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【英国法】National Security and Investment Act 2021#1

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

※ いつも使っているTop画が使えなくなってしまったので、別の素材を見繕いましたが、いつもと同じシリーズです。

本日は、英国における買収及び投資についての国家安全保障に関する法律であるNational Security and Investment Act 2021(以下「NSI Act 2021」)について書きたいと思います。

なお、法律事務所のニューズレターとは異なり、分かりやすさを重視して、正確性を犠牲にしているところがありますので、ご了承ください。


National Security and Investment Act 2021とは?

趣旨・目的

NSI Act 2021は、英国の安全保障を目的とした、買収及び投資に対する政府による審査及び介入に関する法的枠組みを定めた法律です。

もともとは、Enterprise Act 2002の一部がこの分野を規律していましたが、2022年1月4日以降は、NSI Act 2021がこれにとって代わっています。

条文

いつものように、こちらにリンクを貼っておきます。

NSI Act 2021に基づく政府の調査及び介入の仕組み

ざっくり言うと、NSI Act 2021は、次のような仕組みをとっています。

NSI Act 2021は:
・ 政府に対して、トリガーイベント(trigger event)が生じた際に、調査及び介入を行う権限を与えている。
・ 政府に対して、3条声明(Section 3 Statement)と呼ばれる調査・介入権限の行使に関するガイダンスの公表を求めている。
・ トリガーイベントのうち、一定のセクターに関連するものについては、取得者(acquirer)に対して、政府への義務的通知(mandatory notice)を実施する義務を課している。
・ 事前届出義務が課されていない場合であっても、取得者が政府に対して自主的通知(voluntary notice)を行ったときには、政府に介入の要否を判断させる。

なんだかもう、これだけ把握しておけば取り急ぎ大丈夫な気もするのですが、順番にもう少し詳しく見ていきたいと思います。

トリガーイベント

S. 5は、次のように定めています。

トリガーイベントとは、取得者が、適格事業体(qualified entity)又は適格資産(qualified asset)の支配権を取得することをいう。

ちょっと分かりにくいかも知れませんが、もっとも単純な例で言えば、ある取得者が、英国企業X社の発行済株式の全てを取得することは、典型的なトリガーイベントであると言えます。

適格事業体とは?

適格事業体とは、個人を除くあらゆる事業体であり、会社、パートナーシップ、信託、法人格なき社団が含まれます。

また、英国の事業体は、当然に適格事業体であることに加えて、英国で活動したり、英国の人々に商品やサービスを提供する海外の事業体も、適格事業体に含まれます。

適格事業体の支配権とは?

どのようなときに、取得者が、適格事業体の支配権を取得したことになるのでしょうか。S. 8に規定があります。

支配権の取得とは:
① 取得者の適格事業体の株式(持分)(*1)の保有割合又は議決権割合が、25%を超える、50%を超える、又は、75%を超えること
② 適格事業体の業務に関する決議事項の可決又は否決を左右できる議決権を獲得すること
③ 適格事業体の政策に重大な影響力を行使できるようになること

①は、「%」が3回も出てきてややこしいですが、各値は閾値と考えて頂ければと思います。例えば、24%→26%のような保有割合の増加は、「25%を超える」という要件にヒットすることになります。

適格資産とは?

NSI Act 2021は、取得者による一定の資産の取得も適用対象としています。

気になるのは適格資産の定義ですが、s. 7は、土地、動産、並びに、商業的又は経済的価値のある情報、アイデア、及び、技術を適格資産としています。かなり広範ですね。

域内要件としては、英国内の上記資産は全て適格資産であり、英国外の上記資産は、英国内での活動や英国の市民に対する商品・サービスの提供に関連しているときに、適格資産となります。

適格資産の支配権とは?

S. 9は、次のように定めています。

支配権の取得とは:
取得者が、以下のいずれかを可能にするような適格資産の権利又は利益の取得をいう。
① 適格資産を使用せしめ、又は、取得前よりも広範に使用せしめること
② 適格資産の使用方法を指示又は管理せしめ、又は、取得前よりも広範に支持又は管理せしめること

難しく書きましたが、非常に広範ですね。適格資産の定義の広さも相まって、ほぼ全ての取引が該当するようにも思えます。

もっとも、個人が、ビジネスとは無関係(主に無関係であるときを含む。)に適格資産の支配権を取得したときは、除かれます。ただし、例外の例外で、かかる適格資産が土地又は一定の輸出管理規制に服しているものであるときは、NSI Act 2021の適用は除外されません。

政府による調査及び介入権限行使の流れ

コールイン通知

政府は、①トリガーイベントが起こり(計画中であるときを含む)、かつ、②それにより国家の安全保障にリスクが生じた(生じる可能性があるときを含む)ものと合理的に疑われた場合に、コールイン通知(call-in notice)と呼ばれる通知を、取得者らに発することができます。

コールイン通知は、政府による調査及び介入のスタート地点となります。トリガーイベントごとに、原則1回しかコールイン通知は認められません。

評価期間

コールイン通知を発したのち、政府は、原則として30営業日以内に、何らかの最終措置を取るか、それとも、措置を取らないのかを決めなければなりません。判断に時間を要すると政府が判断したときは、この期間は45営業日延長することができます。つまり、最長で75営業日ですね(*2)。

この期間中、政府は、トリガーイベントが国家安全保障にもたらすリスクを評価します。そのため、NSI Act 2021は、この期間のことを、評価期間(assessment period)と定義しています。

政府は、この間に、調査権限を行使したり、関係者を召喚して事情を聴取することができます。

最終命令と最終通知

政府は、評価期間中にリスク評価を終えて、その後、最終命令(final order)又は最終通知(final notification)を出します。

最終命令は、トリガーイベントが国家安全保障にもたらすリスクに対処するための政府による介入権限の行使であり、特定人に対する特定の作為又は不作為、取引遂行に関する監督者の選任などを命じることができます。

例えば、防衛産業を営む企業の買収がトリガーイベントなのであれば、その買収を認めないというような最終命令が考えられそうです。

最終通知は、政府が、トリガーイベントについてそれ以上の行動をしない旨をコールイン通知を宛てた者に対して行う通知です。

権限行使の状況

政府は、NSI Act 2021の執行に関して、年次報告書を発行しています。

22‐23年度の年次報告書によれば、次のとおりです。

・ コールイン通知の発数:65件
・ 最終命令の発数:15件(うちM&A取引の中止/解消命令は5件)

どうでしょう、多いでしょうか。毎年あまたの数のM&Aが英国で実施されていることを思えば、案外少ないようにも思います。

小括

すみません、簡単にまとめるつもりだったのですが、長くなってしまいました。残りの部分は次回に持ち越したいと思います。

次回の後半部分は、政府の調査及び介入権限の行使に関する指針である3条声明と、取得者による通知手続について紹介する予定です。

今回は制度面での説明が多く、退屈だったかもしれませんが、次回はもうちょっと実務面での話になるのでとっつきやすいはずです。

追記:次回はこちらです。

ここまで読んで頂きありがとうございました。
この記事がどなたかのお役に立てば、嬉しいです。


【注釈】
*1 条文上は「shares」なのですが、S. 8(2)の規定を踏まえると、持分も含まれるように思います。
*2 ただし、政府は、取得者から同意を得て、さらに期間を延長することができます。この延長期間の長さには制限がありません。


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