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黒岩家のしあわせ家族計画1

あらすじ

▼登場人物
黒岩秀俊(48)……毎日パチンコをやってる無職の父親
黒岩満子(43)……料理上手で腹黒い母親
黒岩晋一(20)……福祉を勉強する一人息子の大学生
黒岩ふじ(85)……無理やり退院させられた痴呆老人
矢野彬(34)………仕事熱心だが、思い込みが激しくて抜けているところがある刑事。
新田遥名(27)……真面目そうだが妄想癖の強い刑事
▼舞台設定
東京郊外にある古い二階建て一軒家。その一階の居間。
椅子に見立てられたボックスが二つ三つ並ぶだけの簡素な舞台。
ドアが三つあり、下手側から順番に、
ドア1【ふじの部屋】
ドア2【開かずの間】
ドア3【玄関】に通じる。
下手側に台所と風呂トイレがあり、上手側は二階へ行く階段がある、そんな間取り。開かずの間は厳重に鍵がかけられており、もう何年も閉ざされている設定。


▼一幕 第一場

晋一、スマホをいじりながら椅子に座っている。
表で犬がやかましく吠える声が聞こえる。やがて「どすっ」と殴打するような音がして、犬が「きゃんきゃん」と苦し気に鳴く。晋一は一瞬顔をあげる。もう一度「どすっ」。犬は「ぎゃん!」と鳴き、それきり鳴き声は途絶える。
キャミソールにショートパンツ、その上にエプロンという恰好の満子、荒ぶる気持ちを抑えるようにして下手から入ってくる。

満子 ほんと、うるさい犬。昔私を噛もうとしたこともあるしね。お父さんのことは本当に噛んだ。覚えてる? ここのところ(と手を犬の口に見立てて太ももを挟む)。それなのに隣のバカは謝罪も何もなし。いつかやらなきゃいけないと思ってたの。
晋一 うん。
満子 話の途中だったわね。

