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現実と夢-夢と現実

-まえがき-

コロナのニュースが世界を席巻するようになってから
日常生活の多くの部分がひっくり返りました

この平等な革命が起こるまで
私たちは人間社会、そして自然界があげる叫びの声を聞いて
あたかもそれらを理解して、実践しているようで
真剣に取り組めていなかった部分が多々あるかと思います

“旅に出る”という人生の最大の目的と動力が失われ
春休み期間の3月は特に落ち込みました

ただ、しばしば私の旅は一種の“現実逃避行動”でもあったのです
その“仮想現実”へエスケープすることもできず、すでに2カ月以上の時間が過ぎました

案外、思っていたほど悪くない!
それが今持っている印象です
現在住んでいる場所の性質が、田舎にある実家を思い出させてくれるからでしょうか
心身共にすごく安定しているのです

そんな生活の続く中、今まで思い描いていながらも
様々な理由から、実現できていなかった夢が徐々に叶ってきているのです


今回のテーマは現実と夢の世界の話です


一人間として

髪を結べるまで伸ばせたこと
中学生のころに一時期髪を結べるまで伸ばそう!という挑戦をしたことがあります
そのころはサッカーのGKをプレーしてたので、毎日砂と汗が混じり、道半ばであきらめてしまいました…

ドイツの外出規制では最初のころは床屋や美容室などはすべて閉まっていました…
その期間が2カ月ほど続いていました

もう今ではいろいろな規制も緩和され、“自由”というものがじわじわと都市空間へ回帰している印象です
日本でも第二波が心配されていますが、確実にこちらもその一例となるでしょう…

話をもとに戻すと
髪を切らなかった理由は外出規制のほかに以下の理由があります
・鋏で切って失敗した経験がある → ジグザグでカクカク笑
・外見が気にならなかったから ←“外出規制模範生”として9週間家で過ごしていたからです
・毎日髪を洗わなくなったから ←家であまり動かない生活の影響、髪質の改善を実感
・髪を3年間伸ばし寄付した女の子のニュースを読んだから 

参考
3年間伸ばした髪 病気の子に 新潟の小学生が寄付「これが最初のボランティア」(毎日新聞2020年2月19日 13時53分(最終更新 2月19日 13時54分))

今では、後ろ髪で小さなポニーテールができます笑
横髪がまとめられるようになるまでが、次の目標です
前髪までまとめるにはまだまだかかりそうです笑


一建築学生として

デザインに関わったプロジェクトがほぼ完成し、屋根に登れたこと

3年前にミュンヘンにある地元の建築家のもと約半年間、インターン(Werkstudent*)修行させてもらいました
FFC Architektenという2人の建築家+数名の若手が営む、小さな建築家事務所で働かせていただきました

ここで、特に気に入っていたことは
“実力(登用)主義”
カッコに登用を入れたのは、
一見、激しい争いがあると捉えられがちの
“実力主義”とは違うものを経験したからです

本質的に、実力あるものが認められ、
どんどんと仕事を任されるというのは変わらないのですが
マネジメント能力に優れたチーフアーキテクトの下で若い力が、
それぞれの長所を活かしながら互いに助け合い、切磋琢磨しながら仕事に取り組める環境が整っているのです

ドイツ語圏の職場では、チームメイトや近所の同僚とは、まず敬語は使いません
クライアントに対してはもちろん初対面では敬称に当たる“Sie”を使い会話をすることが多いですが
それも臨機応変に落としていく形が多いですかね
逆に“Sie”を多用すると距離をとっているように聞こえるので、嫌がられることもしばしば笑

もちろん“年功序列”のような人種差別と同等な陳腐なシステムはもはや存在しません

* Werkstudent
日本でいう学生アルバイト、
日本では法規制が少し甘いので、よく最低賃金以下で身を削りながら、
お寺での修行のように作業をすることが多いのですが…
ここはドイツかなりいいお給料がいただけるのです!
3年前は半年間は奨学金なしだったので、何とか生きていかなければなりませんでした…
この充実したお給料のおかげで救われていました


一建築写真家として

以前コンピューターグラフィックを使ってパースを作った作品を現実で撮影できること

私は3年前から建築の勉強を、ドイツの地で始めました
こちらには、デジタルのみで設計を平気で乗り切る人も多くいて
そのころはそんな建築との取り組み方を“すごい”と思い、一生懸命勉強していました

3年も時が流れ、今ではむしろコンピューターのみで行われる設計には
多くの課題と問題点が残されていることを理解したので
帰国後取り組んだすべてのプロジェクトでは
現地調査→模型→(必要あれば3D)→パース・ダイアグラム
という流れをルーティンワークにしていました

最近では設計自体への情熱よりも
もっと本質的な“建築”や“都市”というものを理解するために
日々写真を撮ったり、スケッチをしたり、文章を書いたり...

コンピューターは主として、写真の作業場+情報交換ツール
たまにデジタルペイントをするキャンバスとして使っています

CADのプログラムを開くことはほとんどなくなりました笑


話が逸れ、また学生としての自分を書いてしまっていました

東京にいたころは、一写真家として、何度か代金を頂き
お仕事をさせていただいたことがあります
そのころはイベントやプロフィール写真がメインでした

建築写真家として、いままで依頼を受けたことはありませんでした
先日、上記事務所から、オファーがあり、また一緒にお仕事をさせていただけることになりました

何十日もかけ、3D模型の作成や、詳細の検討、クライアントの話し合い...
さまざまな“時間の層”を潜り抜け、たどり着いた“心に残る”空間

その思い入れのある空間を3年という長いときを経て、
その空間を、現実世界に建つ建築空間として見つめることができる
あぁ、なんて幸せなんだろう

こんな達成感は人生でもそれほど多く味わったものではありません
“建築家”を目指し、“建築”に情熱を注ぎ、“建築空間”を嗜む
その積み重ねが、今一つのかたちで実を結ぼうとしているのです

将来はこの経験を自ら設計した空間で味わいたいものです


一芸術の道を志す人間として

ようやく心の底から、“師”と呼べる人と出会えたこと

先日御年88歳の建築家の方と“友達”になりました
師として仰ぎ、友達とも呼べるそんな気さくな方なのです

その方は戦後建築家Sep Rufの下で、ミュンヘンの復興期を経験し
その後、フィンランドに渡り建築家Albert Aaltの下で経験を積み
その後またミュンヘンに帰って建築家として自らの“家”を築いた方です

一緒に議論するときは、いろいろ学ばせてもらうことが多く
そのお返しとして自分はただ、
その場で思いついた情景をスケッチしたり、
一緒に巡る場所を写真に収めたりして楽しんでもらえるように努力しています

こんな出会いも心を開き、相手を思いやり、日々自己研鑽を積む
そうゆう土台があって初めて可能になることなのです

-まとめ-

でもまあ、人生とはおもしろいものです
何が起こるかは、その日、その瞬間を生きる自分にも予測不可能なのです

もし、あなたがそんな“予測不可能-Spontanious”な毎日を生きられていないのであれば
それは、自分の“快適空間-Confort Zone”を出て、散策してみましょう
何か新しいものが見つかり、新たな出会いもあるはずです

私は輪廻転生を信じるものですが
あなたが、あなたの身体を生きるのは一度きりなのです
日々を大切にし、心身共に健やかな日々をお過ごしください

それが人間として生を受けた自己が他者にできる最高の恩返しなのです

ミュンヘン工科大学で建築を学びながら、写真家として活動中です!現在本を執筆中です… 温かい応援をいただけますと大変励みになります!