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【英国法】代替送達 ーWhatsAppで送れる訴状ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

本日のテーマは、イギリスの民事訴訟における送達です。

送達とは、裁判手続に関する書類を当事者や関係者に送り届けることをいいます。このように書くと地味な話のように感じるかもしれませんが、英国でも日本でも、実務上、非常に重要な手続です。

特に、Claim Form(日本でいう訴状)の被告への送達は、訴える側もかなり気を使います。というのも、訴えられる側に対して裁判開始の事実を所定のルールに沿ってきちんと伝えないと、基本的に裁判が始まらないからです。

裁判所は、訴えられる側の所在を積極的に探しません。
それは、訴える本人の責務です。

そのため、訴えたい相手の素性が分からない、どこに住んでいるのか分からない、という問題は、訴訟の追行を不可能にさせる可能性があります。ここ数年でポピュラーになりつつあるSNSの誹謗中傷に対する発信者開示請求も、このような観点からニーズがあるというわけですね。

このように、訴える側をしばしば悩ませている送達の問題ですが、イギリスでは、その解決手段の一つとして、代替送達(alternative services)という制度があります。本日はこれについて見ていきたいと思います。

なお、法律事務所のニューズレターとは異なり、分かりやすさを重視して、正確性を犠牲にしているところがありますので、ご了承ください。


基本的な送達方法

代替送達の話に入る前に、イギリスの民事訴訟における基本的な送達方法を紹介します。

基本的に、Claim Formの送達は、裁判所が実施します。
もっとも既に述べたとおり、相手の所在を探すのは原告本人の責務です。

送達の方法については、Civil Procedure Rules (CPR)にて定められており、具体的には、次のものがあります(*1)。
なお、裁判所は、これらの中から送達方法を選択する裁量があります。

・ 郵便
・ ファックス
・ 所定の場所への差し置き
・ 原告本人による送達
・ その他の電子的な方法(メールなど)

代替送達とは?

裁判所は、様々な場面を想定した上で、原告に対して、送達が完了できるような手当てを規定の中で提供していますが、それでも送達が困難な状況があり得ます。

このような場面に備えて、CPR 6.15は、次のように定めています。

裁判所は、正当な理由が認められる場合、本Partにおいて認められていない方法による又は場所への送達を許可することができる。

代替送達は、例外的なルートであるため、「正当な理由」は厳格に判断されると解されています。

SNSを利用した代替送達

代替送達の例は多岐に及びますが、ここでは、SNSを利用した例を紹介したいと思います。

WhatsAppによるClaim Formの送達

BBG v Persons Unknown(*2)では、ある宗教団体で活動するゲイの男性が氏名不詳者から執拗な脅迫と強要を受けていたことから、男性は、損害賠償請求と行為の差止命令を求めました。

男性が知っているのは脅迫等の連絡に使用されたユーザー名と電話番号のみであったことから、裁判所は、脅迫等の内容も考慮の上で、WhatsAppでメッセージを送信することによるClaim Formの送達を認めました。

日本だと、相手方の氏名も住所も不明となると民事訴訟の提起は事実上不可能です。それゆえに発信者情報開示の必要となるわけです。他方で、イギリスではPersons Unknownとして訴訟提起できる場合があり、判例もかなりの数があります。

ハンドルネームと電話番号が分かっているだけだと、たとえこの後に賠償命令を得ても事実上執行は不可能でしょうが、男性にとって重要なのは脅迫等の差止めなんでしょうね。

Facebook MessengerによるClaim Formの送達

ある企業がハッカーらから詐欺被害を受けた事件(*3)では、企業は氏名不詳のままハッカーたちを相手取って損害賠償、不当利得返還請求、及び、資産凍結命令を求めて提訴します。

裁判所は、WhatsAppでの送達を認めるとともに、Facebook経由での送達も認めました。

InstagramによるJudgment in defaultの送達

Claim Formの送達ではないのですが、Judgment in default(不履行判決)と呼ばれる、いわゆる欠席裁判による勝訴判決について、Instagramによる送達が認められた例もあるようです(*4)。

この事件では、被告の住所は一応判明していたと思われますが、送達された書類に対する応答が一切なかったようです。他方で被告は、頻繁にインスタグラムに写真をアップロードしていました。このような事情から、インスタグラムを利用した送達が認められました。

もっとも、インスタのメッセージ機能だと、画像形式の文書を送っても読みづらいということで、電子メールでファイルを送り、インスタではその旨の通知とファイルへのアクセスリンクを送ることにしたようです。

代替送達の限界

ここまで読まれて、イギリスの民事訴訟における送達は、日本に比べてかなりフレキシブルであると感じたかもしれません。

しかし、代替送達は、相手方の特定を不要とするものではありません。

Cameron v Liverpool Insurance(*5)で、最高裁は、次の2つを明確に区別しています。

① 相手方の身元は確認できるが、氏名が不明である場合
② 相手方の身元すら特定できない場合

この事件は、逃走したひき逃げ犯人の素性が問題になったのですが、裁判所は、このような者は②のケースに該当するため、このような状況で訴訟を提起するのは不可能だと判断しました。

上で挙げたSNSでの送達も、氏名などは不詳であったものの、電話番号等で本人を特定することが可能であったおかげで、代替送達として認められたものと考えられます。

ここまで読んで頂きありがとうございました。
この記事がどなたかのお役に立てば、嬉しいです。


【注釈】
*1 Rule 6.3。CPRのリンクはこちら
*2 BBG v Persons Unknown [2023] EWHC 2355 (KB)
*3 CMOC Sales and Marketing Ltd v Persons Unknown [2018] EWHC 2230 (Comm)
*4 リンクはこちら
*5 Cameron v Liverpool Victoria Insurance Co Ltd [2019] UK 6


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