見出し画像

『サラリーマン清水港』(1962年・松林宗恵)

 昭和37年1月3日公開。オープニング、世田谷のまだ牧歌的な光景を、新聞配達の少年(大沢健三郎)が「わかっちゃいるけどやめられない〜」と「スーダラ節」を歌いながら、自転車で走っている。「スーダラ節」が発売されたのが、前年、昭和36年8月20日、秋口から全国的なヒットとなって、クレイジーキャッツ人気は急上昇。年末には、松竹映画『大当り三代記』に植木等がワンシーン出演。「スーダラ節」を歌うシーンが呼び物となった。

 東宝で初のクレージー映画『ニッポン無責任時代』(1962年)が封切られるのは、この年の7月。東宝のスクリーンでは森繁久彌の詩「社長」「駅前」シリーズ、前年夏にスタートした加山雄三の「若大将」シリーズなどのコメディ映画が快進撃を続けていた。さて、シリーズ第12作『サラリーマン清水港』は、『サラリーマン忠臣蔵』同様、日本人の大好きな「清水次郎長もの」をサラリーマン映画に置き換えた「本歌取り」の娯楽映画。

 舞台は、中堅の老舗の酒造メーカー「清水屋」。家族的会社経営を是とする「社長シリーズ」は、高度成長とともに大企業が舞台となるが、本作では「三等重役」の「南海産業」同様に、社員の顔が見える中堅会社という設定。恐妻家の社長・山本長五郎(森繁)、秘書課長・石松こと石井松太郎(小林桂樹)、大柾専務(加東大介)、小政清水工場長(三木のり平)と、レギュラーが次郎長一家に見立てて、社員も含めて「清水屋二十八人衆」と呼ばれている。

 もう安定のおかしさである。適材適所、それぞれのキャラクターが、出演者にも、演出側にも観客にも、浸透しているので、三木のり平さんは、水を得た魚のように、軽薄でいい加減なC調ぶりを発揮。社長に窘められたら「不謹慎を欠いておりました」(笑)毎度お馴染み、新商品プレゼン打ち合わせの席で、工場長が試作してきたウイスキーを、石松課長が試飲する。何かおつまみを、とのり平さん、ポケットから昨夜のバーから持ってきたピーナッツを出す。さらに出そうとすると、森繁社長に「君、そんなたもとのクソみたいなもの」と制止される。

 こうした脱線、呟きがいちいちおかしい。このメンバーのやりとりを見ているだけでも「社長シリーズ」は楽しい。さらに、本作からは「駅前シリーズ」で大いに気を吐いていたフランキー堺さんが参加。香港のバイヤー邱六漢を怪演している。とにかく怪しい、神出鬼没、片言の日本語で周囲をかき回す。邱六漢というネーミングは、台湾出身の経済評論家・邱永漢さんのパロディ。笑いながら低い声で喋るフランキーさん、かなり邱永漢さんを意識している。

 おかしいのはバーで、のり平さんがフランキーさんに名刺を渡すシーン。「実はわたくし、家内の父方の者が満洲国におりました時に・・・」と、アピールするのり平さん、森繁社長に「そんなことはいいよ」と、またもや制止される。その瞬間、フランキーさんに渡した自分の名刺を(フランキーさんの名刺と思い込んで)パッと受け取って、フレームアウトする。唖然とするフランキーさん。この絶妙の間(ま)。これぞ芸達者の瞬発芸である。

 さらに、バーで、フランキーさんに件の試作ウイスキーを飲ませると、口に含んでうがいを始めて、渋い顔してグラスに吐き出す。「これ何か?これ」。ライターでグラスに火をつけ「これはアルコールの色づけと違うか?これは!」と怒り出す。フランキーさん、その火をフッフッと吹き消す。その時のホステス・塩沢ときさんのびっくりしたリアクション!

 のり平さんのおもしろさ爆発なのが、清水工場での創立50周年記念業者接待パーティの企画打ち合わせの森繁社長、加東大介さんを前に、「清水中の芸者を盛大に集めて、手踊りをさて・・・」「スケールが小さい」「では、静岡県の県庁の許可を得まして・・・静岡中の芸者を総上げして・・・」「何を言っとるか、田舎くさいな」「では、日本中の芸者を全部一同に集めて」とどんどん間違った方向にエスカレート。

「おい、芸者はいいよ、もう」と森繁社調に一喝されると、ショボンとして「さいですか・・・」。面白くなさそうに、お茶碗をかじる。で、森繁社長「流行のカクテルパーティで行こうか」、のり平「結構ですな。カクテルパーティはわたくし好きなんです。芸者にドレスを着せましてですね・・・」あくまでも芸者なのである。森繁「銀座のバーのホステスを集めて」、のり平「女給ですか」と不満げ。もう絶品である。

 女優陣もお馴染みメンバー。社長夫人・蝶子(久慈あさみ・宝塚)、バー「バタフライ」のマダム・千代子(草笛光子・S K D)、新橋芸者・〆蝶(新珠三千代・S K D)と、社長をめぐる三人の“蝶”はみんなレビューガール出身。桂樹さんの意中のB G・秘書の妙子(藤山陽子)、そして後半に登場するのが大学で醸造学を研究している都田京子(司葉子)。

 森繁社長と草笛光子さんが、清水のホテルで、いいムードの時、隣の部屋では、失恋した桂樹さんとフランキーさんが酒を組み交わしている。上機嫌のフランキーが中国語で歌っていると、そうとは知らない森繁社長「ちょっとした香港の夜だね」なんて鼻の下伸ばす。しかし、泥酔した桂樹さんとフランキーが大喧嘩。かくして今回も浮気は未遂でパーとなる。

 笠原良三さんのシナリオ、松林監督の演出は、もう抜群でとにかく、安心して楽しめる。タイトルに「サラリーマン」とあるため、15年ほど前東宝で「社長シリーズ」「駅前シリーズ」がD V D化された時に『サラリーマン清水港』が外されてしまったのは残念無念。通販専用V H S「宝島探検隊」でビデオ化されたのみ。これは『社長道中記』と並ぶシリーズ屈指の傑作。たまにB SやC Sで放送されることがあるので、是非、チェックして頂きたい。


よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。