【英国法】TUPE ー事業の譲渡等に関する労働承継法制ー
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
本日は、TUPEと呼ばれる、英国における事業の譲渡等に関する労働承継法制について書きたいと思います。
TUPEは、英国で特定の形態のM&Aや取引を実施する際に、最も複雑な手続の一つとなる労働者保護法制です。そして、個人的には、英国の数ある法令の中で最も「頭のおかしい」規定を持つ法令だと思っています。
日本で英国関連の法律実務を担当していると、かなりの確率でこのTUPEに出くわすと思います。ご参考までに読んで頂ければと思います。
なお、法律事務所のニューズレターとは異なり、分かりやすさを重視して、正確性を犠牲にしているところがありますので、ご了承ください。
TUPEとは?
Transfer of Undertakings (Protection of Employment) Regulations 2006の略称で、TUPE(テューピー)と呼びます。なぜ、テュープではないのかは分かりません。テュープだと、イギリス人が発音しにくかったり、反社会的/卑猥な意味があったりかもしれません。
TUPEは、EU法に由来するもので、英国がEU加盟国であった際に定立されたものです。もっとも、Brexit後は、いわゆるAssimilated Law(Retained EU Law)として、英国内で引き続き有効な法令となっています。Brexit後のEU法の取扱いについては、こちらをご覧ください。
他人から新しい法律の話を聞かされるとき、皆さん気になるのは、要件と効果だと思います。つまり、どういう条件が満たされれば、どういう権利義務が発生するのかということです。
ということで、まずは、TUPEの主要な効果、すなわち、保護する対象である従業員について、どのような権利が認められているのかを見ていきます。
従業員の主要な権利
自動譲渡の原則
TUPEの目的は、事業の譲渡等の局面における従業員の権利の保護であり、今から見ていく自動譲渡の原則(automatic transfer principle)は、TUPEの本質ともいえます。
この原則を説明するにあたり、次のような事例を考えてみます。
A社は、フィットネスジムのマシン(資産)や建物の賃借契約(契約)をB社に譲渡するのはもちろんのこと、トレーナーたちとの雇用関係についても、B社に移すことを望むはずです。
これに対してトレーナーたちは、A社に対して、コモンローに基づいて、雇用関係の継続を主張したり、損害賠償請求をすることを考えるかもしれません。しかし、肝心のジムの運営は今後B社にて行われることになるところ、同じジムでトレーナーを続けたいのであれば、B社に雇用される必要があります。そうなると、両者の力関係にもよりますが、トレーナーは、B社との間で不利な条件で契約を結ばざるを得ないかもしれません。
TUPEは、このような不都合を回避することを念頭においたものです。すなわち、TUPEは、事業の譲渡等にあたり、従業員が同じ雇用条件で勤続年数を維持したまま、譲受人に譲渡されることを規定しています(*1)。
このような仕組みが、自動譲渡の原則です。
これにより、トレーナーは、A社の頃と同じ条件で、引き続きB社から雇用されることができるというわけです。
もっとも、TUPEができたことにより、従業員は、コモンロー上の権利であった譲渡人(上記例でいえばA社)との雇用契約の継続を主張することはできなくなりました。問答無用で、譲受人(B社)に雇用関係が移るという意味では、雇用主であった譲渡人を保護する機能も営む法令であると言えるかもしれません。
新旧雇用主との協議権
TUPEは、譲渡人と譲受人に対して、影響を受ける従業員の適切な代表者に通知を行い、必要に応じて協議を行う義務を課しています(*2)。裏を返せば、所定の従業員には、新旧雇用主との協議を行う権利があると言えます。
ポイントは、「影響を受ける従業員」が誰なのか、いつまでに通知を行なえばよいのか、という点です。
まず、影響を受ける従業員は、次のように考えることが出来ます。
譲受人の従業員も含まれる点には、注意が必要ですね。
次に、通知の時期については、具体的な定め方はされていません。「十分な期間前に」通知することが求められているにとどまります。なかなか難しいところですね。
あくまでも通知時期の適法性の判断は事件の個別的な事情に基づき行われますが、10営業日前の通知が「十分な期間前」の通知とは言えないと判断されたものがあります(*3)。
