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インドネパール人生最高のハード旅(前編)

<まえがき>
過去に50ヵ国を旅した僕にとって、その中でハードな旅はもちろんあったものの今回ほどハードな旅はなかったかもしれない。
20歳で初めて海外旅行に行ったのは2003年。携帯は当然海外で使えず、インターネットはごく稀にあるネットカフェで有料でするしかなかった。さらに英語も喋れず、経験値も少なかったのでトラブルだらけだった。
しかしながら訪問先が色々とオーガナイズされていたヨーロッパだったこともあってか、今回ほどのカオスでタフな旅ではなかったように思える。
それほど今回のインド・ネパール旅はタフだった。2012年からインドに5年も住んでた僕にとってはこの地域なんて庭みたいなものだと思っていた。
そんな庭を軽く散歩するつもりで行ったはずのインド・ネパールの壮絶な旅をnoteに残しておこうと思う。


<インドに行く前からもうインド>
今回の日本出発は2022年11月9日、もともと予定していたカタールW杯に行くための経由としてお金の節約するための苦肉の策としてネパールにいくことになった。
カタールW杯に行くための航空券は、世界中から人々が観戦に訪れるため需要がピークであることと、そもそもの燃料サーチャージの高騰もあってどの便もとんでもない価格となっていた。日本からの便は経由便ですら20万円前後。時間に余裕のある僕はなんとか安く済ませられないものかと考え
近隣国から最安値でいけるフライトを探してその近隣国へ前乗りすることで、その経由地で旅行を楽しみながらカタールへ向かおうと考えていた。
するとスカイスキャナーが出した答えはネパール・カトマンズ。
インド駐在時代に隣国ネパールに2回も行ったので僕にとっては庭。でもすごく良くてまた行きたい国リスト上位だったので経由地にするには最高だった。
過去のネパール旅はインド発とはいえ現地2泊だけとかでかなり短かったため、ゆっくり時間をかけて再度ネパールにいきたいと思っていた。
旅先で会うバックパッカーたちはインドからネパールに陸路で向かう人も多く、同じように陸路国境越えをしたいと思っていたので今回はそれをやろう!となったのである。
ということで、日本からシンガポール経由でインド・チェンナイに入り、そこから北上してネパールへ向かうこととなった。

昔住んでいたとはいえ、久々のインド。以前は「駐在員」や「出張者」という立場で会社がふんだんに金を使ってビザ取得なりホテル手配なりの準備をしてくれての出発だったのに対し、今は観光ビザを自ら取得しての個人旅行。自分でインドビザを取るのは学生のときのとんでもなく酷い目にあった2006年インド旅以来だから16年ぶり。
「インドへの旅はインドビザを取るところから始まっている」と言われていて、ビザをとるのも一筋縄ではいかない。インドらしい小難しい英語を使った文書を解読し、なぜ必要なのか不明なほどの詳細の個人情報を入力しなくてはいけない。
さすがにインド慣れしている僕には関係ない話だと思っていたしデータ入力自体は問題なくできたのだが、ビザ代金のクレジットカード支払いでエラーが出て支払いができないなど相変わらず面倒くさいインドは何も変わっていなかった。
時間をかけて入力した今までの努力が全部無駄かと思ったが、申請を受け付けましたというメールは来る。結局エラーと表示されただけで支払いは完了していたようだ。謎である。
行く前から謎すぎるカオスの国。インド。しかしカタールW杯に行くという重大な任務があるため失敗は許されない。ビザ取得からもうすでに疲れた。

11月9日、関空から出発。コロナも落ち着き出入国は増えてるのにも関わらず関空はなぜか改装中。ほとんどの店は開いていない。
今回は特典航空券で予約してもサーチャージ無しで乗れる大好きなシンガポール航空。久々のスターアライアンスでの国際線だからラウンジでの朝カレーを楽しみにして朝何も食べずに向かったのにも関わらず、店舗だけでなくラウンジすら改装中。
コロナでずっと休んでたんだからその時に改装しておけよ!ドアホ!
その代わりの補填として「空港内のショップで使える2000円クーポン」を貰えたのだが、それも飲食系は唯一小さなテイクアウト専門のカフェしかオープンしておらず、全員が集中するので長蛇の列。アホか。。。
客もストレス、店員もストレス、店舗は機会損失で儲からない。もうちょっと頭使おうよ。ニッポン。。

