「平成都市計画史」を読んで都市計画に携わった30年間を考える
「平成都市計画史~転換期の30年間が残したもの・受け継ぐもの~」(饗庭伸/花伝社)を読了しました。
私なりの結論を先に述べさせていただければ、「今後、都市計画史を研究したい方」「現在、都市計画に関係する業務(開発事業など)に携わっている方」「これまでに経験したまちづくりなどを、都市計画制度の中で振り返ってみたい方」等々、いずれの方々にも強く推薦したい図書です。
私自身、サブタイトルにある「転換期の30年間」にどっぷりと都市計画と付き合ってきた人間なので、著者の見解など、強く首肯できる内容が盛りだくさんでした。
著者の紹介
著者の 饗庭伸 東京都立大学都市環境学部都市政策科学科教授 は都市計画・まちづくりの専門家で、著書『都市をたたむ』など「都市のシュリンクの時代」の語り手といえます。
1971年生まれとのことなので、現在50歳ほど。著者にとっても「都市計画を研究・実践してきた(平成の)30年」なのだろうと思います。
「平成都市計画史」目次
参考までに目次をご紹介します。
序 章 地の歴史を描く
第1章 都市にかけられた呪い
第2章 バブルの終わり
第3章 民主化の4つの仕掛け
第4章 都市計画の地方分権
第5章 コミュニティの発達と解体
第6章 図の規制緩和と地の規制緩和
第7章 市場とセーフティネット――住宅の都市計画
第8章 美しい都市はつくれるか――景観の都市計画
第9章 災害とストック社会――災害の都市計画
第10章 せめぎ合いの調停――土地利用の都市計画
終 章 都市計画の民主化
なお、私が違和感を感じた点や、一般の方が読まれる際に気を付けていただきたいことがいくつかありますので、以下にご紹介します。
■「地と図」
・本書の中には「地と図」というキーワードが出てきます。都市計画の論文や著述に良く使われている言葉ですが、専門ではない一般の方にはよくわからない概念だと思います。
・少々長くなりますが、本書(P16~17)から引用します。
心理学の言葉に「 図と地 」という言葉がある。 ある物が他の物を背景として全体の中から浮き上 がって明瞭に知覚されるとき、「 ある物 」が「 図 」とよばれ、 背景に退く「 他の物 」が「地」とよばれる 。
このように、 図と地はあくまでも相対的なものであり、図が知覚されたときにはじめて知覚されないものとしての地も定義される、 という関係にある。 そして、 図と地の関係の混乱が心理的な混乱であるとされ、図と地が区別されて成立していることが、 混乱のない状態とされる 。
都市について私たちが何かをするとき、つまり都市を能動的につくったり、つかったり語ったりするときに、 都市が部分的に取り出されて「 図 」となり、あとのものは反転的に「 地 」へと退く 。そして図がつくられたり、つかいつくされたり、 語りつくされたあとに、図と地の区別がゆっくりとなくなり、 以前と少し違った都市が、書割りのようにそこに残る。 そしてその書割は再び誰かの図になることを待ち受けることになる。
こういった図と地の絶え間ない往復運動のようなものが、 都市が発展するプロセスであり、 都市計画はその往復運動の動きを整えるものである。
(中略)
しかし、 筆者は「 地の歴史 」を描きたい、 その地味なものを明らかにしておきたいと考えた。「 地」は私たちの気づかぬうちに、 私たちの日常の動きを規定しているかもしれないし、そこから部分的に取り出された「 図 」のありようも「 地 」に規定されているからだ。
このように本書を著述した意図が明確に示されています。
私が感じた以下のような「分かりにくさ」も「『地の歴史』を描きたい」という筆者の意思と密接に関連しているのかもしれません。
■「○○の呪い」
本書には「都市にかけられた呪い」をはじめ「○○の呪い」が出てきます。
筆者は「『制度による法の突破を組み込んだ法の設計』を本書では『呪い』と呼ぶことにする」と述べています(P35)
都市計画の実践分野(都市計画行政や市街地開発、まちづくり事業など)の経験があると、この言葉を感覚的にわかる方もいらっしゃると思いますが、(他の分野でも使われる「地と図」とは違って)著者独特の言葉であり、理解しにくい概念です。
■グラフや数表が殆ど無いこと
私が読んでいて一番気になったことは、「グラフ、数表が殆ど無いこと」でした。
いくつかの章の扉に、日本の総人口、東京都の地価、全国の市町村数など基本的な数値のグラフがありますが、数表は本文中には一切ありません。
グラフも最後の第9章、第10章に2~3あるだけです。
むろん「グラフ、数表が殆ど無い」ことは「数字の裏付けが無い」ことを意味しませんし、読者の中には数字とかグラフが苦手な方々もいらっしゃると思います
ここまでの割り切りは爽快感もありますが、私にとっては裏付けとなる数字のエビデンスが欲しいところです。
■都市計画と称しつつ都市施設の記述が無いこと
都市施設とは道路、鉄道、上下水道、公園・緑地などのことを指します。
都市施設の計画は重要な都市計画の一分野ですので、私の感覚から言えば「血管や神経、消化器を語らずに、脳や内臓のみで人体を語る」ことに等しいように思います。
ただし、一部の大都市圏を除けば、都市施設の新設は昭和期を象徴するものですし、地方部で建設された新幹線鉄道や高速自動車国道は「国土計画」分野で語るものとも言えます。
この点では都市施設の記述が無いことも理解できますし、何よりも、筆者にとって「都市施設は『図』の一部」(本書で描きたい『地の歴史』には入らない)なのかもしれません。
■4つの次元にわけて分析する手法
「4つの次元にわけて分析する手法」とは、例えば以下のようなものです。
この手法がどの程度の汎用性・妥当性をもっているのかはわかりませんが、本書に置いて多用されており、分析・説明にあたって有効な手法となっています。
最後に
本書の内容は目次にあるように多岐にわたるため、著者が本書を書いた意図や、私が違和感を感じた点、一般の方が読まれる際に気を付けていただきたいことなど、をご紹介する程度になってしまいました。
ただし、何といっても「平成の都市計画」を真正面から分析した貴重な書籍であること、研究者・実践者を問わず都市計画関係者の必読書であることは、間違いないと思っています。
首肯できること、できないこと、様々だと思いますが、手にとって読んでいただき、転換期の30年間に思いを馳せていただきたいと思います。
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