見出し画像

お仕事のようなゲームは楽しいのか? 「Papers, Please」 レビュー

2021年ゲームレビュー 10 
5.1時間。Ending19 を見るまで。
入国審査官となって入国希望者の書類を審査する、兎にも角にもユニークな体験ができるゲーム。2013年にリリースされSteamレビューが「圧倒的に好評」の定番ゲームでもある。

筆者がリアルでしている仕事に似ているからという理由でプレイ前は強く惹かれていたのだけど、一周プレイした今では二度とやりたくないと思っている。以下ネタバレ。

---------------

1. ストーリー

6年前に隣国との戦争を終えたばかりの共産主義国家「アルストツカ」の入国審査官となり、真正な書類を持つ入国希望者を選別して入国させていく。一日も休むこと無く働くのだが給料は安く、公職に付いているにもかかわらず家族を十分に養うことは難しい。

画像6

生命に関わるほどの薄給

国境検問所にはいろんな人がアルストツカへの入国を求めてやってくる。単純に観光や家族・友人に会いに来る人、乗り継ぎで数日間滞在する人、労働者としてやってくる人、麻薬の密売人、テロリスト、秘密組織の団員などなど。それぞれの属性によって提出すべき書類と様式が決まっており、入国審査官はそれらを持たない者を国に入れてはならない。

例えば恋人に会いに来たが書類に不備がある女性など、入国希望者には事情とドラマがある。その人を温情で入国させてあげるのか、それとも我関せずと冷酷に職務をまっとうするのか。入国希望者の運命はプレイヤーの手に委ねられている。

画像5

久しぶりの再会を喜ぶ警備兵と恋人(右側上から3人目の警備兵)

またゲームが進むに連れて、秘密組織の構成員が審査官に接触してくる。この組織からの依頼を受けるかどうかでも物語が分岐していくのだ。分厚いアドベンチャーゲームだと言える。

2. 具体的な仕事の内容

入国希望者が提出する書類をマニュアルに沿って審査し、書類が揃っている者だけを入国させ、そうでない者は拒否する。正しく処理することで一人につき5クレジットもらえる。なんと完全歩合制であり基本給は無し。さらに間違えると1日につき3回目から5クレジットの罰金を取られる。

得られたクレジットは生活費に消える。素でやるなら家賃25+食費20+暖房費10=55クレジットが必要なので、日々の仕事では少なくとも10人を正確に捌いていく必要がある。しかし多くの場合、時間切れやテロなどで入国ゲートは閉まってしまうので、1日に1人以上を正しく処理することは難しい。普通のプレイでは赤字になってしまうだろう。

画像2

国民の生命を保証してくれない国に
奉仕する必要はあるのか。

入国希望者の中には書類の不備を賄賂で乗り切ろうとする者も現れる。それを受け取らずにプレイすることも可能だが、筆者は清廉にはなれなかった。

また国境検問所はテロリストに狙われることが多く、テロリストが出てきたら銃で応戦しなければならない。鍵を開け、銃を取り出し、狙いをつけ、発砲するまでの猶予は短い。成功すれば射撃報酬をもらえるから嬉しいのだけど。

3. 難易度の高さ

アドベンチャーとしては、何日目に何が起こるのか既に詳しい攻略記事がインターネットにあるので困ることはないだろう。難しいのは入国審査パートだ。

難しさの原因は、厳格な正誤の基準と、見るべきポイントの多さにある。

正確性については、「ここは見なくていいかな」と思うようなパスポート発行都市の名前や、うっかり忘れた滞在理由の照合など、本当に細かな不整合を指摘される。

画像3

理不尽な規定違反は無い。
すべてのミスはプレイヤーの不注意が原因だ。

読み込むべき書類の多さにも辟易する。入国希望者には最大5枚の書類を提出され、ゲーム後半になると机の上は大混乱。場合によっては入国希望者の指紋も取らなければならないので、都合7枚の書類の整合性を目をシパシパさせながら確認していくことになる。

画像4

密輸の疑いがあれば透過写真も撮る。

書類上で確認すべきポイントは1人につき10箇所ほどあるだろうか。これを急いで毎日11人「以上」捌いていかなければならない。こんなの間違わない方が不思議だ。入国許可のスタンプを押すのが怖い。

4. 完全な日常は娯楽にならない

筆者にとって本作は全く楽しくない。

いや、ゲームとしての完成度は高いと思う。メイングラフィックが1枚の絵に収まっているミニマルさは素晴らしいと思うし、操作性も良好で、バグらしいバグも無い。何よりアイデアの新規性は抜群だ。

しかし、どうしても筆者には本作がきつい。理由は、筆者の普段の仕事が入国審査官に近いからだ。決められた様式に従って必要な書類を集め、不備がないか確認して回覧する。もし不備があれば筆者の責任だ。おそらく登記官や銀行の与信審査などに近い仕事だと思う。

本作で不審点を見逃して入国させてしまい、規則違反の通告がチリチリと出てくるのには本当に現実で詰められているようなプレッシャーがある。どんなに難しい仕事であっても「きちんとできて当たり前、できなかったらペナルティ」となるのは事務方の辛さ。なるほど入国審査官のロールプレイとしては完璧であり、本作の完成度には驚くばかりである。

筆者はゲームを「ゲームでしか体験できないことを体験させてくれる」ゆえに尊いと考えている。本作を真に楽しめるのは、仕事で書類審査をしない人たちだ。本作はユニークで尖ったゲームだが、筆者には合っていなかった。

このあたり、他の職業の人の意見も聞いてみたい。野球選手は野球ゲームをどう感じているのだろうか。レーサーはレースゲームをプレイして楽しいのだろうか。パイロットがフライトシミュレーターをやるとどうか。本物の入国審査官は本作を楽しくプレイできるのか。……筆者のプロ意識の低さを露呈するだけかもしれない。

だが少なくとも、ゲームの品質とは別にゲームの「楽しさ」というものが極めて個人的なものであることを筆者は知った。それはタイミングの問題もあるだろうし、その人の経歴、性格、環境や体調にもよるだろう。「万人にとって常に楽しいゲーム」というものは無い。それゆえゲームの楽しさの根源は今後も探求され続けるだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?