これとは逆にシンガポールについたら、相変わらず最高のシンガポールクオリティだった。空港も快適、ラウンジも超快適、相変わらずモチベを上げてくれる国。すべてが効率化されていて無駄がなくスムーズ。本当に学びが多い国。日本にはもうとても追いつけないほどに先にいかれてしまった。

さぁいよいよインドに向かうぞ!
久々のインド。インドでの5年間はもちろん楽しいこともあったが、やはり辛いことも多く嫌な思いをすることもとても多かったので行く前はあまり気が乗らなかった(じゃあ行くなよ。。という話だが。。)
それは実際にインド・チェンナイに向かう飛行機に乗るときも変わらなかった。
が、チェンナイ空港に着いた瞬間、懐かしさ、車から見える見慣れた景色、タミル人(チェンナイのある州に住む民族)のクリクリした笑顔をみて、思っていたのとは違う感情に。
とてもハッピーでほっこりした優しい気持ちになれたのだった。
そうしてついにインド・ネパール旅は始まった。


<インド・チェンナイにて>
どこの国いっても僕に良くしてくれる、昔の会社の後輩が用意してくれた車に乗って予約していたホテルへ向かう。ここまでは今までと変わらぬ懐かしいチェンナイだった。
が、ここからが旅人でないと感じられない、駐在員としての僕が知らなかった終わっているインドだった。
チェンナイに到着する1週間ほど前から予約していた格安ホテルからは確かに何度も何度もメールはきていた。
「宿泊代の半額を先に支払わないと強制的にキャンセルするぞ」と。
booking.comでクレジットカードを入力しているので、そちらで勝手に処理してくれよと思いながらも言われた通りにしたのだが、インド国内発行のクレジットカード以外は拒否するシステムなのだろうか僕の日本のクレジットカードでは処理できなかった。
言われた通り支払いができないからどうしたらいいの?とメールを送ること数回。すべて無視。無視するなよとメールしても無視。
もういいやと思い直接ホテルに向かったら
「あなたの予約はキャンセルされました」
終わってるな。。。
ことの顛末を全部説明したところ、フロントの男は「Sorry」と言える珍しいインド人ではあったものの(インド人の95%はsorryとマジで言えない)
メールの処理や予約対応システムは本社にあるから僕には何も出来ないと。
空室はないから他のホテルを紹介するとのこと。
終わってるけど、こいつは一応謝ったし、こいつにできることは何もない。キレてもしょうがない。トラブルには慣れっこだ。
しかし、こんなずさんな対応をするケチがついたホテルに紹介されてぼったくられても嫌だ!手配してもらった信用できる車はあるし、携帯も一応つながるので(まじ助かった)、自分で調べてその場で予約して近隣のホテルへ向かうことに。すると今度はシャッターが下りててもはや営業してるのかすら怪しいホテルだった。すると着いたと同時くらいに今日は満室ですとメールが。それならなんでbookingで予約できたんだよ。。。。終わってるなー相変わらずのインド。。。
日本を朝早くにでて疲れているし、途方に暮れそうな状態だったが、その時点で深夜23時45分。夜24時を過ぎると予約の日付的に予約できなくなる恐れがあるので、急いで3度目の正直で近隣のマシそうなホテルを予約。
そして24時前にホテルに滑り込む。頼む!。。。。。。。ややこしいことを言わないでくれ!頼む!と祈っていたら、、、、、イケた!ってことでなんとかホテルを確保。
なぜ昔住んでた安心できるはずの街でこんなにしんどい思いをしなくちゃいけないんだ。
インド、レベル高すぎるだろ!

チェンナイでは元同僚のインド人に会ったり、昔働いてたオフィスに行ったりして懐かしい思い出に浸りながらも、カタールW杯まで時間もないので2泊しただけで北上することに。最初はバスか鉄道でネパールの方向へ向かうつもりだったが、インドがでかすぎるので24時間以上電車やバスに乗り続けないといけないとわかり、ここは飛行機でウエストベンガル州バグドグラという街へ飛ぶことにした。

ここでも簡単に行かせてくれないのがインド。やっぱインドすごい。
チェンナイの2泊目で泊まっていたホステルで知り合った韓国人の35歳くらいの男(すみません名前忘れた)。彼はほとんど初めての海外旅行で英語も全く話せないのにアジア横断するという無茶な旅をしている最中だった。たまたま同じ時間に空港に行こうとしてUberでオートリリクシャーを呼んでいたので、一緒に空港に行こうとなった。
僕は10年近く工事してようやく出来たチェンナイメトロに乗って行こうと思っていたが、大雨のせいで駅までいくのも難しい。せっかくだし割り勘して一緒Uberで空港まで行くことに。でも上述したように彼は英語が全く話せない(僕とはgoogle翻訳を使って会話)。

