草彅さんの『第22回「本を売る」ことに魅せられて』を読んで思ったこと

今回は上記のnoteを読んで思ったことです。あまり深い話ではありません。というか本筋とは重ならない浅めの感想です。

草彅さんのnote、「ちゃんと記録を残してらっしゃるんだなあ」と毎回それを強く思います。私は自分のやったことの記録も残していないうえに最近は記憶も曖昧でしかもその曖昧な記憶を間違った思い込みで上書きしてしまったりということも多くてほとほと自分が信用できないというかなんというか。

なので、今回の「思ったこと」ももしかすると曖昧だったり間違いだったりがあるかもしれません。そういう場合はすみません。

さて、『第22回「本を売る」ことに魅せられて』を読んで最初に思ったのは「『おっぱいバレー』と泰文堂、なつかしい」でした。一度お話を伺っただけなのであまり具体的な内容はわかっていませんが、従来の出版社とはちょっと違ったベストセラーへのアプローチのやや山師的な面白さというのは存分に感じました。粘り強く映画化まで漕ぎつけたのは驚きましたが。

 以下の内容は草彅さんのnoteに当初あった誤字を前提に書き進めています。
 誤字については既に修正済なのでわかりにくくなっていますが、
 趣旨は変わらないのでそのまま進めます。

それはそれとして、もうひとつ思ったのは「「正味」「内払い」「部戻し」は、出版業界では、タブー視」されてるのかなあ、ということです。皆さん積極的に話したがらないのは確かですが、言うほどタブーなのかなあ、という気持ち。まあ、話すことに心理的な抵抗があるということはある種のタブーなのかもしれませんが。

それと関連して少し気になったのは「部戻し」と「赤算」と「八部口銭」という表記です。念の為取次からの計算書を確認してみましたが「歩戻し」でした。他については「赤残」(赤字の残高なので)「八分口銭」(8%=八分の口銭なので)です。あまり細かいことを気にしてもしょうがないのですが、実はこれ、自分が「言うほどタブーなのか」と思う理由と関連しています。それについて少し簡単に書いておきます。

草彅さんは過去の経歴として出版社の立ち上げにも関わってらっしゃるので新規出版社の取引条件については苦い記憶もあるかと思います。あの当時の新規出版社では正味65歩戻し(委託手数料)5%という話も聞いたことがあります。当時私が働いていた出版社(今はない)はもう少しだけいい条件でした。新しい会社だったのですが、当時の社長の遠い親戚の地方の老舗書店の口利きで比較的いい条件になったとのことでした。そういうのがとても効く世界なんだなあと若い私は微妙な気分でしたが。

その後、ムックのコードを取得したり書籍口座を立ち上げたりには直接関わりました。業界内で偉い方の口利きは本当に効果的でなんというか色々と考えさせられました。

並行して出版経理の業務システムの導入に関わっていました。必要な要件や仕様を定義する必要がありましたが、若造の自分にはわからないことも多く、かといって社内で聞いてもわかる方もおらず、出版業界の話がわかる上司はシステムの話が微妙で、しょうがないので開発をお願いしているシステム会社の社長さんに無理を言って色々教えてもらったり、同じシステムを使っている他社の出版経理の方や取次の方を紹介していただいてお話を伺ったりもしました。

その過程で、上司からもシステム会社の社長さんからも他社の出版経理の方からも取次の方からも一様に「出版社が百社あったら百通りの条件がある」みたいなことを言われました。

ここで言う条件とは、草彅さんのnoteでも書かれていた「正味」「内払い」「歩戻し」だけでなく、「定価別正味」「注文保留」「注文保留の1000円未満切り捨て」「歩高」「歩安」「過払いの処理」「常備(寄託)精算の方法」「延勘の例外」「内献本」「外献本」などなど、正味や支払い条件以外に付帯する様々な例外処理の数々です。しかもこれが特定の商品だけで発生したりもします。あまりに例外過ぎる処理はシステムに取り込まずにプログラムで例外処理を書いて済ませてしまったという恐ろしい話も聞きました。酒の席ではそうした話題で随分と盛り上がったものです。なつかしい。

支払いに関する条件だけでなく、手数料も各種様々な種類が存在しました。しかもそれが取次によって名称が微妙に違ったり請求からの控除だったり別途請求だったり請求書もあったりなかったり。

出版業界の請求処理は複雑だと繰り返し何度も言われました。経理から常に怒られが発生したりということも。実際、請求書を作るのを諦めて取次からの支払い計算書に基づいて経理処理を行っている他社の事例も耳にしています。それはそれでひとつの見識でしょう。

この業界の「条件」の複雑さというか謎な点をひとつ他の業界の方に説明するならこれかなあというのがあります。委託の精算は6ヶ月後に支払いなのですが、この6ヶ月後のカウントが取次によって違うんですよ! どういうことだよ!

