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『東京の暴れん坊』(1960年・齋藤武市)

 花の巴里でコック修業をした清水次郎は、銀座の次郎長と呼ばれる粋で鯔背な若旦那。頼まれたらイやとはいえない。威勢ときっぷの良い男。小林旭の『東京の暴れん坊』が作られたのが、1960(昭和35)年7月29日、ちょうど『赤い夕陽の渡り鳥』(7月公開)と『南海の狼火』(9月公開)の間にあたる。公開されたのが代表曲「さすらい(の唄)」が吹き込まれる直前だから、マイトガイ全盛時代。前年6月の『若い豹のむれ』から、アクション映画中心だった小林旭にとって、明朗喜劇は異色でもあった。

 軽快な主題歌「東京の暴れん坊」(小杉太一郎作曲、丹野雄二作詞)が流れるタイトルバック。登場人物たちが書き割りのセットで次々と登場するミュージカル仕立ての演出。開巻間もなく、大学のレスリング部の練習シーン。ヒロイン・秀子役の浅丘ルリ子と次郎の歯切れの良い会話。夏の陽射しのなか、リズミカルなカッティングによるアップテンポな展開は、荒唐無稽な無国籍活劇が続いていたアキラとルリ子映画のなかで、新鮮な驚きを持って迎えられたようだ。当時、作家の小林信彦が雑誌「映画評論」1960年9月号に「ナンセンス精神と活劇がクロスしたところにヒョイと生まれた佳作」と映画評を寄せている。


 もちろん「渡り鳥」「流れ者」は宍戸錠という好敵手を得て、コミックアクション的な魅力も溢れていたが、コメディとして作られていたわけではない。もともとは「渡り鳥」シリーズの連続ヒットのなか、齋藤武市監督が、浅丘ルリ子のために企画したものだという。いつもヒーローに淡い思慕を寄せつつ、その背中を見送るというルリ子の役回りを、女優として「気の毒」と見ていたというのが、松竹出身の齋藤武市らしくもある。そのルリ子の役は、東京銀座に実際にあった銭湯「松の湯」の番台娘・秀子。次郎とは幼なじみで、好意を寄せているが、チャキチャキした性格とはうらはらに、次郎に「好き」と本当の気持ちを伝えることができない可愛さを秘めている。本作のルリ子は実にチャーミング。


 そして、この銀座の次郎長と松の湯の秀子のカップルの後見人的存在となるのが元総理大臣の一本槍鬼左衛門先生。演ずる小川虎之助は、東宝の「社長シリーズ」の前身にあたるサラリーマン映画『ラッキーさん』『三等重役』『續・三等重役』(52年)で、戦後パージを受け引退している、やはり頑固一徹な前社長役を好演している。そうしたスクリーンイメージをうまく利用しつつ、このシリーズの要ともいうべき一本槍先生を好演している。


 大磯の海岸で槍を持ち「波切りの技」で、壮健ぶりを発揮する一本槍先生のユーモラスさは、ユニークな脇役が多い本作のなかで際立っている。次郎との「一心太助と大久保彦左衛門」的な関係も日本人好みだが、次郎は必要な時だけ利用するというドライさもある。


 脇を固める面々も日活アクションではおなじみの近藤宏や藤村有弘、そして小沢昭一といった芸達者なバイプレイヤーばかり。特に、銀座の愚連隊・台風クラブのチンピラだった千吉を演じた近藤宏。普段殺し屋や悪役が多いが、次郎の気っ風に意気に感じて弟分となる千吉のキャラは、実に生き生きとしている。バー・アルマンのマダム、リラ子を演じた中原早苗もしかり。いつものステレオタイプの役柄ではなく、ひと捻りしたコメディエンヌぶりを発揮している。


 原作の松浦健郎は、東宝名物サラリーマン映画の原点『續三等重役』(52年)の脚本家でもあり、小川虎之助の一本槍先生のキャラの原点は、このあたりにあるのかもしれない。いずれにせよ、石郷岡豪のシナリオの畳み掛けるテンポの良さは特筆もの。石郷岡は後にアニメ「ジャングル大帝」の脚本や、和田弘とマヒナスターズの「愛してはいけない」などを作詞。齋藤演出も逆回転や、クライマックスのコミカルなアクションなど様々な趣向を凝らして飽きさせない。夜のキッチンジローで、ラジオから流れるムード音楽で、アキラとルリ子が踊るシーンのリリカルさ。


 もちろん松の湯で次郎が歌う「アキラ節」も忘れてはならない。「恋という字はヤッコラヤノヤ〜」と「ノーチヨサン節」を気持ち良さそうに歌う「親不孝声」の魅力。河口湖のキャンプで歌う「東京かっぽれ」は浜口庫之助の作曲。浜口は後に『銀座の次郎長』(63年)の挿入歌に準備されながら未使用に終わった傑作「恋の花に気をつけな」をものすことになる。


 ともあれ、本作の成功により、小林旭の喜劇「暴れん坊」シリーズは連作されることになる。『でかんしょ風来坊』(61年)『夢がいっぱい暴れん坊』(62年)『銀座の次郎長』(63年)『銀座の次郎長 天下の一大事』(63年)と、「渡り鳥」「流れ者」シリーズ終了後も断続的に作られ、アキラの陽性な魅力がスクリーンいっぱいに繰り広げられてゆく。

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