ここでやってきたリクシャー運転手が曲者。指示した場所まで来ない、「遠くから来たから追加料金払え、ガソリン代かかったから追加料金払え
空港は遠いから追加料金払え」
アホかと。Uberという仕組みは消費者はUberと契約して、Uberが運転手と契約しているのだから、そこで文句あるならUberに言え。
降りようかとも思ったが、その韓国人は僕がもめている内容が全く理解できておらず、彼が呼んだUberだということもあり勝手に断ることも出来ない。
というわけでまぁ空港まで行かせてそこでモメようと僕は考えた。降りるときになって払わないぞと言えばいいだろと。
しかしまず論理的に払う必要はないと攻めてみたが運転手がアホすぎて会話にならず。今度は感情むき出しでキレてみたがこれも無理。こちらが払わないぞと言い続けると「それだったら拾った場所まで戻る」とまで言い出す。
ガソリン代が高いから追加料金要求してるのに戻るのはいいのかよ(笑)と思ったがまぁアホすぎてもう埒があかない。
その韓国人は相変わらず状況を把握してなかったので軽く説明するとあきらめてもう払おうということになった。
まぁ要求された追加料金170円なんだけどね(笑)
でも金額は関係ない。なんかムカついたので「おまえが今得たお金は悪いことをして得た汚いお金だ。神様は見てるぞ。その汚いお金でせいぜい人生楽しめよ」
と、大声で言ってやった。周囲の普通の通行人は笑ってみていた(笑)
俺が笑われてたのか?(笑)
しかし、途中からこの喧嘩すら楽しかった。この運転手ともめた30分くらいをもはやエンターテイメントとして楽しめるくらいにはインド慣れしてきた。
インドってそういう国だった。これをエンターテイメントとして楽しまなくちゃいけないんだった。思い出した。楽しいね。インド。


<天空のシッキム州>
インドに行く2か月前にラオスで出会った面白日本人女性がシッキムに行ってとてもよかったというので、今回の旅にシッキムを織り込んだ。
シッキム州はネパールとブータンの間にある小さい州でネパール人やチベット人が多く独特の文化を保っている少数民族の多い州である。
まだいったことがなかったので行ってみることに。
バグドグラ空港からスィリグリという街を経由してバンで5時間の山道。しかも日本だと7人乗り程度のところに10人以上これでもかというくらいギュウギュウに乗せられる。当然車酔い必須の悪路。だがこういうのは慣れている。
シッキム州は外国人が行くには入域許可証というものが必要でここでもひとモメするんだろうなという心の準備はあったのだが案外スムーズにいった(たぶんスムーズのハードルが相当下がっているだけだが・・)。
6時間の険しい山道を超えてついにシッキム州ガントクに到着。街のメインストリートはインドでは珍しく歩行者天国になっており、土産物屋やレストランがきれいに整備されていて、かつ標高2000メートルくらいあるため寒く、インドなのにみんなダウンジャケットを着ているためか、さながらヨーロッパのメインストリートのようだった。
雰囲気もすごく良く、少数民族あるあるでサービスのレベルも高いので非常に居心地がよかった。
泊まるホステルもネパール人が経営しており、客が僕だけだったのもあり自由にさせてくれて仲良くなり、朝一緒にランニングしたり屋上でカンチェンジュンガという世界第三位の高さを誇る山を含んだ壮大な景色をみながらチルったり、中国との国境付近にある4000メートル超えの高度にある美しい湖を見に行ったり、予定よりだいぶ長く滞在してしまった。
シッキム州。人は優しいし、景色もきれいだし、居心地はいいんだけど、寒い。
インドは灼熱のイメージがあるが北部は普通に寒い。ヒマラヤのふもとだから当然なのだが、貧しいため暖房設備が完備されておらず
夜はただ毛布にくるまるだけ。しかし部屋自体が寒く、お風呂はもちろんシャワーだけ(それでもありがたいが・・)なのでなんだか暖まらない。日本の温泉のありがたみを本当に感じる。

後半へつづく・・・・

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