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「取引出版社名簿」はどうなるのか問題

大昔、書店バイトで客注を担当していた頃、「取引出版社名簿」というけっこうなページ数の冊子を毎日使っていました。

「取引出版社名簿」は取次が作成した出版社の名簿です。連絡先の他に、地方小経由だとか直扱いだとか、取次の倉庫に在庫があるかないか、在庫情報を公開(取次に送信)しているか否かなどがパラッとめくってわかります。

この「取引出版社名簿」ですが、昨年のトーハンに続いて日販も発行を止めるとの話が入ってきました。冊子の制作と配布にかかる手間とコストを考えると分からないでもないのですが、これがないと書店はかなり不便になりそうです。

不便のひとつめは「連絡先の確認」です。冊子で一冊にまとまっていると、滅多に取引のない出版社でもサッと電話やFAXの番号を確認できます。余談ですが、取引出版社名簿は五十音順になっており、前後の出版社と間違えて電話やFAXがかかってくることも少なくありません。「そんなの今どきPCやスマホで検索だろ」とおっしゃる方も多いとは思いますが、連絡先を調べるのに出版社名で毎回検索してフォーマットも統一されていないページから電話番号やFAXを調べるの、面倒くさくないですか。しかも最近は電話やFAXを掲載していないところもあったり、あってもお客様(読者)向けで発注用ではなかったりすることも。どこか一箇所のWebサイトにまとまっているならともかく、毎回検索はやはり面倒です。

不便のふたつめは、「取引取次の確認」です。自社サイトに取引取次を掲載している出版社も多いのですが、そうではない出版社もあります。「取引出版社名簿」は、取次が作成しますから、当然、その取次と取引があるかないかはすぐに分かります。そのうえで、取引出版社名簿には「地方小扱い」や「直扱い(直取引)」なども明記されています。これがあると、書店は発注するにしてもしないにしても判断なり手間の覚悟なりが出来ます。これも検索で調べるのは不便極まりないです。

不便のみっつめは、「在庫情報の確認」です。取引出版社名簿には取次の倉庫に在庫があるか否か、そして、出版社が在庫情報を公開(取次に送信)しているか否かが記載されていました。この情報も、前項と同様に発注に際しての材料になります。そして、これは流通に関する情報なのでWebで公開している出版社なんてあったかなあ。あるかもしれませんが、レアだと思います。

これらの情報は一般に公開すべき情報ではないかもしれません。電話番号やFAXなどを取引先と一般とで分けているような出版社(大きいところ)などは公開に抵抗がありそうです。

こういう情報を検索でどうにかしようというのはなかなか難しいものがあります。前述しましたが、フォーマットが統一されていなかったり、そもそも公開非公開が混ざっていたりすると面倒です。出版社が自社サイトに統一されたフォーマットの取引情報を公開したとしても、出版社名によっては検索ではヒットしにくいところもありますし、それ以前に「読めない社名」というのも少なくありません。「取引出版社名簿」には奢霸都館とか青蛙房とか而立書房とか径書房とか弓立社とか、そういうところの読みが難読出版社としてまとめられていました。読めない社名については昔から苦労が絶えないようです。懐かしいです。

「取引出版社名簿」の代替として、取次が書店向けの発注システムなどで情報を公開するという手はあると思います。ですが、現状、取次のシステムを取引書店のすべてが導入しているわけではありません。取引書店向けに情報公開に絞ったWebサイトを用意するのも手ですが、それはそれで、紙の冊子の制作と配布よりはお手軽ですが、そこそこの手間とコストはかかります。

そうなると、やはり、取次ではなくJPO(日本出版インフラセンター)などの業界団体がこうした情報を収集・公開するほうが良さそうです。

JPOでは、書店向けに BooksPRO というサイトを公開しています。書店であれば無料で使えるサイトで、近刊情報や販促情報がまとまっています。出版社の連絡先(書店が発注に使える連絡先)なども既に収集されていますから、少なくとも連絡先についてはすぐにでも公開できるはずです。ここに、今はまだ収集していない(はず)の「出版社名(ヨミ)」「取引取次」「在庫情報(の公開の有無)」なども乗せられると、「取引出版社名簿」の代替が可能になりそうです。

JPOによる「取引出版社名簿」の代替はメリットばかりに見えますが、出版社は数が多いうえに廃業や開業も頻繁です。なので、メンテナンスにはかなり手間がかかるはずで、そこは大きな課題になりそうです。

蛇足ですが、不便のふたつめに挙げた「取引取次の確認」は、取次に口座のない出版社にしてみると大きなデメリットでした。取次に口座のある出版社でないと発注をためらう書店は、かつては少なくなかったのです。「取引出版社名簿」がなくなると、ある意味そこはフラットになります。取次と取引している出版社からしてみるとアドバンテージが失われるわけで、ますます取次離れが加速する可能性もごく微かにありそうです。

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