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【英国法】Consumer Protection from Unfair Trading Regulations 2008 ー不公正な取引慣行の規制ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

本日は、イギリスの消費者保護法の一つであるConsumer Protection from Unfair Trading Regulations 2008CPUT)について書きたいと思います。

以前、消費者契約における不公正な条項について紹介しました。こちらは、主に、Consumer Rights Act 2015についての説明でした。

今回は、契約条項というよりは、取引に至る商慣行についての規制についての話です。また、本文で後ほど詳しく述べるとおり、CPUTは、新法により改正されようとしており、いわゆるダークパターン規制の機運の高まりも相まって今後注目の分野の一つです。

そこで本日は、今後の改正に向けて、現行の法規制を押さえて頂ければと思います。

なお、法律事務所のニューズレターとは異なり、分かりやすさを重視して、正確性を犠牲にしているところがありますので、ご了承ください。


CPUTとは?

CPUTは、EUの指令であるUnfair Commercial Practices Directive (2005/29/EC)(UCPD)に由来する、Retained EU Lawです。そのため、EU加盟国においても、基本的に、CPUTと同様の国内法が整備されています(*1)。

Retained EU Lawについては、以前のこちらの記事で説明しています。よければどうぞ。

CPUTの目的は、法令名のとおり、不公正な取引慣行から消費者を保護することにあります。

適用範囲

CPUTは、「商慣行(commercial practices)」を規制します。この用語は、次のように定義されます(*2)。

"any act, omission, course of conduct, representation or commercial communication (including advertising and marketing) by a trader which is directly connected with the promotion, sale or supply of a product to or from consumers, whether occurring before, during or after a commercial transaction (if any) in relation to a product"

すごくざっくり言うと、消費者に直接関連する事業活動は、CPUTが適用され得ると考えた方がよさそうです。

この定義に従えば、工作機器の販売業者が、自動車メーカーに対して、自動車生産のための工作機器を販売するような場合には、通常、CPUTの適用はありません。他方で、冷凍食品の卸売事業者は、直接の販売先はスーパーなどであるものの、その冷凍食品の販売と販売促進は消費者に直接関連することから、CPUTを遵守しなければならない場面が生じ得ます。

域外適用

英国内で完結する取引であれば、CPUTの適用はほぼ間違いありませんが、一方が英国外にいるときはどうでしょうか。

実際に問題となるのは、事業者が域外にいるときだと思います。

ここで詳しくは述べませんが、事業の性質、商品・サービスの内容、英国消費者との取引量といった諸般の事情を考慮して、事業者が英国の消費者をターゲットにしていると認められる場合は、英国の消費者は、消費者契約に関して、相手方である域外事業者を、英国の裁判所に訴えることができると考えられます。CPUTは、強行法規ですので、英国の裁判所での裁判では、CPUTが適用されることが前提の判断がなされることになろうかと思います。

なお、ここまでの話は、民事の話とご理解ください。後述のとおり、CPUTの違反は刑事罰にもなり得るものの、事業者への刑事罰の域外適用の議論は、ここでは割愛させて頂きます。

規制の概要

CPUTのReg 3は、次のとおり定めています。

Reg 3 不公正な商慣行の禁止
(1)  不公正は商慣行は禁止される。
(2)  (略)
(3)  次の場合、商慣行は不公正である。
(a)  専門的な勤勉さの要件に反し、かつ
(b)  製品に関する平均的消費者の経済行動を著しく歪めるか、又は、歪める可能性があるもの
(4)  次の場合、商慣行は不公正である。
(a)  誤解を招く行為(Reg 5)
(b)  誤解を招く不作為(Reg 6)
(c)  強引な商慣行(Reg 7)
(d)  別表1に記載の慣行
(5) (以下略)

つまり、CPUTは、Reg 3(4)において、誤解を招く行為、誤解を招く不作為、強引な商慣行、及び、別表1に記載の慣行という、特定の慣行について不公正であると定めるとともに、同(3)において、キャッチオール的な規制(一般的禁止事項)を敷いていると言えます。

適用範囲の項でも触れたとおり、英国の消費者に影響を与えるビジネスを行う事業者は、不公正な商慣行を行わないよう注意しなければならないことになります。

これらの違反は、基本的に刑事犯罪となり、罰金や懲役(2年以内)が科され得ます。また、CPUTは、事業者の違反について、消費者の救済措置を規定しており、事業者は、民事上のリスクも抱えることになります。

誤解を招く行為(misleading action)

Reg 5は、誤解を招く行為について3種類に分けて定めています。

① 虚偽又は誤解を招く行為
② 競合他社との紛らわしい比較
③ 行動規範の不履行

①は、Reg 5(4)各号に掲げる点(製品の性質、特徴、価格など)について、虚偽の情報を提供したり、たとえ正しい情報であっても全体として誤解を招くような印象を与えることです。日本では、景表法による優良誤認と有利誤認に対する規制がカバーしている範囲ではないかと思います。

②は、比較広告を含む、競合他社の製品、商標、商号又はその他の識別標識との混同を生じさせるマーケティングです。こちらは、日本の不正競争防止法における商品表示等の混同惹起行為が相当しそうです。なお、比較広告は、他の法令(Trade Marks Act 1994など)でも規制されています。

上記2つと少し毛色が異なるのが、③の行動規範(code of conduct)の不履行です。事業者が遵守することを約した行動規範に含まれる約束(commitment)を遵守しなかった場合に、誤解を招く行為となります。ここでいう約束は、確固としたものであって、検証可能でなければならず、かつ、願望的なものであってはいけません。なお、③については、違反しても刑事罰とはなりません。

誤解を招く不作為(misleading ommission)

