大の有給休暇(2001)
 宮沢りえがシリーズ最高のマドンナぶりを発揮! ゲストには本家、無責任男の生みの親で、東京都知事を引退したばかりの青島幸男。これで無責任男の支流が本流に合流。主題歌「とりあえずは元気で行こうぜ」(作詞/作曲:青島幸男)という嬉しい副産物も!

釣りバカ日誌13 ハマちゃん危機一髪!(2002年)
 本木監督が故郷・富山に錦を飾った爆笑篇。丹波哲郎演じる取引先の会長の無茶苦茶ぶり。三國とは『切腹』などの名作で共演しているが、『釣りバカ』での再会というのが嬉しい。マドンナは正当派美人の鈴木京香。往年のプログラムピクチャーの雰囲気漂う佳作。

釣りバカ日誌14 お遍路大パニック!(2003)
 監督は「サラリーマン専科」三部作で、確かな手腕を証明した山田洋次門下の朝原雄三。朝原も1964年生まれで、プログラムピクチャーの現場は知らない世代。ゲストには「サラ専」の三宅裕司、佐々木課長が次長に昇進したために赴任した新課長。マドンナは高島礼子。

釣りバカ日誌15 ハマちゃんに明日はない!?(2004)
 小津安二郎の『麦秋』をモチーフに、松竹大船調の復権を試みて成功した佳作。由緒正しき日本映画の復活という作り手のスノッブな狙いは、手堅い演出で味わい深いものとなった。マドンナに負け組OLの江角マキコ、相手役には筧利夫。秋田の風光明媚な風景も効果的。

釣りバカ日誌16 浜崎は今日もダメだった♪♪(2005)
ボビー・オロゴンをゲストに、佐世保で繰り広げられるドタバタ劇。米兵のボビーとしこたま飲んだハマちゃん。目覚めたのは太平洋上の米イージス艦の中だった! アメリカの軍隊喜劇のテイストで、前作から一転。弾けた笑いの快作となった。マドンナは伊東美咲。

釣りバカ日誌18 ハマちゃんスーさん瀬戸の約束(2007)
 スーさんが社長を引退して会長に就任するという、いきなりのクライマックスで物語が始まる。しかもその就任式の演台にのぼったスーさんが、頭が真っ白になり、自ら認知症ではないかと悩む。シリーズ大団円を思わせる最新作の冒頭三十分。結構スリリングである。スーさんを会長に仕立てたのは、三國連太郎の負担を軽くするため? 否、今回はそのスーさんがメインの物語である最初から最後まで三國連太郎が出ずっぱり。しかも星由里子とのロマンスまで匂わせる展開。
 ヒロインに『武士の一分』(06年)に大抜擢された名花・檀れいを迎え、その恋人に高嶋政伸、風光明媚な瀬戸内海で展開される物語は、いつもながらの「釣りバカ」。マニアにはキャスティングがたまらない。スーさんと戦後、ダークサイドで生きて来た黒幕に小沢昭一、そして星由里子が大黒をつとめる寺の檀家に桂小金治師匠。そのココロは? 川島雄三映画の常連である。二人とも出番は少ないが、1964年生まれの朝原の映画ファンとしての思いが伝わる。
 余談だが、星由里子さんが、現場で監督のことを「雄三さん」と呼ぶ姿に、「若大将」の澄子さんを見てしまった(笑)というわけで、今回の「釣りバカ」は、川島雄三、加山雄三、朝原雄三、三人の雄三をめぐる作品でもある。
 何といっても、久々に西田敏行、三國連太郎の「釣りバカ」コンビが堪能できる。いろいろと感慨深いシリーズ二十作目となっている。特にエンディング、 ハマちゃんとスーさんのアドリブによる喧嘩のシーンを見ているだけで感無量!

釣りバカ日誌19 ようこそ!鈴木建設御一行様(2008)

 釣りと家族をこよなく愛するハマちゃん、自分は健康だと自信を持っていたが、健康診断で赤信号が灯り、胃カメラを飲む事になった。しかし、注射も嫌いなハマちゃん、頑として検査に応じない。担当者であるミス総務部の派遣社員・河井波子(常磐貴子)は困り果ててしまう。
 そんなハマちゃんを説得すると約束したのは、波子に心を寄せている営業三課の高田大輔(山本太郎)だった。果たしてハマちゃんの検査の結果やいかに? また、今回、鈴木建設では、波子の故郷でもある大分県へと社員旅行行く事となり、営業三課の面々は、幹事の波子の引率で九州へと向かう。
 いつもはオフィスで仕事のスズケン社員が、羽目をはずした社員旅行で、われらがハマちゃんは一体、どんな活躍をするのか? 一方、会長となったスーさんの悩みは、相変わらずの後継者問題。シリーズ初、スズケン社員旅行を描いた爆笑篇。派遣社員の波子、そして製薬会社の御曹司の大輔、境遇の違う二人の恋に、現代の格差社会の縮図も垣間見える。ヒロインの兄で地元の漁師・康平役には、大分県佐伯市出身の竹内力、ベテラン高田敏江が、娘の幸せを願う波子の母親を演じている。




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