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仕事でテンパらないための私なりの体感値

先週は仕事でいくつかトラブルがありました。想定してないことが立て続けに数件起きて、ギリギリの戦いというか、パッチワーク的に一旦穴埋めしてなんとかかんとか「セーフ」を狙いにいくような。

私はそういう時に、思わずニヤッとしてしまいます。「おーなるほど。。あなたもしかして、ほっとくとヤベー状況みたいですね。緊急事態っちゃあ緊急事態ですなー。さてさて、何から片づけますかね、まずは現状把握をした方がよさそうですね」的に、焦っている自分の左斜め後ろあたりからもう一人の自分がニヤニヤしている感じです。

表面的には結構イライラしながら収束に回ります。チームには「何がどうなってこうなんだよっ!」とか、「いったい誰?この状態になるまでほっといたのは?」なんて質問攻めにしたりもしてしまいます。それに一人で収束に向かって突っ走り始めて、おっとっと、みんなに指示出してなかったーとか、そもそもみんなを信頼する気持ちになってなかった。。ごめん。。そんな風に反省したり、色々です。まさしく右往左往、空回りしていることもあります。

でも、どこかで、「失敗しても死なない」と思っています。もちろん、平謝りしたり、時には損金が出てしまったり、色んな人に迷惑をかけたり、することがあります。でも、「医者でもないし、最悪会社を辞めたり、縁を切られたりするだけで、借金を背負ったりするかもだけど、死ぬわけじゃない。あと究極死んだとしても、まあ、遅かれ早かれだし」とトラブルシューティングを今まさにしながら、もう一人の自分はそんな風にひょうひょうとしています。

いつからそんな風に思うようになったのかな。。
ビジネスパーソンの中にはテンパると自分しか見えなくなる人、保身にしか頭が回転しない人、色んな人がいますよね。私の場合は、ギリギリの状況でも「よく落ち着いてられますよね」と言われることも何度かありました。前の会社では、「くぐる」ってゆう表現をしていて、つまり修羅場をくぐり抜けたってことなんでしょうけど、面白い言い方だな、と思いました。

その原点を自分なりに探ると、
 「この広大な宇宙の中で、自分は本当に小さな小さな存在に過ぎない」
っつゆうのと、
 「人は徐々に死に向かっている」
ってゆう二つのことがある気がしています。前者は学生のころにバックパックしょって砂漠っぽいところで休憩して、空を見上げていた時になんか体ごと、ゴツンと感じました。後者は父の病気やその果ての死に様をマジマジと見たので。結果、
 「まあ、生きている間は一生懸命に生きておこうかな、試しに。一応。」
ってモードに25歳くらいからですかね、なっています。ずっと。
あとは普通に入社したての頃にたくさんトラブルシューティングしてました。当時はSEだったので、色んなバグ対応、トラブル対応です。とりあえず怒鳴られたりしつつ、すいませんすいませんって謝り侍しながら。昔なので、人格否定されることもあったかも知れませんね。でも楽しかった。振り返ると、ですけど。。

で、面白いことに、自分と同じように、斜め後ろにもう一人の自分がついている人はなんとなくわかります。ごくマジメに仕事の議論を交わしたり、ギリギリの状況にお互い追い込まれたりしてる時に、ふっと気が抜けたり笑い合ったりする波長が一緒な感じ。目をつり上げて喧々諤々してたのにいきなり切り替わったりします。周りもその豹変ぶりに思わずビビります。あぁ、あなたもこの世界の全てを、今この瞬間に私と大真面目に向き合っていることも含めて、ゲームとでも思ってますよね~、って。口に出すとちょっと失礼だから言いませんけど。

この数年、SDGsとか、脱炭素とか、自分達の世代で解決しようのないドデカい問題が注目されるようになったわけですが、そんな風に自分のちっぽけさは認識しつつ、ドデカい問題だとしても、少しずつ世界を変える方向に行動している人は多いですよね。いいなあ、と思いますし、そういうちっぽけな一員になりたいです。私はフォロワー筆頭!みたいな立場が好きです。リーダーは大変だし。。それはまた今度書こう。

さて、ヤバい案件、明日もちょっと追っかけます。
ま、全然です。全然。些事。



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