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#117|ライフワークは「いいもの」さがし

note365日連続投稿チャレンジ117日目。ひさしぶりの「私について」シリーズ。過去には「共感覚」「不快過敏症」「書きたい理由」などのタイトルで書いてきた(後日リンク貼ります)。このシリーズの記事はどーしても文字数が多くなってしまう。

ライフワークは「いいもの」探し

いい「お店」を見つけることや、いい「場所と過ごし方」を見つけること、そして見つけたものを味わうことが好きだ。

(「いい場所と過ごし方」とは、たとえば朝日が出る前の時間にあの絶景の丘に行って瞑想するとヤバいとか、夕日が落ちるタイミングでここの海岸線をドライブするのは最高だとか)

というか、それらに限らずいつも「なにか"いい"ものはないか?」と探しているようなところがある。「もの」に限らず、「人」や「コト」も。これが私のライフワークなのかもしれないな、とふと思った。

「いい」というのは、時と場によって、もちろん対象によって、様々な「いい」があって、先にスパッと言い切ることはできない。しかし逆に、何かを指して「これはなにがいいの?」と聞かれれば、だいたいハッキリと答えられる。

中には「え?めっちゃ『いい感じ』じゃん!なんでわかんねえの?」という、「自分の感性」に100%全振りした「いい」もあるが、だいたいの「いい」には理由を持っている。


有名な「自分の『強み』を知る」ことのできる有料テストストレングスファインダーでは「最上志向」「収集心」「学習欲」がトップ3に踊り、「自分の性質を知る」ことのできる有料テストウェルスダイナミクスでは「サポーター特化型」の私の「いいもの探し」は、たとえば対象を「特定の地域のお店」とすれば、「その地域のお店を網羅的に回る × 作り手とガッツリコミュニケーションを取る × 気になった点は深掘りする」という形で進み、「いいもの」が厳選されていく。


どんなところをチェックしているのか?を飲食店を例にしてざっくり書くと、「商品の質、商品のデザイン(食器や梱包含む)、お店の内観外観、ロケーション、店長含むスタッフさんの人間味、お店の思想や夢、お客さんの傾向、お店全体の雰囲気、そのお店がその地域に与えている影響、そのお店がその業界に与えている影響」といったことに興味がある。

さらにそれぞれのカテゴリ、「商品の質」でいえばその中には「味、品質、レアリティ、好み、一般的なウケ感」といったパロメーターが入っている感じで、細かい興味関心ポイントがある。

しかし、お店に行った都度これらをいちいち見ているということはなく、こういう点を含んだ全体を「なんとな〜く感じている」。そうした中で、興味の惹かれた点があれば深掘りして、気に入ったお店には通うようになるし、さらに応援したいと思うものは人に紹介するようになる、という流れ。この一連の活動が私のライフワークなんだろうと思う。


総合的に何をもって、たとえばそれを「いいお店」と判断しているか?を考えてみると、私の場合は「本物度」「オリジナル度」「好み」を重視している。

「本物度」とはなにか?本物度、なんて書くとおこがましい気がするし、あくまで主観だけれど、その商品で「世界が変わる」ようなもののことだ。言い換えると「一流」のものとも言える。たとえばイチローは世界を変えていると思っているけど、そういう「ソレに触れた人の世界が変わるかどうか」を主に見ている。

私が岡山で1番愛しているパン屋さんは、色々な種類のパンにおいて…スコーンとかバゲットとかクロワッサンダマンドとか、そういうものの「定義を更新する」ようなパンを焼く。
食べた人は「これがクロワッサンダマンドだと!?」と、いい意味で驚き、感動を覚え、「今まで食べていたクロワッサンダマンドはなんだったのか?(もう他のところのものは食べられない)」といった衝撃を与えてくれる。(食べ物で例えるとわかりやすいな)


「オリジナル度」というのはなんだろう?それは、「ここにしかない」ものだ(これは知識経験に比例するので「私的にレア度が高いと感じるもの」になる)。それがたとえば仮に、質的には未熟であっても、その思想とか姿勢とか、何かが異質だったり異様だったりするものだ。

こういうものは「面白い」と感じる。その活動から生まれる出来事を見ていたかったり、定期的に触れたくなったりする。

岡山のとあるBARに初めて行った時、「永遠に時が止まっている」ような感覚になったことがあるが、そんな感覚はそのお店でしか感じたことがない。それから定期的に通うようになったが、移動生活が好きな私でもそこに行くと「ずっと一箇所に定住してお店をやる人生もいいかも」と、人生観が変わるような気持ちにさせてくれる。