満子、無理やり笑顔になり、何事もなかったかのように向かいに座る。晋一はスマホをいじりながら話しを聞くが、満子は気にしない。

満子 晋一。あなたももう二十歳になったでしょ。だから、我が黒岩家について、大人として、家族の一員として、もっと知っておいてもらいたいの。(切り出しにくそうに)とっても大事な話よ。
晋一 おばあちゃんの医療費がバカにならないってのは聞いた。ぼくの学費がけっこうするってのも。
満子 うちはね、今ちょっと逼迫してるの。お父さんは毎日パチンコでしょ。お母さんも家のことが忙しいし、色々世の中の間違ってることを正したりなんかしなきゃいけないから働くなんてとても無理。おばあちゃんはボケがひどくなる一方。公園で転んで鎖骨にひびが入って、今入院中よ。たいした怪我でもないのに大袈裟よ。
晋一 今日、自転車サークルのやつらと河川敷走る約束してるんだよ。多摩川の上流、行けるとこまで行こうって――。
満子 それに晋一はまだ学生。はっきり言うわね。我が黒岩家のひと月の収入は四十万円。家族四人、誰も働いてないからってそれぽっきりじゃとてもやっていけない。
晋一 (スマホいじりながら)うん。
満子 お父さんもお母さんも色々がんばってみたの。何とかしなきゃと思って、色んな宝くじを買ってみた。でもダメ。全然当たらない。それで、こうなったらもうこれしかないって思ったの。……(晋一の反応を見て)変だって思わない?
晋一 え?
満子 誰も働いてないのに月々そんな収入があるなんて。
晋一 (あっさりと)ぼく、知ってるよ。
満子 (ぎょっとして)何を?
晋一 ぼくが子供の頃からさ、うち誰も働いてなかったでしょ。変だと思ってたんだ。それに、おじいちゃん。おじいちゃんって、死んでるよね?
満子 (はぐらかすように)晋一は一度も会ったことなかったわね。
晋一 みんなさ、なんかときどき、おじいちゃん生きてるみたいに言うことがあるから変だなと思ってたんだけど、死んでるよね、多分ずっと前から。
満子 それは……。
晋一 そこにいるんでしょ?(開かずの間を指さす)
満子 晋一、お母さんの話を聞いて。
晋一 物置ってことになってるけど、ぼくが生まれたときからずーっと開かずの間だよね。絶対入っちゃダメって言い聞かされて育ったから当たり前になっちゃってたけど、そこ、おじいちゃんがいるんだよ。死んだおじいちゃん。そうでしょ?
満子 晋一。
晋一 何年か前、ニュースで見たんだ。年金の不正受給の事件。死んだ年寄りを家の中に隠しといて、年金を受け取り続けるっていうの。そのとき「あっ!」て思ったんだよね。「うちがやってるの、これじゃね?」って。
満子 あんたまさか、このこと誰かに――。
晋一 言ってない言ってない。言うわけないじゃん。ぼくもちょっとは悩んだよ? 世の中にはやっていいことと悪いことがあるって。でも、考えてみたら、それがなかったらうちって成り立たないんだなーって思ったし。(ふと気づいて)四十万って言った?
満子 おばあちゃんの分も込み。おばあちゃんの年金は十万ちょっとだけど、おじいちゃんには軍人恩給っていうのがあって、これが大きいの。
晋一 四十はデカいわ。それはやっちゃうなー。どっちみち死んでるんだもんね。隠すか隠さないかの違いしかないわけでしょ?
満子 お母さん嬉しい。あなたもやっぱり黒岩家の人間なのね。どう話したらいいか迷ったけど、何も心配することなかった。
晋一 友だち連れてくるのも絶対ダメって言われてたしね。ぼくが生まれるより前?
満子 (うなずく)思い出すわ。母さん、ちょうどあなたを妊娠中だった。お父さんは仕事をクビになったばかりでね。おばあちゃんももう還暦を過ぎてた。おじいちゃん、ちょうどここで亡くなったの。
晋一 ここで?
満子 ぽっくりよ。誰も気がつかなかった。そりゃ高齢だったけど、ほんの一瞬前まで何ともなかったのよ。それが次に見たときには死んじゃってた。びっくりしたわ。人ってこんないきなり死ぬのって。でもそのとき、お父さんとお母さんとおばあちゃん、三人とも同じこと考えたの。おじいちゃんの死体を隠して、生きていることにしておけば、このまま年金をもらい続けることができるって。
晋一 毎月三十万。
満子 死にましたって世間に公表したってねぇ、別におじいちゃんのこと気にかけてる人なんて誰もいないし、葬式代から何からお金かかるし、いいことなんて一つもないのよ。
晋一 それで、これしかないって何?
満子 それは、(やや神妙になって)あなたも家族の一員よね。思い切って言うわ。
晋一 うん。
満子 おばあちゃんにもそこに入ってもらおうと思ってるの。
晋一 え?(よく考えてみる)おばあちゃん、殺すの?
満子 晋一、言葉を選びなさい。
晋一 だってそういうことでしょ? おばあちゃんの年金も不正受給するんだ。
満子 おばあちゃんはもう八十五歳よ。痴呆も進んで、ときどき私たち家族のことも分からなくなってる。自分が誰なのか分からなくなることだってあるわ。死んだって、ほら、たいした違いはないわよ。その方がいいくらい。
晋一 おばあちゃん、死ぬんだ……。
満子 やめろとは言わないのね。お父さんとお母さん、よく話し合って決めたの。それが黒岩家がこの世知辛い世の中を乗り切るための唯一の道だって。
晋一 ……(泣きそうになる)。
満子 晋一……。おばあちゃんにあそこに入ってもらえば、医療費も生活費もかからなくなる。そうすれば今まで通り誰も働かなくて済むわ。あなただって大学卒業してまで働きたくないでしょ?
晋一 (いくら泣こうとしても泣けない)ダメだ。ナウシカ見た方がまだ泣ける。
満子 おばあちゃんはナウシカみたいには生き返らないけど。
晋一 分かったよ。ぼく、大学で福祉の勉強してるだろ?
満子 (意外で)そうなの?
晋一 そうだよ、社会福祉学部だもん。
満子 (まったく意外で)そうなの?
晋一 それで分かったんだけどね、福祉は金になるよ。でも、一歩間違うと金を搾り取られる側になる。うまくやらなきゃダメなんだ。これから超高齢化社会になるとか言うだろ。解決するのは実は簡単なんだ。老人を減らせばいいんだよ。
満子 賢い子をもって母さん幸せ。もうすぐお父さんとおばあちゃんが帰ってくるはず。そしたら、すぐにやるわよ。
晋一 おばあちゃん、怪我はもういいの?
満子 どうせすぐ死ぬんだから同じでしょ。お父さんに頼んで無理やり退院させたの。善は急げと言いますからね。
晋一 あ、そう。……(色々考えて)じゃ、ぼく、そろそろ出かける支度するから。
満子 ダメよ。手伝ってもらうから、あなたも家にいなさい。
晋一 ええ?

インターホンが鳴る。

満子 帰ってきた。

満子、ドア3に手をかける。と同時に、見知らぬ人物が上がり込んでくる。スーツ姿の刑事、矢野彬と新田遥名の二人。この二週間ある捜査にかかりきりの二人は、疲労がピークに達している。

満子 ちょ、ちょ、誰! 何なんですか?

矢野、黙って手帳を見せる。新田にも見せるよう促す。

新田 警察です。
満子 け、け……(恐怖に息をのむ)。



いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。