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【英国判例紹介】Chaudhry v Prabhakar ー友人の車選びを手伝ったら1000万円を支払うハメになった男ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

今回ご紹介するのは、Chaudhry v Prabhakar事件(*1)です。

法学を勉強した方であれば、「この判決、ちょっと負けた方かわいそうじゃない?」っていう判例に出くわしたこと、ありませんか?

ぼくにとって、この事件はそんな判例の一つです。法分野としては、不法行為(Tort)の注意義務の話です。

皆さんがぼくと同じ感想を持たれるかどうかは分かりませんが、興味深い事件ではあるので、ぜひご覧ください。

なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。


事案の概要:友人に頼まれて中古車選びを手伝うが、、

Nazma Chaudhry(原告・被控訴人)とKamal Kumar Prabhakar(被告・控訴人)は、親しい友人でした。

原告は、中古車の購入を検討していたところ、自動車にも詳しいことを自称する被告に対して、事故車でないことを条件として中古車探しを頼み、被告はこれを無償で引き受けます。

その後、被告は、車の修理工が、フォルクスワーゲンのゴルフ(以下「本件車両」)を売っているのを見つけました。被告は、本件車両のボンネットが一度クシャクシャになり、修理されたか交換された事実を知るものの、見た目がキュートで女性が運転するにはいい車だと考えます。

そこで、被告は、原告に対して、本件車両を褒め、整備士の検査は不要であると断言して、購入をすすめます。こうした被告の言動を受けて、原告は、本件車両を、4,500ポンドで購入します。なお、このとき、原告は、被告から、「本件車両の事故歴は無い」という回答を得ていました。

購入から約2ヵ月後、原告の兄が本件車両を運転中、事故に巻き込まれます。本件車両を調べてみると、以前に大事故に巻き込まれており、修理工が引き取ったものであったことが判明します。

本件車両は購入当時からまったく無価値であり、修理することは現実的ではなく、廃車となります。

そこで、原告は、被告及び修理工に対して、損害賠償を請求します。原審では、被告に対して5726.58ポンド、修理工に対して6570.20ポンドの支払が命じられました。

納得いかない被告は、控訴しました。

争点:車探しを無償で手伝った被告に注意義務違反は認められるか?

英国の不法行為法においても、過失による不法行為が成立するためには、注意義務(duty of care)の存在とその違反が認められなければなりません。

なんと、被告の弁護士は、被告が原告に対して一定の注意義務を負っていたことを認めています

被告の弁護士は、注意義務の存在を争うのではなく、注意義務の程度を争いました。どういうことかと言うと、被告は無報酬で原告を手伝った者であり、自己の業務に対してするような注意を払えば足りると主張し、この基準に従えば、被告に義務違反は無かったと主張したのです。

裁判所の判断

控訴棄却。
被告の注意義務違反が認められ、被告の原告に対する5726.58ポンドの賠償義務は維持されました。

考察

債務不履行に基づく損害賠償請求は無理なのか?

日本法に親しんでいる方からすれば、原告と被告の間に準委任契約(*2)が成立しているとして、原告の善管注意義務違反に基づく損害賠償請求も併せて行うことを考えるかもしれません。

しかしながら、英国法では、約因(consideration)の無い約束、ざっくり言うと対価が存在しない約束は契約としての拘束力を持ちません。そのため、原告と被告の間に、英国法に言う「契約」関係は存在しません。

約因については、こちらの判例紹介でも触れています。

無償の協力を行う者の注意義務の程度は軽減されるのか?

Stuart-Smith裁判官は、被告の弁護士が主張するような有償/無償の二元論的に注意義務の程度を分類することを避けて、「特定の事件の状況において、代理人によって十分な注意が払われたかどうかに着目すべき」という過去の判例(*3)の中で述べられたフレーズを引用しました。

そして、本件車両のボンネットがくしゃくしゃになったことを知っていたにも関わらず、被告が修理工に対して事故歴を尋ねなかったことに触れて、どのような注意の基準が要求されるにせよ、被告はそれを下回ったと思われると述べ、被告の注意義務違反を認めています。

他の二人の裁判官も、無償の協力者の注意義務の程度は軽減され得ることを述べつつ、本件では被告に注意義務違反があることを認めざるを得ないとしています。

被告の弁護士の訴訟戦略がまずかったのでは?

今回の事案では、被告は、ボンネットが潰れたことのある本件車両について、修理工に事故歴の有無を確認することなく、原告に対して事故歴が無いと答えるという、メガトン級のチョンボをしています。

この事実が認定される限り、どんなに注意義務の程度が低かろうが違反が認定されてしまうので、注意義務を認めるべきではなかったと思います。

実際、Stoker裁判官はこう述べています。

注意義務が生じるか否かは、アドバイスが提供された全ての状況によって決まる。本件では、(被告が)注意義務が存在したことを認めたため、この問題は生じない。

また、May裁判官はこう述べます。

本件の事実関係に照らせば、被告の原告に対する本件車両の事故歴に関する回答に、(無償のアドバイザーに一定の注意義務が発生するという)譲歩が適用されるとは思えない。(中略)しかし、この譲歩はなされたのであり、それに基づいて判決をしなければならないという(他の二人の裁判官)の意見に同意する。

注意義務を認めずに、争うべきだったことを匂わされていますね。

もし、ぼくが代理人を務めた訴訟の判決文でこんなことを書かれたら泣いちゃいます。というか、依頼者に説明できないです、、。

ビジネス上の取り決めと類似の関係

余談ではありますが、原告は26歳女性、被告も若い男性でした。ぼくも同じ男性として、女性から頼まれごとをされてつい張り切ってしまう心理、よくかります。

しかし、被告は、原告に良いところを見せようとしたものの失敗をして、結果的に約5700ポンド(≒1000万円)の賠償義務を負ってしまいました。なぜ、こんなことになってしまったのでしょうか。

一つは、ミスの内容があまりにもお粗末だったことがあります。もっとも、悲劇の根本的な原因は、被告の注意義務が認められたことにあるのではないでしょうか。

Stuart-Smith裁判官は、こう言いました(太字はぼく)。

本件のように、本人(プリンシパル)と代理人(エージェント)という関係が存在し、本人と第三者との間に契約が存在する場合、少なくとも、この関係は、純粋に社交的なものではなく、(中略)ビジネス上のものであるという強力な証拠になると思われる。実際、当事者間の関係は、(中略)約因がないことを除けば、契約に相当するものである。

つまり、中古車探しの過程で行った被告のアドバイスは、私的な文脈ではなく、ビジネス類似の関係に基づいたものであるとしました。このことが、被告の注意義務が認められる(ないしは被告の弁護士が注意義務を認めざるを得ない)状況を作ったのではないでしょうか。

おわりに

とはいえ、友人の中古車の購入を良かれと思ってタダで手伝った結果、5700ポンドの賠償義務を負ってしまうという結末は強烈です。

もっとも、この判例は、友人への協力やアドバイスを行うあらゆる場面で注意義務が生じると述べているわけではありません。

協力やアドバイスがビジネスと類似の状況で行われた際には、注意義務が生じる可能性がある程度に考えればいいのではないかと思います。

ぼくは、被告の男性に大変同情しているのですが、みなさんはいかがでしょうか?

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!


【注釈】
*1 Chaudhry v Prabhakar and Another [1989] 1 WLR 29
*2 民法643条・656条
*3 Houghland v R.R. Low (Luxury Coaches) Ltd. [1962] 1 QB 694


免責事項:
このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。


こちらでは英国の判例を紹介しています。
よければご覧ください!

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