不当解雇からの保護
イギリスにおいても、不当解雇を制限する法律があります(*4)。
そして、事業の譲渡等により雇用関係が譲受人に移る際に、労働条件が変更されないのと同様に、事業の譲渡等を理由とする解雇は、不当解雇と取り扱われます。
なお、事業の譲渡等を理由とする解雇には、いわゆる2年ルールの適用があるため、勤続期間が2年未満の従業員については、事業の譲渡等を理由として解雇したとしても、不当解雇とは取り扱われません。
不当解雇規制については、こちらで詳しく書いています。
よければどうぞ。
関連譲渡
ここまでは、TUPEの効果、つまり、TUPEが適用される場合に生じる従業員の権利について書いてきました。ここからは、TUPEの要件、つまり、どのような場合にTUPEが適用されるのかを書いていきます。
この点については、TUPEのs.3(1)に主要な定めがあります。少し長いですが、原文で読んで頂きたいと思います。
なお、ここで言及されるような譲渡のことを、TUPEでは、関連譲渡(relevant transfer)と表現しています。この関連譲渡が行われる場合に、TUPEが適用され得るということですね。
本規定は、(a)項又は(b)項が満たされる場合に、TUPEが適用されると言っています。このうち、(a)項は、イメージしやすいと思います。要するに、事業の譲渡です。これには、日本で言う事業譲渡のほか、会社分割なども含まれ得ます。他方で、株式譲渡は、基本的には関連譲渡に当たりません。
(b)項に注目:アウトソーシングや業務委託先の変更にも適用され得る
ヤバいのは(b)項の方です。和訳してみます。
この(b)項の規定は、具体的にはどのような場合に適用されるのでしょうか。
次のような事例を考えてみます。
まあ、よくある話ですよね。
この清掃業務の外だしは、(b)(i)項にしたがって、関連譲渡に該当することとなり、清掃員5名の雇用関係は、C社からD社に移ることになり得ます。
このような事例も考えてみます。
これもよくある話ですよね。
この委託業務の切り替えは、(b)(ii)項にしたがって、関連譲渡に該当することとなり、F社の従業員10名の雇用関係は、F社からG社に移ることになり得ます。
どう思われますか?
ぼくは、ちょっとイカれたルールだと思っています(笑)
もちろん、これを回避する実務的なテクニックはいくつかあるのですが、そもそも、このようなアウトソーシングや外注先の変更が、雇用関係の変動をもたらし得る仕組み自体が、個人的には驚きです。
前述のとおり、TUPEが適用されるとなれば、自動譲渡の原則によって、否応なしに雇用関係が移転します。C社の清掃員や、F社の作業員は、たとえ、移転先の企業が移転元よりも規模が小さく成長が見込めない企業であっても、雇用関係が移転してしまうことを考えると、従業員の保護というTUPEの趣旨にも沿わないように思います。
おわりに
いかがだったでしょうか。
本日は、TUPEについて書いてみました。
今回の話をまとめます。
長々と書いてしまいましたが、今回お伝えしたかったのは、二点目です。この規定のおかげで、TUPEは、M&Aの局面のみならず、契約法務の日常的な場面でも顔を出します。
今回は、かなり内容を端折っており、お伝えしきれなかった点も多々あります。TUPEは非常に複雑な規定であり、もし適用されるかもと思われたときは、専門家に相談されることをおススメします!
ここまで読んで頂きありがとうございました。
この記事がどなたかのお役に立てば、嬉しいです。
【注釈】
*1 s. 4, TUPE
*2 s. 13, TUPE
*3 LLDY Alexandria Ltd (Formerly Loch Lomond Distillery Company Ltd) v. Unite The Union and another UKEAT 0002/14
*4 s. 94(1), Employment Rights Act 1996
免責事項:
このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。
X(Twitter)もやっています。
こちらから、フォローお願いします!
こちらのマガジンで、英国法の豆知識をまとめています。
よければ、ご覧ください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?