【英国判例紹介】Foakes v Beer ー債務の分割弁済の合意は利息放棄の対価になるか?ー
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
今回ご紹介するのは、Foakes v Beer事件(*1)です。
少し古い判例ですが、約因(consideration)と呼ばれる英国法における契約成立の一要件に関する重要な事件です。
日本では馴染みのない概念であり、イギリスでも、契約法の最も不可解な側面のひとつなどと言われています。
今回は、そんな約因について、著名判例に触れつつ、理解を深めて頂ければと思います。
なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。
前提知識:契約成立の要件である「約因」って何?
約因の定義は?
英国法の下では、契約が拘束力を持つためには、その契約が約因に裏付けられていなければなりません。
例えば、約因の定義は、次のように説明されます(*2)
つまり、契約の各当事者は、相手方のために何かを与えるか、何かをすることを約束しなければ、契約は拘束力を持たないということです。約因とは約束の対価であるとも言われます。
具体例
例えば、八百屋さんで、ジャガイモ3個を1ポンドで買うことを考えてみます。客は、ジャガイモ3個を得るために1ポンドを支払うことを約束し、八百屋は、1ポンドを得るためにジャガイモ3個を引き渡すことを約束しています。このような場合には、約因ありとなるわけです。
逆に、AさんのBさんに対する単なる100ポンドの贈与の申込とこれに対するBさんの承諾には、約因がありません。Aさんには100ポンドの贈与への見返りが無いためです。このような約束であっても贈与契約として成立する日本の民法とは勝手が異なりますね(*3)。
証書(deed)による契約
今回の事件とは少し離れますが、証書と呼ばれる一定の様式で締結した契約については、例外的に、約因が不要となります。
意外とやっかいな約因の問題
ここまではそんなに難しい話じゃないと思います。
ただ、約因の存在は、契約の変更の場面でも要求されるところ、債務者の債務が何らかの形で変更されるときに、一気に話が面倒になります。
その一つの局面が今回の事件です。
事案の概要
Foakes博士(被告・上告人)は、Beer夫人(原告・被上告人)に対して約2090ポンドの借金があり、原告は、かかる金銭債権について裁判所の判決を得ました。
これを受けて、被告は、原告に対して、返済の猶予を申し入れ、被上告人はこれに同意しました(以下「本件同意」)。具体的な猶予の条件は次のようなものでした。
つまり、原告と被告は、上告人が借金のうち500ポンドをまず支払い、残りの金額については分割払いを行うことを条件として、被上告人がいかなる訴訟手続も取らないという内容で、合意しました。
その後、被告は本件合意に従い、約2090ポンド全額を返済しましたが、原告は、被告に対して、分割払いにより返済が遅れた分に係る法定利息の支払いを求める訴えに出ました。
控訴裁判所において、上告人に対して法定利息の支払いを命じたために、上告人が最高裁判所(当時は貴族院)に上告しました。
争点:債務者が一部を弁済して残額を分割払いすることを条件として、債権者が利息を請求しないという合意には、約因があるか
本件合意は約因に裏付けられたものなのでしょうか。
実は、Pinnel事件(*4)という17世紀の判例において、既に次の判示がなされています。
字面だけを追うと、至極真っ当な意見ですよね。本件では、Pinnel事件に従って、本件合意に約因無しと判断すべきか否かが争点となりました。
裁判所の判断
上告棄却。
つまり、Pinnel事件に従い、本件合意には約因が無いと判断され、
原告による法定利息の請求は何ら妨げられないとされました。
考察
Selborne卿 v Blackburn卿
担当裁判官の一人であるSelborne卿は、次のように述べています。
確かに、被上告人は、もともと2090ポンド全額を請求することが可能であり、それより少ない額の500ポンドを先に支払うことが上告人の利益になることは考え難いと思われます。
他方で、Blackburn卿は、次のように述べました。
最後の恨み節には、悔しさがにじみ出ていますね。Pinnel事件に挑戦しようとしていたことが窺われます。
債権者の信用に不安がある場合の特殊事情
債権回収に携わったことがある者として、Blackburn卿の意見は確かに一理あると思います。
強制的に債権の満足を得るには、担保でも限り裁判手続が必要であり、その手続自体にコストがかかります。額面2000ポンドの債権を有していたとしても、債務者が任意に支払わない限りは、絵にかいた餅も同然です。
そんな中で、簡便な手続で500ポンドをまず得られるのであれば、残額の弁済を猶予してでも、本件合意の話に乗ることは、相手方の信用にも依りますが、戦略として無きにしも非ずかなと感じます。
まとめ
このように、疑問は残るとはいえ、この判決は未だに有効な先例です。
実務家としては、「より少ない金額をより多い金額の満足として当日に支払うことは、全体に対する満足にはなり得ない」ことを念頭において、(借り手の立場に立つ場合)本件合意のような取り決めは、証書によって行うべきだと思います。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!
【注釈】
*1 John Weston Foakes v Julia Beer [1947] (1884) 9 App. Cas. 605
*2 Currie v Misa (1875)
*3 民法549条
*4 Pinnel’s Case (1602)
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