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何色

*この掌編はブンゲイファイトクラブのオープンマイクに投稿したものです。拙作は184番。リンク先では本文は画像+縦書きとなってます。


 小学一年生のときに下校途中に転んで膝から緑色の血が出て以来、陽太はそのことをひた隠しにして生きた。何があろうと二度と怪我をするわけにはいかなかった。体育の授業を頑なに拒んだり、絶対に外で遊ぼうとしない陽太を周囲は変わり者扱いしたが、それは親とて例外ではなかった。だがそれも自分はこの人たちの子どもではないのではないかという陽太の秘めたる疑いを強めるだけだった。血の繋がりとは口にするのも恐ろしい言葉だった。自分は明らかに普通の人間ではない。だが、だとすると何者なのか。緑色の血をした人型の醜いエイリアンが出てくる映画を見たとき、陽太はもう一度確かめなければとカッターを腕に当てた。刃が震えるばかりで切れなかった。真実を知ることが怖かった。中学は半分くらいしか通わず、高校を一年で中退した後はひきこもりになった。時間はむしろ早く流れた。陽太は自室でパソコンでできるようなアルバイトをして小銭を稼ぐと、知らない街をうろつくようになった。ただあてもなく歩き回るのだ。親の金に手をつけることもあった。どこへ行ってもいつも一人だった。怪我と同じくらい病気も警戒していた陽太だったが、ある冬、ひどいめまいに悩まされるようになった。病院に行くことは考えられず、放置した。家から遠く離れた街をうろついていたときのこと、陽太は耐えがたいほどの頭痛に襲われてそのまま意識を失った。気がつくと病院にいた。医者から頭の中に一円玉くらいの大きさの腫瘍があると告げられた。摘出可能な位置だからと手術の話を進められたが、陽太はそれを聞き流し、こっそり病院を抜け出した。以前よりも長く家を空けるようになった。親は何も言わなかったし、陽太がどこで何をしているのか知ろうともしなかった。貯金をはたいて飛行機に乗った。沖縄の日差しは経験したことがないくらい強烈だった。岩場に座って海を眺めていると意識が混濁した。息が苦しくなり、何もかもが自分から遠のいていくような感覚に包まれた。ふと気がつくと、目の前に小さな女の子がいた。女の子は心配そうに陽太の顔を覗き込んだあと、ポケットから何かを取り出して黙って差し出した。わけが分からないまま受け取ると、女の子はかすかに微笑んで行ってしまった。花柄の絆創膏だった。見ると、反対の手の甲にいつの間にか怪我をしていた。赤い血だった。赤。陽太はしばらくその血を見つめ、やがて海に目をやり、何も言わずに笑った。




いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。