ちなみに「オリジナル」という時点で「本物」とも言えるかもしれないが、「オリジナル」だけど「一流」とは言えないケースはある。そういう意味でオリジナルと本物は別指標という感覚がある。


最後は「好み」で、これはもう何の理屈もない。たとえば広島の何の変哲もない街角の駄菓子屋が妙に好きだったりして、そこにわざわざ行く理由は他の人にはないだろうけど、「なんかこの駄菓子屋の匂いがばあちゃんちと似てるから好き」とか、「ここの店主は憎めない人柄で応援したいんよね」みたいなものだ。

ここまで書いたように色々と見るところはあって、しかし最終的には3つの点から、いつもお店に限らず何かしら「いいモノやヒトやコト」を探している…ような気がする。このテーマは今いきなり書き出したので思考が浅く、またあらためて時間をとって深掘りしたい。


なぜ「探している」のか?

「なんでそんなに店を回るのが好きなの?」とか「グルメかww」とか、不思議に思われたりいじられたりすることがあるが、私はこれは趣味と実益を兼ねている上に、他者貢献をしている感覚もあるため、非常に好きな活動だ。

単純に美味しいお店を探して食べるのが好きなのは「美食好きな性質を持つ」と言われる「牡牛座」を「月星座」に持っているから、かもしれないが(ただの理由づけ)。いや、ほんと単純にうまいもん食ってるのって幸せじゃん?

で、本物度やオリジナル度の高いものというのは、それを創り出す人はやっぱり真剣に人生を生きていたり、圧倒的に天才だったり変態だったりして、すごく「得るもの」がある。学びになったり、刺激が入ったり、発想が湧いたりするのだ。そして、そういう人の友達はまたおもしろかったりする。そういった意味で、自分の人生にも仕事にも、この活動は生きる。

また、「いい商品」は触れる人の人生を変える可能性があって、そういうものを多く知っていけば、それを語る言葉を増やしていけば、それを紹介した人の人生もまた変えうる。

さらに、そのような本物やオリジナルなものというのは「本質的な価値」があると思っていて、価値があるものは世の中にずっと残るべきだと思うし、適切なところに広まっていくべきだとも思っているため、広報活動や支援活もしたいと思うのは自然だろう。美しい景色はずっと残っていてほしいし、たいせつな人には共有したい。

現代は安価で簡素なものばかりが物量でもって世界中を飲み込んでいる流れで、それはそれで恩恵もあるが、その仕方ではけして生まれることのない価値もある。そちらを守っていくようなことは、もっとやった方がいいだろうなとも思っている。

これをキレイな言葉で言い換えると、私のライフワークは「この世界の美しさを探し、その存続に貢献し、そこから得た知見を広めて世の中をちょっとよくするための一連の活動」といった感覚があって、これは私の変なところだと思うのだけど、はたから見ればただの「飲食行為」に対しても、こういう活動をしているという実感が伴っている。


このようにして、日々色々なものを探し、体験する数を増やし、そこから得たものをまた伝えていくことは私の仕事でもあると思っているし、その「色々なもの」の中で、たとえば「時間管理」に関するものであればもっとも最高だったのが「タスクシュート」だし、人生変革に使えると思ったのが「ゼロ秒思考メモ書き」だったり「ふりかえりの習慣」であり、すべて自分が100%「素晴らしい」と思えたものと付き合っている。そして、だから私は付き合いのある人とは長くずっと仲良く過ごせる。これは私の長所だ。


ここまで書いて、なんだかえらそうに聞こえていそうでいやなのだが、私は「一般的な日本の社会人」と年齢をベースにして人生の状況を比べれば、まったく未熟なものだ。結婚もしていないし子供もいない、常識も知らんし学もなく、一般的に資産と言われるものもほとんど持ってない。

「仕事を選り好みできる」ような立場や環境やその実力もないので、「大人」からは時に「そんなに"いい"ものとだけ関わるような仕方をやめて、どんな仕事でもやるべきだ」と言われたりする。

でも、そんなん普通じゃん。ツマンネ。というのが私の未熟さであり厨二病的なところで、たまに人をブチギレさせる原因でもあるのだと思うけど、私はそんな人間だ。

これからも一層この活動に邁進したい。



✑80分|3600文字

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