見出し画像

『流れる』(1956年11月20日・東宝・成瀬巳喜男)

7月4日(月)の娯楽映画研究所シアターは、映画時層探検の目線で成瀬巳喜男『流れる』(1956年11月20日・東宝)をDVDからスクリーン投影。

原作は幸田文が、昭和30(1955)年に小説新潮に発表、翌年出版した同名小説。第三回新潮文学賞、第13回日本芸術院賞を受賞。脚色は田中澄江と井手俊郎。成瀬は前年の『浮雲』でさらなる高い評価を受け、キャリアが最高潮に達していた。柳橋を舞台に花柳界に生きる女性たち。山田五十鈴、高峰秀子、田中絹代はじめ、日本映画を代表す女優たちが演じるそれぞれのキャラクターの描き分け、リアリティ。些細なエピソードや、一人一人の仕草にまで目が行き届いている。

東京の花柳街。大川端にほど近い柳橋、芸者置屋「つたの家」を舞台に、芸は見事なのだがお人好しで商売はうまくいかない”つた奴”(山田五十鈴)、その娘で家業に否定的な勝代(高峰秀子)、そして”つた奴”の妹でシングルマザーの米子(中北千枝子)。ベテランだけどお茶を引いてばかりの芸妓・染香(杉村春子)、ドライな現代娘の芸妓・なゝ子(岡田茉莉子)たちの女所帯。

ポスター

経済的には苦しくて、つた奴は、腹違いの姉・鬼子母神のおとよ(賀原夏子)から借金をして日々をしのいでいる。この映画は「金が仇」なのである。そこへ職安から、夫と子供を亡くしたばかりの梨花(田中絹代)が女中としてやってくる。呼びにくいから「お春でいいね」と、梨花はお春と呼ばれるようになる。

というわけで、山田五十鈴、高峰秀子、杉村春子、田中絹代、岡田茉莉子たちそれぞれの「やるせない」エピソードを描きながら、「つたの家」の人々は時代に、自分たちのこれまでに流されてゆく。それを大川の流れとダブらせているのである。

何度も観ているのだが、観るたびに、成瀬の演出、山田五十鈴さんたちの演技に舌を巻く。この映画に出てくる男たちも「ダメ男」ばかり。米子の元亭主・板前の高木(加東大介)の身勝手さ。出奔した芸妓・なみ江(泉千代)の伯父で千葉の鋸山から「つたの家」を強請りにきている下衆な鋸山(宮口精二)。加東大介さんはワンシーンだけど、見た目と裏腹の「ダメな色男」ぶりが見事。

宮口精二に至っては、この映画の登場人物たちの「暮らし」の根幹を揺るがすトラブルメーカーで、下衆っぷりが素晴らしい。『七人の侍』(1954年・東宝・黒澤明)の頼もしき武士・久蔵も成瀬の手にかかれば、とんだ男となる(笑)同じ『七人の侍』で人柄の良さでは随一の七郎次を演じた加東大介も身勝手で、手前のことしか考えていない見栄だけの板前を演じている。この映画に出てくる男たちも総じて「ダメ男」である。

成瀬映画の女たちは、ダメ男に振り回されながら、見切りをつけ、愛想を尽かして逞しく生きていく。岡田茉莉子が演じたなゝ子もまた、思い人に呼ばれて泊まりに行くも失望をして、未練などなくなる。

しかし、昔ながらの芸を売りにして生きてきた”つた奴”は、時代の波に飲まれて「つたの家」の経営も厳しくなり、料亭・水野の女将でやり手のお浜(栗島すみ子)の口車に乗って、店を手放してしまう。お浜から賃貸で店を借りて”つたの家”を続けていくのだが・・・

明治42(1909)年、Mパテー商会の『新桃太郎』でデビューして以来、女優として活躍、戦前、松竹のトップ女優だった栗島すみ子は、昭和12(1937)年、小津安二郎の『淑女は何を忘れたか』(松竹大船)を最後に映画界を引退。水木流舞踊宗家として、淡島千景、池内淳子などを育成した。引退から19年ぶりに、松竹蒲田時代からの長い付き合いの成瀬のラブコールに応えて本作に特別出演。セリフを覚えずに現場入りをするも、圧倒的な演技で、スタッフ、キャストを驚かせた。終盤、栗島すみ子と田中絹代の芝居場があるが、2人とも見事! 栗島すみ子は、したたかな水野の女将・お浜を圧倒的な存在感で演じた。

トップシーンの柳橋、新大橋(昔の!)、清洲橋など「橋づくし」でもある。田中絹代が「つたの家」に初めてやってくるシーンは、総武線のガード。人力車の車夫に田中絹代が道を聞くカットで、後ろに「天ぷら江戸平」の店が見える。

総武線のガード下を潜る田中絹代さん
台東区柳橋1-22-7

後半、洋装した岡田茉莉子がやはり総武線のガード下を潜るが、このガードから一つ、隅田川寄りのガード。後ろに「御料理 よし田」があるが、現在も営業中の「うなぎ よし田」である。

岡田茉莉子さんが歩くガード
台東区柳橋1-26-10

僕は今でも秋葉原から自宅に歩いて帰るときに、ここを通って、柳橋から、両国橋を抜けて錦糸町までブラブラする。

トップシーンの柳橋
今もほとんど変わらない


よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。