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【英国法】National Security and Investment Act 2021#2

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

本日も、前回に引き続き、英国における買収及び投資についての国家安全保障に関する法律であるNational Security and Investment Act 2021(以下「NSI Act 2021」)について書きたいと思います。

前回の記事はこちらです。

なお、法律事務所のニューズレターとは異なり、分かりやすさを重視して、正確性を犠牲にしているところがありますので、ご了承ください。


3条声明

3条声明とは?

NSI Actは、内閣大臣(Secretary of State)に対して、コールイン通知を発する際の権限行使に関するガイダンスを公表することを認めており、このガイダンスのことを俗に3条声明(Section 3 Statement)と呼びます。

ちょうど2024年5月21日に、最新版が公表されています。

制度趣旨

実は、NSI Act 2021は、国家安全保障(national security)についての定義を持っていません。

政府が国家安全保障のために行うコールイン通知(前回を参照)やそれに続く強制措置は、M&A取引などに甚大な影響を及ぼすところ、どういうときに政府が介入を実施し得るのか分からないとなると、事業者としてはたまったものではありません。

もちろん、特定のセクターについては政府の関与があることが制度上明らかですが、そうでないセクターの取引もコールイン通知の対象になりうることを考えると、やはり基準の不明確性は、事業者にとって厄介ですよね。

このような事業者にとってのリスクを軽減し、予測可能性を高めようとするのが、3条声明というわけです。

どのようなことが書いてあるのか:リスクの3要因

結局のところ、政府は、その取引によって国家安全保障に対して生じるリスクが許容できないと考えるときにコールイン通知を行使するのですが、そのリスク要因を次の3つに分解しています。

① ターゲットリスク:取引の対象が国家安全保障上のリスクをもたらすような方法で利用されるか否か
② コントロールリスク:取得者が取引の対象についてどの程度のコントロールを及ぼすようになるか
③ 取得者リスク:その取得者が取引の対象を取得することについて国家安全保障上のリスクを生じさせるか否か

前回も書いたとおり、NSI Act 2021は、適格事業体の取引のみならず適格資産の取引についても規制しています。3条声明では、それぞれの取引に分けて、いくつかのケースとともに、上記3つのリスク要因に関する説明がなされています。

取得者による通知:義務的通知

義務的通知の要件

次の場合、取得者は、対象となる取引を内閣大臣に届け出た上で取引の承認を得なければなりません。承認を得ずになされた取引は、一定の場合には事後承認が認められるものの、通常は無効となってしまいます。

義務的通知の要件:
① 適格事業体の支配権の取得に係るトリガーイベントの発生
② セクター要件への該当

トリガーイベントについては、前回の記事をご覧ください。なお、適格資産の支配権の取得に関しては、義務的通知が定められていません。

セクター要件

次のとおり、17個のセクターが指定されており、対象となる適格事業体がこれらのセクターで特定の活動を行っているときには、セクター要件にヒットすることになります。

対象セクター:
①先端材料、②先端ロボティクス、③人工知能、④民生用原子力発電、⑤通信、⑥コンピューターハードウェア、⑦政府の重要サプライヤー、⑧暗号認証、⑨データインフラ、⑩防衛、⑪エネルギー、⑫軍事(及び民生利用)、⑬量子技術、⑭衛星及び宇宙技術、⑮緊急サービスのサプライヤー、⑯人工バイオ、⑰運輸

NSI Act 2021の二次法(*1)が、各セクターにおける特定の活動の内容を定めており、日本の外為法の直接対内投資の要件と同様に、かなり細かい規定が並んでいます。

そのため、セクター要件に該当するか否かは、まずは17セクターに当たり得るかざっくり考えて、その後、上記二次法と照らし合わせてじっくり検討することになりそうですね。

また、こちらのガイダンスも参考になるのではないかと思います(中身は詳しく読めていません)。

義務的通知をしなければいけないのは誰か?