もうひとつ、そうやって他社の出版経理の方の話などを聞いたりするうちに気がついたことがあります。取次との取引条件や支払い関連のことをわかっている方は会社側も転職などされないようしっかり繋ぎ止めようという意志がはっきりとありました。取引の要なので当然といえば当然です。しかし、そうなるとその方はますます他社の条件などはわからなくなります。なんというか、一子相伝になるのです。これは取次も同様で、かつては取次の経理担当者が代わるとしばらく請求が安定しないことがありました。某取次ではかなり後まで手作業で支払いを管理していたそうです。というか違算の確認で伺った際に紙の台帳を見せていただいたことがあります。エッ紙なの、という驚き。新鮮でした。

こういう状況は出版VANの普及で大きく変わったと考えています。汎用的なシステムでやり取りするためには複雑な処理は避けたほうが無難です。VANだけでなく各取次とも支払計算書の電算化が進んだことで無理のある例外はかなり見直されたはずです。

ですが、「うちは昔からこうなんだからこうじゃないと困るよ」という話も多かったと聞いています。なので、過去の複雑な条件も一部の業務システムではしっかりと継承されています。また、システム化することによってむしろ昔の複雑な処理を機械にやらせてしまうということもある程度は実現されました。なので、現状の業務システムで取り込まれたような条件はそのままずっと続いていくのだろうと見ています。

話を戻します。

「出版社が百社あったら百通りの条件がある」という話は本当にあちこちで聞きました。そして、実際に他の社の条件を突っ込んで聞いてみると、確かに「え、そんなのあんの!?」みたいな不思議な例外処理がたくさんありました。

なぜそんな面倒なことになってしまったのかの理由は謎ですが、思い当たる節はあります。

私の一回り上の世代の方々は出版業界が勢いがある頃に勢いのある仕事をされていました。どうやらその過程で交渉の手札として様々な付帯条件を盛り込むのが流行ったというか、そういう条件をちらつかせた交渉事こそが仕事、みたいな価値観が蔓延したというかなんというか。まあ、つまりその頃は例えば数をドカンと上乗せするのに何らかの条件を持ち出して交渉したりというのが普通に行われていたようなのです。あとから「この条件で話まとまってるからそうしてくれ」とか無理難題を押し付けられていた出版経理の皆さん、腹立ててただろうなあ。

そうした条件交渉の名残は私が働き始めた頃もしっかり残っていて、取次や出版社だけでなく書店からも「延勘で」などとよく言われました。延勘は通常3ヶ月なんですが同僚が「二延べで」みたいなことを言われたこともあります。あまりそういうことに慣れていなかった同僚は「にのべってなんだ」と悩みながら会社にいる私に電話をかけてきました。

「自分も聞いたことないけど2ヶ月延勘って意味じゃない?」

「ああ……、ああ! 戻ってもう一回聞いてくる」

「延勘じゃないとウチは入れないよ」とおっしゃっていたそのお店は今はもうありません。懐かしいと言えば懐かしいようなそうでもないような。

もう一度話を戻します。草彅さんのnoteを読んで思ったこと、です。

「条件の話ってタブーって言うより各社バラバラで話が噛み合わないってことだったんじゃないですかね」

というのが思ったことです。もちろん正味の話は取引上の秘密の類いなのであまり外に出したくないというはあるとは思います。高正味のところは特に。でもまあ、そういうことをあまり大っぴらに話さないというのがタブーと言えばタブーなのかなあ。そうかもしれません。

でも、正味を除くと他の条件は既得権益と言えるほどのものなのかなあという気もします。内払いは入金のタイミングの問題だけでトータルの金額が増えるわけではありません。支払い保留は逆に入金のタイミングが大幅に遅くなりますが、売上と入金がコンスタントに回っているとさほど大きな問題にはならないはず。もちろん借り入れがあって資金繰りがということであればそこに敏感になるのはわかりますが、入金のタイミング以上に新刊の売行きなどのほうが影響は大きいわけで。延勘や長期も同様。在庫切替の赤黒なども今となってはあまり意味がないのではと思います。もちろん歩戻しや返品運賃は支払いが発生するので重要です。が、新刊の委託配本をやめてしまった社も多いですし返品運賃は返品率云々よりも実数が減ると激減するので。

何らかの意図を持った複雑化ということではなく、その場その場での勢いと熱意で積み重ねた細かい付帯条件が招いた複雑化が、「百社あれば百通りの条件」を招いてしまったのだと自分は思っています。その結果、各社各様の付帯条件は一般化して語るには微妙な話題になってしまったのではないかと。要は「同じこと話してるつもりなのに皆バラバラになってるよ」ということです。そしてそれが草彅さんのnoteの「部戻し」「赤算」「八部口銭」という誤字に現れていたように自分には思えるのです。

まったくもって蛇足ですが、テクノロジーの進化は標準化から個別化へと向かいつつあります。とある直取引ではシステムによる細かい設定が各社各様の取引条件の多様化につながっているそうです。何が言いたいのかわかりにくいですが、つまり「その件については一般的な話がしにくくなった」ということです。今、書店が主導して直取引を実現しようという動きがありますが、そうした動きも各社各様の取引条件が設定される可能性は高そうです。そうなると同じ「出版社」と言っても同じコンディションで取引を行っているとは言えなくなるはずです。

個別の多様な取引は直接的な取引では当たり前と言えば当たり前なのかもしれません。テクノロジーによって出版社や書店の負荷は小さくできるかもしれません。ですが、出版業界は、様々な意見の相違はありつつも、取次を要にある程度の一元化や標準化を実現することで、特に小さな出版社や書店の負荷を減らしてきた過去があったと思うのです。その過程での熱意というかやる気の発露が交渉の末の正味であったり付帯条件であったりではなかったかと思うのです。

それは既得権だったのかなあ。まあ、既得権と言えば既得権かもしれないけど、それはなんらかの交渉の結果でもあったはずで。

そんなことを思う自分が変なのかもなあ。

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