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DX時代のビジョンデザイン―デジタルビジョン策定の意義と考え方―

1. なぜ「デジタル」ビジョンが必要なのか?

これまで世間を賑わせていた「DX化」「デジタル化」は、アフターコロナが生み出したテレワークやオンライン化の流れの中で益々加速していく状況であろう。その中で各社がデジタル化対応が喫緊の課題になっている一方、実際に社内の動きを見ると、各事業部が違ったデジタルサービスを導入していて連携が難しくなっていたり、上層部の指示でデジタルの新規事業を試しに始めてみたもののどういう方向性で検討していいかわからないといったケースも存在する。
ここで問題なのは「会社や事業部がデジタルとどう向き合うか、デジタルでどのような方向性を実現するか」という羅針盤がないことである。羅針盤がないため、各事業部の自主判断でデジタルサービスを導入したり、思いつきベースのデジタルを使った新規事業が生まれる恐れがある。ボトムアップ的に各部署が試しに検討した結果が会社全体に反映されればいいのかもしれない。だが、現実はそれぞれの学びはそれぞれで止まり、部署外に知見が共有される訳でもない。そこで必要なのはデジタルの羅針盤、すなわち「デジタル」ビジョンを策定し、その中でアクションを行いPDCAを回すことである。

会社全体のビジョンとの違い
中には「会社全体のビジョンとはどう違うのか?」という意見があるかもしれない。答えは「会社全体のビジョンにも成りうるし、CDO/CIO、また情報システム部や各デジタル推進事業部のビジョンになる」ということになる。それはデジタル化をどこまで進めるか、戦略全体の柱としてデジタルを入れるのか、システムの文脈でデジタル化をするかといった判断の中で決める必要がある。いずれにしても思いつきではなく、自分たちの方向性(=ビジョン)を考えた上でデジタル化を推進する必要がある。

2. デジタルビジョンはどうやって作るのか

では、具体的にどうやってデジタルビジョンを策定すればいいか。『デジタル・シフト戦略』を参考にいくつか視点を紹介する。


1つ目は顧客体験の再構想である。
デジタル化の推進に伴い、旧来の顧客との接点から劇的に変化してきており、かつその変化のスピードも加速している状況である。またデータの利活用が進む中でより細かな顧客情報を取得できる現在において、これまでのアプローチとは違う活動が求められている。その中で自分たちは顧客とどのような関係を築いていくか、そこにデジタルビジョン策定のポイントがある。
ここで本書に記載されたいくつかの例を挙げる。

”スターバックスの最高デジタル責任者であるアダム・ブロットマンは、「デジタルは、パートナー【訳注:スターバックスでは、すべての社員をパートナーと呼ぶ】を助け、また顧客に私たちの物語を伝え、ブランドを構築し、顧客との関係を構築するのを助けるものであるべきだ」というビジョンを語る。”
”バーバリーのCEO、アンジェラ・アーレンツは、すべてのチャネルの一貫性を重視する。「我々にはビジョンがある。端から端まで完全にデジタル化された最初の企業になるというビジョンだ。顧客はどんな機器からでも、どんな場所からでも、バーバリーのすべてにアクセスできるようになる」”

2つ目はオペレーションの再構想である。
業務のオペレーションやサプライチェーンが競争優位の源泉だったり、効率化を推進したい組織においてはこの観点からデジタルビジョンを策定する。
ここにおいてはプロセスの見える化や意思決定の促進なども含まれる。
こちらも本書記載の例を紹介する。

プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)は、2011年に、「オペレーショナル・エクセレンス(卓越したオペレーション)」の実現をデジタルビジョンの中心に据えた。「デジタル化によってP&Gは、リアルタイムで、かつ需要を基準にマネジメントができるようになるだろう。社内外を問わず、より効果的かつ効率的に協業することも可能になる」

3つ目は上記2つを組み合わせたビジネスモデルの再構想である。
顧客体験の再構想とオペレーションの再構想を組み合わせることで新しいビジネスを検討する企業もある。ここでは大きく2つの視点からビジネスモデルの再構想があげられている。

a. 防御的なもの
危機に瀕している企業が迅速に変化を起こせるためのビジョンを策定する。

b. 攻撃的なもの
デジタルの新しい可能性を追求するためのビジョンを策定する。ここは危機に瀕していないので試行錯誤ができるが、一方で社内で必要性が醸成されていないことが災いになる。

攻撃的なものの中にはGEの「インダストリアル・インターネット構想」のように業界構造自体を転換するためのビジョンを掲げる企業もある。

3. 具体的なアプローチ方法

a. 戦略的資産を特定する
自社が競争で勝つための資産を特定する必要がある。ここで使えるツールとしては「VRIN」というものがある。「VRIO分析」とも呼ばれている。

”VRINは、価値がある(valuable)、希少である(rare)、模倣が困難(inimitable)、代替が困難(nonsubstitutable)の頭文字を取ったものだ【訳注:VRINは、経営資源から企業の競争優位性を見るリソース・ベースド・ビュー(RBV:ResourcebasedView)の理論の1つ】。価値のある資産とは、機会を利用したり、脅威を和らげたりするために活用できる資産である。資産は希少でなければならず、かつ競合他社は利用できないものでなければならない。資産はまた、他社に真似されて負かされないよう、模倣がしにくい(より正確には、不完全にしか模倣できない)ものでなければならない。さらには、戦略的資産は、誰かがより良い方法で、より低価格で同じ資産を得てしまわないよう、代替が不可能でなければならない。”

b. 変化に向けた意気込みを創造する
ビジョンはあくまで変革的なものであり、その意気込みを入れる必要がある。そこで描いたビジョンによって自社の活動を導くことができる。
デジタルの変化は代替、拡張、変革の3つに分けられるが、大体の試みは拡張(既存の能力の拡張)で以前と同様の活動が前提となる。

ただ、本書に対しての私の立ち位置として現実的にどこまで変革的なビジョンを立てる必要があるかは立ち止まって考える必要がある。それは結局のところデジタルの価値をどこに置くか次第だからだ。また現実的なデジタル化のロードマップも代替→拡張→変革のステップを辿るだろう。ここでは「両利きの経営」のようにデジタルを既存事業に対してどう位置付けるかがポイントになる。

c. 意図と結果を明確に定める
ビジョンをできるだけ現実的に良いと感じるものに落とし込めるものを描き、その結果が測定できるものになることが求められる。


d. 時間と共にビジョンを進化させる
作ったら終わりではない。また社員それぞれが革新・工夫ができる余地を残すことが大切である。

全体のポイントとしてはテクノロジーではなく自社の事業を見てどのように変革すべきかを考えることである。テクノロジーは目的ではなくあくまで手段である。

4. 終わりに

今回は本を参考に考え方をまずは紹介した。具体的なやりかたや実践については改めて紹介したい。

5. 参考文献

ジョージ・ウェスターマン他(2018)『一流ビジネススクールで教える デジタル・シフト戦略――テクノロジーを武器にするために必要な変革』ダイヤモンド社

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