【英国法】 "Term"と"Representation" の区別 ー契約締結前の声明の取扱いー
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
本日は、契約当事者による契約締結前の声明、説明、又は陳述(以下まとめて「声明」と表現します。)について書きたいと思います。
日本の契約法では、タイトルにあるような条件(Term)と表示(Representation)の区別はないと理解しています。
そのため、英国法の契約事務を担当される方にとっては、もしかしたら気を遣うところかもしれません。
なお、法律事務所のニューズレターとは異なり、分かりやすさを重視して、正確性を犠牲にしているところがありますので、ご了承ください。
契約締結以前の声明:パフと表示と条件
契約当事者は、契約交渉に当たって、様々なことを言います。
例えば、洋服屋の店員さんは、セーターを探しているお客さんに対して、「これはニュージーランド産の羊毛100%で編まれたものです。」と言ったり、「このセーターを着るだけでモテモテになります。」と言ったりするかもしれません。
このような、契約当事者の声明は、当事者が契約を締結するに至る重要な条件となるものもあれば、単なる謳い文句に過ぎない場合もあるはずです。
英国契約法では、このような当事者が契約締結前に行う声明について、大きく次の3つに分類しています。
① パフ(puff)
パフとは、相手方に文言通りに受け取られることが意図されない声明です。単なるパフ(mere puff)とも呼ばれます(*1)。宣伝文句とも言い換えられそうですね。
上記の洋服屋の店員の会話でいえば、「このセーターを着るだけでモテモテになります。」が、パフに当たる可能性が高いです。セーター一枚でモテモテになるわけがないことが合理的に考えて明らかだからです。
お客さんがそのセーターを買ったとしても、それだけでモテモテになることはありません。その意味で、上記の店員の説明は事実に反しています。もっとも、仮にそのお客さんが「このセーターを着てもモテモテにならなかったじゃないか!金返せ!」と主張しても、認められません。言い換えれば、パフには法的効力はなく、たとえパフが事実に反していたとしても、店は法的責任を負いません。
なお、パフか否かは、客観的に判断されます。つまり、相手方がその声明を文言通りに受けとることが客観的に見て合理的か否かが重要となるものと思われます。
② 表示
表示とは、契約の締結を当事者に促す可能性のある、契約外で一般的になされる声明です。こちらもパフみたく、単なる表示(mere representation)などと言われることもあります。
パフと表示の違いは、相手方を契約締結に誘導するような声明であるか否かだと解されます。
もっとも、たとえ契約の一方当事者の表示が真実でない場合であっても、他方当事者は、一方当事者に対して契約違反に基づく責任を追及できません。
③ 条件
条件とは、契約の一部を構成することとなる声明です。すなわち、条件を提示した当事者は、それが真実であることを約束したものと扱われます。
もし、上記の洋服屋の店員の「これはニュージーランド産の羊毛100%で編まれたものです。」という声明を受けて、お客さんが「そうであれば、購入します。」といって、セーターを購入した場合、当該セーターがニュージーランド産の羊毛100%で編まれたという事実は、条件と整理できそうです。
上述のとおり、当事者の表示は、事実と異なる場合であっても契約違反を構成しない一方で、条件が事実と異なる場合には、契約違反となります。
パフと表示を区別する実益:不実表示(misrepresentaiton)
ここまで読まれた方は、表示と条件を分けることについては、真実でなかった場合に契約違反となるか否かの区別になるという意味で、実益があると実感されたと思います。
他方で、パフと表示を分ける実益はどこにあるのでしょうか。どちらも真実でなかった場合にいずれにしても契約違反を構成しないのであれば、区別する意義は無いようにも思われます。
実は、表示が真実ではなかった場合、契約違反に基づく責任を追及できないものの、一定の場合には、不実表示(misrepresentation)に基づく責任を追及できる可能性があります。他方で、パフが真実でなくても、不実表示は成立しません。
ここに両者を分ける実益があるということですね。
でも、表示が真実でなかった場合にも、相手方に対して責任追及ができるのであれば、今度は、表示と条件を分ける意義が問題となります。
表示と条件を区別する実益:契約違反と不実表示の効果の違い
すでに述べたとおり、条件を提示した契約当事者は、当該条件が真実でなかった場合、契約違反(breach of contract)となります。
英国の契約法において、契約違反に基づく責任追及については、基本的に債務者の過失を要求しません。そのため、契約当事者が、条件が真実でないことについて無過失であっても、損害賠償責任を負うことになります。また、損害賠償の範囲は、日本法にいう履行利益に近いものになります(*2)。
他方で、不実表示に基づく責任追及については、過失のない表示者に対して損害賠償請求は基本的に認められません(*3)。つまり、契約当事者が、表示が真実でないことについて無過失であれば、基本的には、損害賠償義務を負いません。また、損害賠償の範囲は、日本法にいう信頼利益に近いものになります。
表示と条件の区別の方法
では、表示と条件は、どのように区別するのでしょうか。
まず、前提として、ある声明が表示にあたるのか条件となるのかを考えるとき、当事者の意思を、客観的事実に基づいて判断します。当事者の契約締結に係るやりとりの全ての状況を客観的に観察して判断する、などと言われています。
声明のタイミング
一般的に、声明と契約締結のタイミングが離れていればいるほど、条件とは判断されづらいと言われています。
これに関連して、とある著名な判例では、次のように説明されます(*4)。
声明の重要性
当事者が締結しようとしている契約にとって、その声明が重要であればあるほど、条件と判断されやすくなると言われています。
上記のセーターの販売に係る店員とお客さんのやり取りで言えば、洋服にとって、生地の品質や生産地は、クオリティに直結する話であり、「これはニュージーランド産の羊毛100%で編まれたものです。」は重要な声明であると言えそうです。
専門家による声明
声明を行った者と相手方との間で、声明に関する事項に対する知見に差が大きい場合、当該声明は条件とされやすくなります。
このnoteもそうですが、法律事務所のニューズレターやセミナー資料には、しつこいぐらいにディスクレーマーが書かれていると思います。その理由は複合的ですが、専門家による声明は条件となりやすいという点も、わずかながら影響しているのではないかと思っています。
おわりに
いかがだったでしょうか。
本日は、英国契約法の中でも問題となりやすい、条件と表示の区別について、紹介しました。
以下のとおり、まとめます。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
この記事がどなたかのお役に立てば、嬉しいです。
【注釈】
*1 良い和訳が当てられず、カタカナをそのまま使いました。ぼくは手元に日本語で書かれた信頼できる英米法の本が無いため、確認できませんでしたが、もしかしたら適切な訳が付けられているかもしれません。その場合は、こっそり教えてください!
*2 Para 7.4, O'Sullivan, ”The Law of Contract (10th edn)” (OUP 2022) 当事者がどのような内容で条件を提示していようと事実は変わらないため、履行利益の賠償を受けられ得るというのは、個人的には違和感があります。もしかしたら、ぼくが読み間違えているかもしれないので、該当箇所の引用を置いておきます。ちなみに、左記書籍の原文の記載は、”(T)he claimant will be entitled to the contractual, expectation measure of damages, which (as we will see in Chapter 16) will put him into the position he would have been in if the statement had been true.”です。
*3 S. 2(2), Misrepresentation Act 1967
*4 Inntrepreneur Pub Co (GL) v East Crown Ltd [2000] 3 EGLR 31
免責事項:
このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。
X(Twitter)もやっています。
こちらから、フォローお願いします!
こちらのマガジンで、英国法の豆知識をまとめています。
よければ、ご覧ください。