適格事業体の支配権を取得する者が、義務的通知を行わなければいけません。つまり、買手側ですね。

なお、弁護士等の代理人が届出を行うことは当然想定されており、フォームにも代理人の情報を埋める箇所があります。

取得者等による通知:自主的通知

どんな取引でもそうですが、事業者がもっとも恐れるのは不確実性です。その意味で、NSI Act 2021は、政府に対して、義務的通知の対象とならない取引に関しても広範なコールイン通知の権限を与えており、事業者にとって脅威というほかありません。

このような不確実性を軽減する仕組みとして、取得者等による自主的通知の制度が設けられています。

自主的通知が可能な取引

義務的通知が不要な場合であっても、トリガーイベントが発生していれば、自主的通知を行うことができます。そもそも、NSI Act 2021が定める取得者等の通知制度は、トリガーイベントの発生を通知する建付けとなっているので、当たり前と言えば当たり前ですね。

どのような場合に自主的通知を行うべきか?

自主的通知は、適格事業体の活動が大まかに言って対象セクターに含まれ得るものの、二次法が定める特定の活動をしているとはいえない場合に関係することが多いと言われています。

自主的通知の性質からして、どのような場合に自主的通知が必要かを言い切ることは難しいですが、やはり、3条声明の検討が出発点になるだろうと思われます。

前回もご紹介したこちらの22‐23年度の総括によれば、自主的通知は167件行われ、これに基づくコールイン通知が実際に17件も発せられています。このことを考えると、自主的通知によって命を救われた取引が相当数あったことが伺われます。

自主的通知を行なえるのは誰か?

義務的通知とは異なり、取得者、売り手、及び、適格事業体によって実施することができます。これらの代理人が実際の手続を行うことができるのは義務的通知のときと同じです。

義務的通知・自主的通知の手続

通知の提出

両手続とも、基本的な流れは同じです。
通知は、こちらの政府のWEBサイトを通じて、届け出ることができます。

上記リンクから、義務的通知の申請フォーム自主的通知のフォームを確認することができます。もの好きな方は、どのような事項の記入が必要が見てみられても良いかも知れません。

また、こちらのガイダンスもきっと有用です。

閣内大臣による受理

閣内大臣は、義務的通知・自主的通知を受領したのち、これを受理するか否かを速やかに決定することとなっています。

だいたい平均して4営業日で受理確認がなされます。

通知に対するスクリーニング

閣内大臣は、通知の受理後、30営業日以内に、(i)通知された取引を承認するか、(ii)コールイン通知を行わなければなりません。

前述の22‐23年度の総括によれば、上記初期的スクリーニングは、基本的に期限を目いっぱい使って行われるようであり、平均して28営業日(自主的通知については27営業日)を要していることが述べられています。

コールイン通知へ

もし、閣内大臣がコールイン通知を発した場合には、前回も説明したとおり、評価期間に突入します。

前回の繰り返しになりますが、コールイン通知を発したのち、政府は、原則として30営業日以内に、何らかの最終措置を取るか、それとも、措置を取らないのかを決めなければなりません。判断に時間を要すると政府が判断したときは、この期間は45営業日延長することができます。

つまり、最長で75営業日であり、義務的通知・自主的通知の受理を受けた日からでいえば、最長で105営業日を要すると言えます。

まとめ

いかがだったでしょうか。
本日は、英国における買収及び投資についての国家安全保障に関する法律であるNSI Act 2021の紹介の後半でした。

前回にも書きましたが、NSI Act 2021について、以下のとおりまとめます。

NSI Act 2021は:
・ 政府に対して、トリガーイベント(trigger event)が生じた際に、調査及び介入を行う権限を与えている。
・ 政府に対して、3条声明(Section 3 Statement)と呼ばれる調査・介入権限の行使に関するガイダンスの公表を求めている。
・ トリガーイベントのうち、一定のセクターに関連するものについては、取得者(acquirer)に対して、政府への義務的通知(mandatory notice)を実施する義務を課している。
・ 事前届出義務が課されていない場合であっても、取得者が政府に対して自主的通知(voluntary notice)を行ったときには、政府に介入の要否を判断させる。
・ 義務的通知・自主的通知が受理されてから、対象取引に対するお墨付きを得られるまで、最長で105営業日を要する。

ここまで読んで頂きありがとうございました。
この記事がどなたかのお役に立てば、嬉しいです。


【注釈】
*1 The National Security and Investment Act 2021 (Notifiable Acquisition) (Specification of Qualifying Entities) Regulations 2021


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