Reg 6は、誤解を招く不作為について3つの類型に分けています。

① 重要な情報を省略又は隠ぺいすること
② 重要な情報を不明瞭、理解不能、曖昧、又は適時でない方法で提供すること
③ 商業的意図を明らかにしないこと

これらは、日本では主に消費者契約法がカバーしている領域でしょうか。

①と②で関係する「重要な情報(material information)」とは、(i)平均的な消費者が十分な情報を得た上で取引上の意思決定を行うために必要なものであって、(ii)EU法の義務の結果として商業通信に関連して適用される要求情報をいいます。

(ii)の方がちょっと分かりにくいですが、いくつかのEU法は商業通信に関連して所定の情報の提供を要求しており、その要求される情報が重要な情報となり得ることを意味します。CPUTの基となったEU指令のUCPDのAnnex IIが、具体的な内容を参照できるように、該当する指令リストアップしています(*3)。

③は、要するにステルスマーケティング(ステマ)に関連する規定ですね。以前、こちらで紹介した通り、英国を含む欧州では、日本が一部のステマを明確に違法とするよりずっと前から、ステマを禁止しています。

強引な慣行(aggressive practice)

Reg 7(1)は、嫌がらせ、強制、又は不当な影響力によって、平均的消費者の商品に関する選択又は行動の自由を著しく損ない、その結果、他の方法では行わなかったであろう取引上の決定を行わせることを、強引な慣行に当たるものとして禁しています。

日本では消費者契約法が主にカバーしている領域ですね。

CPUTは、ある商慣行が強引な慣行に当たるか否かの考慮要素として、次の要因をあげています。

・ 行為の時期、場所、性質又は持続性
・ 強迫的又は乱暴な言動の使用
・ 消費者の判断力を損なうような重大な特定の不幸や状況を事業者が利用し、それを事業者が認識し、消費者の意思決定に影響を与えること
・ 契約解除権、他の製品や他の販売者に切り替える権利など、契約に基づく消費者の権利行使に対する不当又は不釣り合いな障壁
・ 法的に取ることができない行為の強迫

別表1に記載された慣行

CPUTは、全面的に禁止される商慣行として、別表1に合計31個の慣行をリストアップしています。これらは、ここまで述べてきた類型とは異なり、平均的消費者に及ぼす影響については考慮する必要がなく、慣行それ自体が絶対的に禁止されます。

事業者としては、まず、自身のビジネスが別表1の慣行に該当しないことを確認する必要があろうかと思います。

全部で31個もあるため、全てに言及すると膨大な量になってしまうことから、ここでは割愛しますが、そんなに長くもないので、よければ読まれてみてください。

一般的禁止

ここまでは特定の行為類型について紹介してきましたが、CPUTのReg 3は、キャッチオール的に、次のような慣行を禁止しています。

① 専門的勤勉さ(professional diligence)の要件に反し、かつ、
② 製品に関する平均的消費者の経済行動に重大な歪みを来す(又は来すおそれがある)慣行

専門的勤勉さとは、要するに、事業者が消費者に対して行使することが合理的に期待される特別な技能と注意の水準であって、事業者の活動分野における誠実な市場慣行等を意味します。

Digital Markets, Competition and Consumers Act 2024

ここまで述べてきてアレですが、実は、CPUTは、新法に置き換えられようとしています。

2024年5月24日に成立したDigital Markets, Competition and Consumers Act 2024DMCCA)は、CPUTを廃止して、そのPart 4にて不公正な取引慣行に関する規定を置きました。

DMCCAの発効のタイミングは、政府による二次法の制定に委ねられており、正確な時期は明らかになっていませんが、2024年秋の発効が噂されています。

とはいえ、DMCCAによって不公正な取引慣行の規制の内容がガラッと変わるものではなく、基本的にはCPUTを漸進的に改定した内容となっています。

実質的な変更点としては、フェイクレビューの投稿や委託、及び、ドリップ・プライシング(購入プロセスにおいて当初価格にオプション以外の料金を上乗せする行為)の禁止の明確化、並びに、弱い立場(vulnarability)の概念の拡大などがあげられます。フェイクレビューやドリップ・プライシングの規制などは、昨今のダークパターンの規制の流れに合致するものですね。

当初は、DMCCAについて書こうと思って投稿の準備をしていたのですが、CPUTをきちんとした形で紹介していないと気づいたため、今回のテーマに設定した次第です。

DMCCAについては、CPUTの改正のほかにも、デジタル市場規制や当局(CMA)の権限拡大といった重要事項が盛りだくさんの法律なので、発効が近くなった段階でまとめられればと思っています。

まとめ

いかがだったでしょうか。
本日は、英国の消費者保護に関する重要法令のひとつであるCPUTについて、ご紹介しました。

ざっくりまとめると以下のとおりです。

・ Consumer Protection from Unfair Trading Regulations 2008(CPUT)は、英国の消費者に対する不公正な取引慣行を規制する法令である。
・ 不公正な取引慣行には、(i)誤解を招く行為、(ii)誤解を招く不作為、(iii)強引な慣行、(iv)別表1に記載された慣行があり、キャッチオール的な規制として(v)一般的禁止も定められている。
・ 不公正な取引慣行は、基本的に刑事罰の対象となるとともに、消費者に民事上の権利を付与し得るものである。
・ 最近、Digital Markets, Competition and Consumers Act 2024が制定され、CPUTは、同法Part 4に置き換えられる予定である。時期は未定であるが、2024年秋にも発行する可能性がある。

ここまで読んで頂きありがとうございました。
この記事がどなたかのお役に立てば、嬉しいです。


【注釈】
*1 もっとも、2022年5月28日に指令の一部が改正されており(2024年3月26日発効)、EU加盟各国の実施法は、CPUTと乖離し始めています。
*2 Reg. 2(1), CPUT
*3 ただし、非網羅的なリストとされています。


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